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真なる聖女を国外追放し、 偽聖女を持ち上げた結果滅びかけている国の、 聖女代理に任命されてしまった……!  作者: 江本マシメサ
第三章 ジルコニア公国にて

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ハイエルフとドーナツ

 イルゼは言葉を失い、視線をさまよわせる。

 部屋の隅に布が被せてある大きな物体を発見した。怪しいので、見なかったことにする。


 一瞬視線を外した間に、ハイエルフはイルゼの目の前に迫っていた。

 輝く美貌が、眼前に迫った。


「お主は知らぬのか、ドーナツを!?」

「いや、知っているけれど」


 ドーナツというのは貴族が愛する高貴な菓子というわけではなく、大量生産が可能な庶民に愛される菓子である。


 エルメルライヒ子爵家では、使用人用の菓子として一か月に一回作っていた。イルゼもドーナツ作りを任されることがあったのだ。


「表面はサクサク。口の中でバターの香りが甘く花開く。ドーナツとは、至高の食べ物である」

「はあ」

「バターも、油も、小麦粉でさえ、我が故郷には存在しなかった。ドーナツはここにしかないのだ」


 なんでもジルコニア公国の大公は五百年もの間、大賢者とも呼ばれるハイエルフをドーナツと引き換えに守護させていたらしい。


「このドーナツは、ジルコニア公爵家秘伝のレシピで作られたとっておきである」

「ふーん」


 見た目はごくごく普通のドーナツにしか見えない。おそらく、ジルコニア公国の厳選された材料から作られた逸品なのだろう。


「その顔、信じておらぬな」

「いや、別に」


 もともと、イルゼの表情は乏しい。同僚からは、表情筋が死んでいると言われた記憶があった。

 そのさい、楽しく笑顔で仕事をするコツがあったら教えてほしいと返したのを覚えている。 


「だったら、このドーナツを食してみよ」

「いい」

「遠慮するな!」


 ハイエルフはイルゼの口に、ドーナツを押しつけた。ここまでされたら、食べないわけにもいかない。仕方がないと思い、イルゼはジルコニア公爵家のドーナツをしぶしぶ食べた。


「……」


 それはどうってことのない、見た目の期待を裏切らない普通のドーナツだ。


「どうだ!?」

「いや、まあ、普通……に、おいしい」

「だろう!?」


 一瞬、本当のことを口にしようとしたものの、寸前で思いとどまる。

 相手の実力がわからない以上、機嫌を損ねないほうがいいだろう。


 リアンとハト・ポウが助けにくるまで、時間稼ぎをする必要がある。何か話題はないのか、イルゼは必死に頭を最大出力で回転させた。


「我にとって、ドーナツはごちそうなのだ。五百年毎日食べていても、いっこうに飽きない!」


 ハイエルフにとってのドーナツは、人間にとってのパンに該当するものなのかもしれない。


「そもそも、エルフは普段、どんなものを食べているの?」

「木の実やキノコ、それから狩猟で得た肉などだな」


 そういえば、物語のエルフは狩猟民族として登場するのをイルゼは思い出す。調理もシンプルで、焼くだけだったという。


「このドーナツは、森の恵みで育った我にとって、画期的で芸術的な食べ物なのだ」

「そう。でも、ジルコニア公爵家を出て行ったら、ドーナツが食べられなくなるのでは?」

「それは心配いらない!」


 部屋の隅にあった、布がかけてあった物体が何か明らかになる。

 それは、小規模な台所のような装置だった。おそらく、魔法仕掛けの魔技巧品なのだろう。


「これは我が百年もの月日をかけて作成した、自動ドーナツ作成機である!」


 ハイエルフはどうだとばかりに、イルゼを見る。

 なんとも言えないので、拍手だけしておいた。

 事前に表情が乏しいと自己申告していたからか、薄い反応でもハイエルフはこくこくと満足そうに頷く。


「この崇高な甘味、ドーナツを解析するのは大変だった……!」

「レシピを教わらなかったの?」

「ジルコニア公爵家の料理人はケチでな。秘密だと言って、教えてくれなかったのだ」


 それは無理もないだろう。伝説とも言えるハイエルフの守護を、ドーナツを与えるだけで得ることができるのだ。


「一時期は、どうにかしてレシピを盗もうと思っていた。けれども、どこにもなかったのだ」


 ジルコニア公爵家の金庫を探っても、ドーナツのレシピなど存在しなかった。代々の料理人が、秘密裏に受け継いでいたらしい。


「催眠術で聞き出しても、小麦粉をドバーとか、砂糖をサラサラとか、具体性のない言葉しか口にしなくて……」


 おそらく、ドーナツは目分量で作られていたのだろう。それを、催眠術で聞き出すのは難しいというもの。


「我はこのドーナツを、魔法で解析することを決意したのだ。百年も手こずるとはおもわなかった。本当に、長かった……!」


 そして、ドーナツを自動生成する魔技巧品を開発したのだという。


「見ておれ。我が直々に、作ってみせようぞ!」

「はあ」


 ハイエルフの簡単、ドーナツ作りが開始となる。


「まず、材料である魔石とコカトリスの卵、魔界の小麦粉にミノタウロスの乳、ミノタウロスの乳バター、地獄の油――と」

「待って。材料、全部おかしい」

「おかしくない。これが、分析した結果わかった材料だ。これらを集めるのに、苦労したぞ」

「あの、さっき私が食べたのは、あなたが作ったドーナツ?」

「あれは、ジルコニア公爵家の料理人が作ったドーナツだ」

「そう」


 ハイエルフにバレないように、イルゼはホッと胸をなで下ろした。


 箱形の容器に、ハイエルフは世にも恐ろしい魔物由来の材料を放り込んでいく。

 呪文を唱えると、聞くに耐えがたい怪音を響かせながら調理が開始される。

 容器がガタガタと震え、蓋が開いた。そこから、型抜きされたドーナツの生地が飛び出してくる。着地は、鍋に滾る地獄の油の中だ。生地が入った瞬間、大炎上である。

 果たして、食べ物として大丈夫な代物ができるのか。心配でしかない。

 油から揚がったドーナツは真っ黒。しかしながら、取り付けられたハンマーで砕くと、焦げがガラスのようにパリパリと割れていく。

 中から、完璧なドーナツがでてきた。


「これが、ジルコニア公爵家特製のドーナツである」


 絶対違う……。

 なんて言葉は、喉から出る寸前でごくんと呑み込んだ。

 突っ込み厳禁であるのはわかっているものの、猛烈に気になる点があった。イルゼは挙手して質問する。


「あの、魔物の血肉は人間にとって猛毒だというけれど、そのドーナツは大丈夫なの?」


 魔物の血肉には汚染された高濃度の魔力が含まれている。人が口にしたら、死に至るのだ。そのため、古代より魔物喰いは禁忌とされている。


「ハイエルフにとって、魔物の血肉は毒ではない」


 そうなのだ。エルフ族は人間と似た姿形をしているものの、体の造りは妖精寄りである。人間とはほど遠い存在なのだろう。


「ただ、これはジルコニア公爵家のドーナツを再現した品である。人にとって猛毒となる成分は、工程の中ですべて取り除いているぞ」


 ハンマーで砕いた、ガラスのような焦げがそれに該当するらしい。なんて無茶苦茶な作り方をしているのかと、イルゼは呆れてしまった。


「さあさあ、揚げたてアツアツを食べるとよい!」

「いや、私は、さっきのドーナツで、その、お腹いっぱいだから」

「むう。人間は、信じがたいほど小食だな!」

「せっかく作ってくれたのに、ごめんなさい」

「よい。お主のために、作ったわけではないからな!」


 自分用だったようだ。ハイエルフは嬉しそうにドーナツを頬張っている。

 会話が途切れてしまった。イルゼは内心焦る。

 このままでは、ここに置き去りにされてジルコニア公国の代理聖女代理になってしまうだろう。代理の代理なんぞ、理解しがたい。そもそも、イルゼは聖女ではないのだ。

 それにもう二度と、誰かに利用されるなんて人生はまっぴらであった。


「そ、そういえば、ドーナツが野望だと言っていたけれど、具体的に何かするの?」

「よくぞ聞いてくれた!!」


 ハイエルフは自家製ドーナツと共に、ある野望を抱いているという。

 それは――。


「人の多い都で、ドーナツ屋さんをすることである!!」


 イルゼは思わず天を仰ぐ。美しい水晶のシャンデリアを見つめながら、人外の考えることはわけがわからないなと思った。 

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