表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真なる聖女を国外追放し、 偽聖女を持ち上げた結果滅びかけている国の、 聖女代理に任命されてしまった……!  作者: 江本マシメサ
第三章 ジルコニア公国にて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/68

ドーナツと幸せ

「どうして、ドーナツを売ろうと思ったの?」

「それは、ドーナツを食べると幸せになるからだ! 人が幸せになると、〝瘴気〟の発生が大きく減少する。それが、世界平和に繋がるのだ」

「瘴気?」

「ん? 瘴気を知らぬのか?」

「ええ。初めて聞いた」

「最近の聖女は、物知らずなんだな」


 そもそも聖女ではない。そんな言葉が喉元までせり上がってきたものの、ごくんと呑み込んだ。


「瘴気というのは、人間が発する怒り、悲しみ、憎しみ、妬み、恨み、苦しみ――それらの負の感情が具現化したものだ。その昔、これがあまりにも大量発生してしまったので、荒れに荒れた。そんな世界を救おうと、過去に存在した大賢者が世界の仕組みを変えてしまったのだ」


 大賢者が人々に希望を与えるため、聖女という存在が各国に生まれるようにした。その辺の話は、フィンから軽く聞いていた。

 ただ、瘴気について聞いたのは初めてである。


「瘴気が発生すると天変地異を誘発し、魔物はもれなく凶暴化するのだ」

「そんな……!」


 人々を恐怖に落とし込んだのは、人々だった。驚くべき事実である。

 魔物の集団暴走についても、明らかにされていないことであった。

 暴れたら暴れるほど、魔力を消費してしまう。手っ取り早く魔力を供給するために、魔物は人を襲って喰らうのだという。


「だったら、魔物は人のせいで、悪い存在になってしまった、ってこと?」

「まあ、そうだな。古代まで遡ると、魔物と人は干渉していなかったようだ」


 長きにわたって、魔物はこの世の悪とされてきた。しかしながら、本当の悪は人間側なのではないか。イルゼは思う。


「正直、世界に聖女を作ったことは失敗だと思っておる」

「それはたしかに」

「おお、わかるか! 誰に言っても、理解してもらえなくてな!」


 それはそうだろう。人間側にとって、聖女は極めて都合のいい存在だ。悪く言うはずがない。

 ハイエルフはイルゼの背中をバンバンと叩き、喜んでいた。力が強くて若干痛かったものの、イルゼはぐっと堪える。


「お主は不思議な聖女よ。瘴気をまったく発していない」

「どういうこと?」

「通常、人は大なり小なり、瘴気を纏っているものだ」


 不満を持たない者はいないとハイエルフは言い切る。

 怒り、悲しみ、憎しみ、妬み、恨み、苦しみ、誰もがこれらの感情をその身に抱えながら生きているのだ。


「歴代の聖女を見かけたことがあるが、人より少ないものの、皆瘴気を纏っていた。お主はどうして、まったく瘴気を纏っていない?」

「それは――」


 まず、思い浮かんだのはハト・ポウの存在だ。ハト・ポウとの契約で繋がることによって、瘴気が浄化されているのかもしれない。

 あとは、リアンの存在も引っかかる。精霊の血が流れる彼と一緒にいたので、なんらかの影響を受けている可能性があった。

 心当たりがありすぎる。


「見たところ、初代聖女のような無垢なる清らかさは感じないのだが」

「ええ。私は誰かの手本になるような人間ではない自覚はある」

「ははは! お主、面白い奴だな」


 自覚はなかったが、五百年も生きるハイエルフに言われると妙に説得力がある。もちろん、嬉しくはなかった。


「まあ、何はともあれ、人間が瘴気を抑えたら、魔物の集団暴走は収まるし、天変地異も落ち着くだろう。世界平和の鍵は、ドーナツが握っているわけである!」


 握っていない。ドーナツは平和など、絶対に握っているわけがない。

 指摘したかったが、ぐっと我慢する。

 またしても、会話が途切れてしまった。イルゼは必死になって新たな話題を考える。


「まあ、そんなわけだから、ジルコニア公国はお主が守ってくれ」

「待って。突然言われても困る」

「困る? お主はシルヴィーラ国から亡命してきたのではないか?」

「違う。きちんとした手続きを経て、入国してきたの」


 リアンと偽装結婚までして、やってきたのだ。ここで代理聖女代理なんてやっている場合ではない。


「なるほどな。この国の領地に聖女がやってきたものだから、喜んで呼び寄せたのだが」


 ハイエルフは強引なところはあるが、悪人ではないのだろう。ただ、善人でもない。


「私を元いた場所に帰して」

「それはできない」

「どうして?」

「少しの間でいい。その間に、我がドーナツで世界を幸せで包んでみせようぞ」

「一応聞くけれど、少しの間ってどれくらい?」

「二十年くらいだな!」


 まったく少しの間ではない。ハイエルフの少しは人間と大いにズレていた。


「じゃあ、頼んだぞ!」


 去ろうとするハイエルフの腕を、イルゼは掴んで引き留める。

 キョトンとした顔で、見下ろされた。


「聖女、どうした?」

「あ――」


 このまま置いていかれたら、勝手にジルコニア公爵家の屋敷に忍び込んだただの不審者である。

 何がなんでも、ハイエルフをこの場にと止めないといけない。

 考えろ、考えろと自らを鼓舞させる。けれども、頭の中は真っ白だった。


「聖女よ。人々がドーナツを待っているというのに、引き留めるな」


 待っていない。ハイエルフの作った魔物と関連ある食材を使ったドーナツなど、誰も喜ばないだろう。聞いただけで、卒倒するに違いない。


 彼女を引き留められるネタなどなかった。万策尽きたかと思ったが――視界の隅にドーナツが入り込む。

 ハイエルフの最大の興味は、ドーナツにある。

 何か、ドーナツをネタに引き留めることはできないのか。

 イルゼは懸命に考える。

 なんでもいい。思いついたものを、勢いのまま口にした。


「あの、ドーナツって、いろんな種類があるのをご存じ?」

「ん? ドーナツの種類?」

「ええ、そう!」


 ハイエルフが絶賛するドーナツは、クッキーみたいに表面の生地がサクサクしたタイプだ。


「ドーナツには、いくつか種類があるの」

「詳しく話を聞かせてくれ」


 見事、ハイエルフは引っかかる。イルゼは彼女から見えないように、背中に回した手で拳を握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ