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真なる聖女を国外追放し、 偽聖女を持ち上げた結果滅びかけている国の、 聖女代理に任命されてしまった……!  作者: 江本マシメサ
第三章 ジルコニア公国にて

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イルゼの告解

 フィンは「あとは若いふたりで話し合って」と言い、水晶通信を切った。

 この中でもっとも年若いのは、十六歳であるフィンだろう。何を言っているのか。ため息が零れてしまう。

 もしかしたら、リアンがフィンより年若い可能性は――ないか、と成人男性にしか見えない板金鎧を見ながら思った。


「そういえば、リアン、あなたいくつなの?」

「二十二歳です」

「そう」


 イルゼは十八歳。夫婦となるならば、ごくごく普通としか言いようがない年齢差である。 ただ、偽装とはいえ、セレディンティア大国の者達に対して嘘をつくのはどうなのか。その辺は大いに疑問に思う。


「やっぱり、私と結婚するなんて、嫌……ですよね」

「いや、そうではなくて」

「嫌ではないのですか!?」


 どんよりと暗くなっていたリアンの纏う空気が、一瞬にしてパッと明るくなる。


「リアンと偽装結婚するのが嫌なわけではなく、セレディンティア大国の人達に対して嘘をつくのが嫌だと思っただけ」

「どうしてですか?」

「私の、社交界での評判はすこぶる悪いし。聖女カタリーナにいじわるを言っていたから、〝卑しい赤狐〟って呼ばれていたし」


 さすがのリアンも、イルゼを軽蔑しただろう。そっと、リアンのほうを見る。だが、彼が座っていた場所に姿はなかった。

 気づいたときには、リアンはイルゼの傍までやってきて手を握る。


「よかった」

「はい?」


 何がよかったのか。発言が理解できず、首を傾げる。


「私も、セレディンティア大国内での社交界の評判がすこぶる悪いんです。〝邪悪なる竜騎士〟なんて呼ばれていまして。私達、とってもお似合いだと思いませんか?」


 〝卑しい赤狐〟と、〝邪悪なる竜騎士〟。響きだけで言えば、たしかにお似合いである。

 リアンが弾む声で言うので、楽しげな雰囲気に呑まれてそのまま頷きそうになった。

 リアンの二つ名はいわれなき誹謗中傷だろう。けれども、イルゼはそうではない。この辺を、きちんと説明していなかった。


「あの、私は実際に聖女様を貶めるような言葉をぶつけていたの。悪口ではなく、本当に卑しい女だから」

「誰かに頼まれていたんでしょう?」

「え?」

「イルゼは誰かの悪口を進んで言うような、底意地の悪い女性ではありません」

「どうして、そう思うの?」

「私はずっと、イルゼと一緒にいました。人となりくらいは、理解していますよ」


 リアンに握られた手を、イルゼはぎゅっと握り返してしまう。

 ずっと心のどこかで、誰かにわかってもらいたかったのかもしれない。

 イルゼは消え入りそうな声で、「ありがとう」と返す。


「イルゼはずっと、自分を厳しく制しているように感じていたんです。他人の罪を気にしているというよりは、自らの罪を責めているように思えて。そういうわけだったのですね」

「ええ。命じられていたとはいえ、実際に聖女カタリーナを追い詰めたのは私だから。断ることだって、できた。でも、私はメイドの仕事を少しだけサボりたくて、命令に従った。そういうところが、卑しいと思っている」


 リアンはイルゼの言葉を、否定もせず、肯定もせず、静かに聞いてくれる。

 まるで神父に懺悔ざんげしているようだった。


「私も同じです。自分を、卑しいと思っています」


 リアンは珍しく、自分のことについて語り始める。イルゼの手を握ったままだったが、離すタイミングを逃してしまった。


「私はずっと、国の騎士隊に所属していまして、魔物の討伐任務にあたっていました」


 セレディンティア大国の魔物の集団暴走は、シルヴィーラ国の比ではないと聞いていた。それが十何年と続いていたので、想像を絶するような辛い日々だっただろう。


「毎日毎日魔物を倒して――騎士隊の隊員達は日に日に病んでいきました」


 それは魔物の血の影響だったと、現場で治療にあたっていた医師が言う。なんでも、魔物の血は人体へ悪影響を及ぼすらしい。

 ほんの少しならば影響はないものの、毎日のように血を浴びると精神に影響を及ぼす。


「そんな状況の中、私だけは魔物の血を浴びても平然と戦い続けた」


 仲間である騎士達からも恐れられ、ついには魔物の仲間なのではないかと囁く者達も現れる。


「私は六歳のころに精霊界から人間界へとやってきて、そこから人間社会の礼儀と教養を学び、騎士となりました。人と接する機会が少なかったからか、仲間とどう打ち解けたらいいのかわからず、孤立していたんです」


 そんなリアンに、はじめての友人ができた。フィンである。

 ふたりの出会いは、ジルコニア公国で開催された親睦会であった。


「私は国内で大いに嫌われていたので、兄がジルコニア公国の社交場に連れていってくれたんです」


 そこでもリアンは積極的に社交を行わず、壁のシミと化していた。


「唯一、フィンだけが話しかけてくれたんです」


  ――置物の甲冑かと思った。

 ――僭越ながら、一応人間です。


 それが、初めての会話だったらしい。


「それから、フィンとは文通をしていました。会うのは、ジルコニア公国の社交場で年に一度だけ」


 フィンはリアンに、人としての在り方を説いてくれたという。

 一番の先生であり、親友だと誇らしげに語っていた。


 以前と比べて人らしくなったリアンであったが、突然世情が変わる。

 魔物の集団暴走が、沈静化しつつあったのだ。

 凶暴化も収まり、リアンほど実力のある者が前線で戦わなくてもいい事態となる。

 ついに、帰還する日を迎えた。


「父に命じられ、夜会にも参加しました。この通りの姿ですから、気味が悪いと囁かれてしまい――」


 魔物の血を浴びてなお、精神を保ち続けた邪悪なる竜騎士。

 それが、リアンの通り名だった。

 女性はリアンを見ただけで、悲鳴をあげたり、気を失ったり。酷いありさまだったという。

 男達はリアンを化け物のようだと見下して、こけにする。

 歴史あるアイスコレッタ家の正妻の子でないというのも、つけいられる隙となってしまったらしい。

 リアンを守る後ろ盾はなく、またリアン本人も無反応だったため、言われ放題だった。


「私は、耐えきれなかった。牙を剥く魔物よりも、人のほうが恐ろしいと思ってしまった」


 だから、リアンは逃げた。

 貴族としての務めがあったものの、それを放棄してセレディンティア大国を飛び出す。


 そんなリアンを、フィンは温かく迎え入れるわけがなかった――。


「フィンは私に対してとてつもなく怒っていましたね。なぜ言い返さないのか、と」


 言葉の剣で斬られたのならば、同じように斬り返せ。それが、フィンの考えだった。


「自分の尊厳を守れるのは、自分しかいない。戦え、と」


 無理だと答えたら、竜車の御者でもしていろと言われたらしい。


「酷い話」

「いいえ。そのおかげで、私はイルゼと出逢えたので」


 兜で顔は見えないのに、リアンは笑っているような気がした。

 辛い人生だっただろう。けれども今、リアンは微笑んでいる。

 よかったと、イルゼは思った。


「イルゼ、こんな私ですが、結婚してくれますか?」

「はい」


 返事をしたあとで、ハッと我に返る。同時に、疑問に思った。

 これは、偽装結婚の申し込みだよね? と。

 あまりにもリアンが嬉しそうにしているので、聞ける雰囲気ではなかった。 

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