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真なる聖女を国外追放し、 偽聖女を持ち上げた結果滅びかけている国の、 聖女代理に任命されてしまった……!  作者: 江本マシメサ
第三章 ジルコニア公国にて

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ドーナツのバリエーション

 ジルコニア公爵家で作られているのは、ドーナツの元祖といえるものである。

 表面に割れ目が入っており堅めに揚げられたドーナツは、イルゼが生まれる以前からあった。そこからドーナツ文化は、発展しているのだ。


「まさか、これ以外のドーナツがあるとは思わなかった」

「街にドーナツを買いに行かなかったの?」

「ドーナツは特別な菓子だから、街には売っていないらしい」


 そんなわけはない。ドーナツなんぞ、街の居たる場所で売られている。

 ハイエルフを逃がさないために、嘘をついたのだろう。


「他に、どのようなドーナツがあるのだ?」

「生地を発酵させた、イーストドーナツ。ふわふわしていて、口当たりが軽い」

「な、なんだそれは! おいしそうではないか!」


 気持ちいいくらい、ハイエルフは食いついてきた。

 もちろん、ドーナツの種類はそれだけではない。イルゼは話を続ける。


「あとは、ケーキドーナツ。ふくらし粉で仕上げたドーナツで、生地はしっとり。食べ応えがある」

「おおおおお!」


 ハイエルフが好む昔ながらのドーナツにもふくらし粉が使われているものの、ケーキドーナツの表面はサクサクしていない。砂糖をまぶして食べるのがシルヴィーラ国では一般的である。


「まだある」

「教えてくれ!」

「シュードーナツといって、中にクリームを挟んで食べる。それから、細長く伸ばした生地をねじって作る、ねじりドーナツ」

「なんてことだ! ドーナツに豊富な変種があったとは! どうして、ジルコニア公国には存在しなかったのか……!」

「たぶん、シルヴィーラ国の庶民は仕事の合間にお茶の時間があるから、菓子文化も発達しているんだと思う」

「そうか! そうだったのか!」


 何代か前の国王が、仕事の合間に休憩時間を設け、菓子を存分に食べるように、という通達を出したのだ。それが、現代にまで適用されているというわけだ。

 ただエルメルライヒ子爵はケチで、使用人のための菓子はクッキー一枚とか、薄くカットしたケーキ一切れとか、僅かな量だった。そのためボリュームたっぷりのドーナツは、月に一回作られるばかりだったというわけだ。


「今からシルヴィーラ国にドーナツ留学してこよう!」

「待って!!」


 イルゼは必死になって、ハイエルフを引き留める。


「聖女、止めるな。ドーナツのためならば、五百年慣れ親しんだジルコニア公国を離れてみせようぞ」

「ドーナツの作り方なら、私が知っているから!」

「そうなのか?」

「ええ」

「早く言ってくれ」

「……」


 時間稼ぎのため、情報を小出しにしていたのだ。

 いったいどれくらいでリアンとハト・ポウがやってくるのか。まるで予想がつかない。 おそらくだが、都周辺には強力な結界が張ってあるのだろう。もしかしたら、近づくことすら困難かもしれない。

 可能な限り長く、ドーナツネタで粘る必要があるだろう。

 イルゼは目を伏せ、覚悟を決める。

 数日――いや、一か月、二か月とここに滞在するつもりで、助けを待たなければならない。

 もしかしたら、ハイエルフを引き留めるために大公が手を貸してくれる可能性もある。だがそれは、最後の手段だろう。


「ドーナツ作りを教えてあげるから、私をジルコニア公爵に紹介してもらえる?」


 セレディンティア大国とシルヴィーラ国の戦争についても気がかりだ。ジルコニア公爵ならば、何か情報を握っているかもしれない。

 周辺諸国が戦争をしたら、ジルコニア公国だって戦火を被るだろう。きっと、セレディンティア大国を支持することはしないはずだ。

 どうか頼むと祈りつつ、ハイエルフのほうを見つめた。


「うむ、わかったぞ。シルヴィーラ国の元聖女、そして未来のジルコニア公国の聖女として、紹介しよう」

「待って! 私は聖女としてではなく、あなたの友人として紹介してほしい」

「友人?」

「ええ」

「なぜ、そのように望む?」

「私、聖女の重圧に耐えきれなくなって、夫と逃げてきたの。だから、期待されたら、苦しくなってしまうから」


 もちろん、嘘である。リアンとの結婚も含めて。

 ハイエルフの思考は単純明快そのもので、イルゼの言い分をあっさり信じ込んでしまった。


「過去、我の友を名乗る者はいなかったが、まあ、いいだろう。お主は、面白い女だからな!」


 ハイエルフは腰に手を当てて、快活に言う。


「そういえば、名乗っていなかったな。我は聖なる賢者、デュランダル・ジャムストーンだ」

「デュランダル・ジャムストーン……」

「家名は他言無用で頼む。魔法使いの全名は、呪文になりうるからな」


 なんでも魔法使いの名前を把握していると、相手を従わせたり、操ったりできるようだ。もちろん、それは実力が対象を圧倒している場合に限るが。


「歴代の大公も、我の家名を知らない」

「どうして、私に教えてくれたの?」

「友だからだ!」


 イルゼはあっけに取られる。なんともわかりやすい理由であった。


「お主の名前も、教えてくれるか?」

「イルゼ・フォン・エルメルライヒ」

「そうか! ふむ、いい名前だな」


 言い終えてから、ハッとなる。

 ハイエルフことデュランダルの実力は、イルゼより遥かに上だ。そんな相手に全名を名乗るのは、自殺行為とも言える。

 先ほど全名を名乗るのは危険だと聞いたばかりなのに、不思議と大丈夫だと思ってしまったのだ。


「イルゼよ、これからよろしく頼む」

「ええ」


 デュランダルが差し出した手を、イルゼはそっと握る。

 とても、温かい手だった。

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