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真なる聖女を国外追放し、 偽聖女を持ち上げた結果滅びかけている国の、 聖女代理に任命されてしまった……!  作者: 江本マシメサ
第三章 ジルコニア公国にて

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野望

 風が吹き、落ち葉が舞う。

 ひらひらと踊るように漂う葉は、湖の水面に落ちた。小さな波紋が、湖に模様を作る。 そんな自然の営みを、イルゼはぼんやり眺めていた。

 なんてことのない光景なのに、どうしてか心癒やされる。

 これまで、忙しない人生を送っていたからだろうか。ゆっくりと意味もなく進む時間が、これ以上なく心地いい。

 膝の上ではハト・ポウが微睡み、隣にはリアンがいる。

 安心感をイルゼは覚えていた。


 ふいに、ぽつりとリアンが呟く。


「この時間が、永遠に続けばいいのに」


 それは、独り言だった。けれども、イルゼはしみじみと言葉を返す。


「ええ、本当に」


 口にしてから、ハッとなる。思わず唇を手で覆ってしまった。

 無意識のうちに、思っていたことを発したようだ。

 リアンが穴が空きそうなくらい、イルゼを見つめている。

 イルゼは蛇に睨まれた蛙の気持ちを味わった。


「あの、イルゼ、それって――」

「ちょっと待って。今の発言は聞かなかったことにして」

「難しいです」


 顔が異様に熱い。胸もどくどくと早鐘を打っていた。

 どうしてだろうか。どこからどうみても不可解な生き物としか言いようがないリアンと、共にありたいと思ってしまったのは。

 ひと息つくような状況なので、気が緩んでいたのかもしれない。


「イルゼ、やっぱり私達、正式に結婚すべきかと。かなり、相性がいいと思うのです。絶対に、幸せにします。苦労はさせません。どうしても無理と言うのならば、課金だけでもさせてください。あくせく働いて、給料のすべてを捧げます。むしろ、私がイルゼの夫を名乗るなんておこがましい。夫という名の下僕でも構いません。誠心誠意、お仕えします。だからどうか!!」

「いや、どうかじゃな――」


 ふいに、強い風が吹いた。かと思えば、景色がくるりと回転する。


「え!?」


 これまで湖の畔にいたのに、たった一度瞬いただけで目の前の光景が変わった。

 豪奢なシャンデリアに、品のある金彩の壁紙、重厚な調度品や家具、毛足の長い贅沢な絨毯――そして、見知らぬ美貌の美女。

 年頃は二十歳前後だろうか。すらりと伸びた長い手足に、銀色の長い髪を三つ編みに編んでいる。それから、琥珀色アンバーの瞳、精巧な人形ドールのように整った容貌を持っていた。

 何よりも特徴的なのは、ナイフのように尖った耳だろう。


「ハイエルフ――!?」

「よくきたな、聖女よ」


 放心していたのは一瞬のこと。聖女と呼ばれ、ぎくりと驚く。

 動揺する心を即座に鎮め、即座に状況把握に努める。

 イルゼの周囲には、魔法陣が浮かんでいた。魔法に使われる古代文字なんて全く習っていないのに、不思議と意味が理解できる。

 魔法陣の縁に、召喚魔法と書かれていた。

 イルゼは目の前にいるハイエルフの美女に、強制的に召喚されたのだろう。

 リアンやハト・ポウはいない。どうやら単独で、喚ばれたようだ。


「どうして、私をここに?」

「我が野望を叶えるためである」


 若々しい見た目と反し、喋りは妙に古くさい。おそらく、外見と実年齢がかけ離れているのだろう。寿命が千年以上あるハイエルフだ。なんら不思議ではない。人間のことわりでは計り知れないのだろう。


「我はずっと、ジルコニア公家の盟約により、縛られてきた。もう五百年以上も、この地にいる。いい加減、好きなように生きたい。だから聖女、お主がこの国を守るのだ!」

「は!?」


 イルゼを聖女として利用するために、わざわざ呼び寄せた、と。


「待って。私は聖女ではないから」

「何を言っておる。正真正銘、聖女だろうが。ジルコニア公国内で秘密裏に発行されている雑誌に、お主が載っておったぞ」


 ハイエルフが指先を動かすと、本棚から一冊の本が飛んでくる。イルゼの前に着地し、パラパラと自動で捲られた。

 開かれたページには、魔導写機まどうしゃきで写されたイルゼの姿があった。


「な、何、これ……!」

「慈善活動をする聖女を、隠し撮りしたようだな。シルヴィーラ国の聖女は顔を隠しているが、この一枚だけ奇跡的に撮れたらしい」


 頭巾から、横顔が覗いた写真である。養育院の子ども達にクッキーを配るときに、露出してしまったのだろう。周囲の者達に気を取られていたので、怪しい人影にまったく勘づいていなかった。


 どうすればいいのか、判断に困る。

 ここで聖女ではないと強く否定したら、逆に怪しまれるだろう。

 イルゼではなく、聖鳥が聖女の代わりを務めていると知ったら、今度はハト・ポウを攫ってしまうのかもしれない。


 ぎゅっと目を閉じたら、リアンの姿が脳裏に浮かんだ。

 きっと、彼ならばイルゼを助けにきてくれるはずだ。

 突然姿を消したので、捜索は難しいかもしれない。けれども、リアンは精霊の血を引いている。普通ではない力で、探し当ててくれるに違いない。

 ここは、大人しくしておいたほうがいいだろう。

 イルゼは話題を逸らすため、質問をぶつける。


「あなたの野望ってなんなの?」

「よくぞきいてくれた!!」


 ハイエルフは指揮者のように、指先を動かす。すると、調度品のひとつである、豪奢な宝箱が飛んできた。

 ハイエルフの手によって、宝箱は開かれる。この中に、野望が詰まっているようだ。


「これが、我が野望!!」


 金銀財宝か、それとも禁術が印された魔法書か――。ドキドキしながら、宝箱を覗き込む。

 ふんわりと、甘い匂いが漂っていた。


「んん?」


 宝箱の中に収められていたのは、思いがけないものだった。

 中心にぽっかりと穴が空いている、円形の揚げ菓子。


「こ、これは?」

「知らぬのか? ドーナツという、至高の食べ物よ!」

「ドーナツ……」

「ドーナツだ!」


 雨霰あめあられのように、イルゼに疑問符はてなが降り注ぐ。

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