リアン・アイスコレッタのこれまでについて 中編
どこかリアンを受け入れてくれる土地などないのか。
セレディンティア大国を旅していたが、どこに行っても全身鎧姿のリアンは薄気味悪いと遠巻きにされていた。
リアンについての噂話が流れていない街へ行けば、普通に接してくれるのではないか。そんな期待は、ことごとく裏切られる。
以前、唯一の友人であるフィンに言われたことを思いだした。
浮き世離れしている上に、目に見えない禍々しい気を発していると。
人間にはない違う何かを、人は本能から察しているのか。
精霊の血が流れているリアンを受け入れてくれる人などいないのかもしれない。
セレディンティア大国を抜け、ジルコニア公国へと行き着く。
ここでの反応も、祖国と変わらない。
これからどうしようかと考えている最中、隣国シルヴィーラ国の聖女を巡る事件を耳にした。
なんでも、聖女カタリーナの妹が姉を偽物と糾弾。王太子ハインリヒと結託して、国外追放してしまったらしい。
聖女が不在となったシルヴィーラ国は、魔物の集団暴走や天変地異が襲っているという。
友人フィンは大丈夫だろうか。心配になり、リアンは初めてシルヴィーラ国へ足を踏み入れた。
思っていたよりも、シルヴィーラ国の事態は深刻だった。
街道を走る馬車は魔物に襲われ、多くの死者を出しているという。
乗り合わせた馬車も例に漏れず襲われたが、リアンが倒してしまった。
乗客や御者はリアンに感謝するどころか、返り血を浴びた様子に恐れ戦く。
中には、「お前が魔物を呼び寄せたのではないか!」と怒り出す者もいた。
ここで、リアンは思い出す。
追い詰められた状況になると、人は正しい判断ができなくなる、と。彼らもそうなのだろう。リアンはそう判断し、馬車を残して去って行った。
それから邪竜マルコゲに乗って王都を目指す。フィンに会えないかもしれない。そう思っていたが、案外あっさり再会できた。
フィンは聖教会の枢機卿となり、新たな聖女と共に各地を飛び回っているという。
その手伝いをしてくれないかと、乞われた。断る理由はない。リアンは二つ返事で了承した。
聖女はリアンを怖がるのではないか。心配だったのでフィンに相談したが、大丈夫だという。肝が据わった娘らしい。
年若い娘に、怖がられなかった記憶などない。本当に大丈夫なのか。リアンは不安になった。
フィンから紹介を受けた聖女は、本物の聖女ではない。聖鳥の世話役を務める代理聖女だという。
聖教会には美しい信仰の象徴が必要とフィンが判断し、急遽立てた代理らしい。
聖女カタリーナと偽聖女ユーリアの事件を受けて、容貌は非公開だという。年若い娘が聖女として立つだけでも十分だと、判断したようだ。
イルゼと紹介された娘は、夕日色の髪を持つ美しい娘だった。
しばしぼうっと見とれていたら、イルゼが恐れ戦いているのを感じ取った。
彼女も、他の女性達と同じでリアンが恐ろしいのだろう。
距離を取らなければ。そう思っていたが、イルゼは恐怖を押し殺しつつも、普通に接してくれた。
家族以外で、悲鳴を上げない女性というのはイルゼが初めてだった。
邪竜マルコゲを前にしても、態度はそこまで変わらない。初めての竜を前に、驚いているようだったが。
それだけではなく、イルゼはリアンに話しかけてくれた。途端に、嬉しくなる。
ただ、浮かれてばかりもいられない。
本人はリアンに対する恐怖心を隠そうとしているようだから、なるべく近寄らないようにしなければ。そう決意する。
移動する最中で、ワイバーンに遭遇した。しかも、大群である。
けれども、セレディンティア大国ではよくある光景だった。すぐに倒せるだろう。
フィンとイルゼ、それから聖鳥ハト・ポウのために剣を振るう。
ワイバーンを倒しながら、リアンは思った。このように次々とワイバーンを斬り伏せていたら、イルゼに怖がられてしまうのではないか、と。
数日前、シルヴィーラ国の者達を救ったときの記憶が甦る。
リアンを化け物のような目で見ていたのだ。
イルゼには、そんな目で見られたくない。もちろん、フィンにも。
考え事をしながらも、リアンはワイバーンを全頭討伐してしまった。
竜車に戻ると、念のために無事か確認する。
イルゼはリアンを見て、明らかに恐怖を抱いていた。
がっくりと、落胆してしまう。ワイバーンのせいで、イルゼに嫌われてしまった。どう責任を取ってくれるのかと、恨めしくなった。
だが、彼女は想定外の行動に出る。
リアンの兜に返り血が付いているからと言って、ハンカチを差し出してくれたのだ。
顔に付着しているならばまだしも、兜である。拭う必要なんてまったくないのに、イルゼは綺麗にしたほうがいいと言ってくれた。
なんて心優しい女性なのか。感激してしまう。
だが、イルゼの行動はそれで終わらなかった。上手く拭けないリアンからハンカチを取り上げ、綺麗に拭ってくれた。
脳内で、教会の鐘の音が鳴り響く。もちろん、幻聴であるが。
彼女と結婚したいと、リアンは生まれて初めて思った。
なんとも単純な男である。




