悪い知らせ
セレディンティア大国――国土はシルヴィーラ国の二十八倍もあり、人口は約三倍。
三千年以上の歴史があり、侵略と政略結婚を繰り返した結果、世界でもっとも大きな国家となった。
ただ、そんなセレディンティア大国は突然の不幸に襲われる。
それは、長年にもわたる聖女の不在である。
先代聖女の力が衰えたのと同時に、背中に聖なる刻印を持つ新たな聖女が生まれた。
聖女はセレディンティア大国の王女だった。
世界初となる王女であり聖女となる奇跡の御子の誕生に、国中が湧いた。
けれどもそれは、長く続かなかった。
王女は忽然と姿を消した。あろうことか、何者かに誘拐されてしまったのだ。
先代聖女が能力を失ってからというもの、セレディンティア大国は荒れに荒れた。
必死になって王女を捜索するも、いまだ見つかっていない。
聖女を失ってからというもの、魔物の大群や天変地異に襲われる。今のシルヴィーラ国と同じような状況を、十何年と過ごしてきた。
セレディンティア大国は国も人も、土地すらボロボロの状態であった。とても、他国に戦争をふっかける余裕なんてない。
それなのに、セレディンティア大国はシルヴィーラ国との開戦を水面下で計画しているという。
なんでも、フィンが五年前からセレディンティア大国に潜入させている密偵が報告してきたらしい。
枢機卿になる前のフィンがなぜ、セレディンティア大国に密偵を放っているのか。イルゼは気になったものの、深く聞いていい話ではないと思って口を閉ざす。
『陛下がそれを知ったら、迎え撃つだろう』
「馬鹿な!!」
珍しく、リアンが声を荒らげる。
それも無理はないだろう。セレディンティア大国に比べたら、シルヴィーラ国は小国。
軍事力も、魔法文化も大きく劣っている。勝てるわけがない。
ただ、セレディンティア大国のとてつもない魔物の勢いは、噂となって流れてきている。
相当の数の魔物の大群が、押しかけていたのだ。
魔物との戦いで、多くの騎士が命を落としているらしい。
もうだめだと、絶望している者も少なくない。
セレディンティア大国から難を逃れ、聖女の加護があるシルヴィーラ国に亡命する者もいるくらいである。
『陛下は信じられないくらい野心家なんだ。現在、セレディンティア大国の軍事力が大きく落ち込んでいると想定し、倒せると言い出すだろう』
もとより、セレディンティア大国との国交はない。
シルヴィーラ国は繋がりを望んでいたものの、セレディンティア大国には利点がないため、両国の関係はよくもなく、悪くもなかった。
それを、シルヴィーラ国の王族側はセレディンティア大国から軽んじられていると感じていたようだ。
『なんとしてでも、戦争は避けたい。その前に、気になることもある』
「気になること?」
『ああ。リアンが言っていたんだ。セレディンティア大国の魔物の集団暴走が、急に収まったと』
ここで、イルゼはリアンのほうを見る。彼の出身について聞いたほうがいいのか、迷っていたらフィンが教えてくれた。
『リアンはセレディンティア大国の生まれなんだ』
「そうだったの」
なんとなく、そんな気はしていた。だから、特に驚きはしなかった。
以前、精霊界の生まれだという話を聞いていたからかもしれない。それに比べたら、セレディンティア大国出身だという話は、インパクトに欠ける。
『もしかしたら、セレディンティア大国に新たな聖女が生まれたのかもしれない』
魔物の集団暴走が急に収まったのであれば、その可能性は高いだろう。けれども、生まれたばかりの赤子は聖女の力は使えない。
『聖女の力は、突然備わるものではない。生まれ持つものだ。力の使い方は、先代聖女に習う。何も知らない赤子が、突然使えるものではない。だから新しい聖女が誕生して、加護を発動したというのは考えにくい』
聖女の誕生を隠し、数年もの間水面下で教育していた可能性も考えられる。
だが、その状況の中でシルヴィーラ国へ戦争をふっかける意味がわからなかった。
聖女の加護が復活したら、まず国内の情勢を整えるだろう。
何か、シルヴィーラ国へ怒りが収まらない理由があるのだ。
残る可能性は、ふたつあるとフィンは低い声で言う。
『ひとつは、長年行方不明となっていた王女が発見されるというものだ』
無事保護され聖女としての能力を学んだのちに、加護の力を使った。
誘拐したのがシルヴィーラ国の者だったら、怒りの矛先が向かうだろう。
もっとも単純で、わかりやすい理由である。
『もうひとつは、考えたくもないが、聖女カタリーナがセレディンティア大国の者に保護され、聖女の加護を使ったというものだ』
シルヴィーラ国は聖女カタリーナを偽物と糾弾し、名誉を地に落とした。さらに、国外追放してしまう。
酷いとしか言いようがない話である。
もしも、聖女カタリーナがセレディンティア大国で保護され、事情を聞いた者が国王の耳に入れたら……?
聖女のために、報復を思いつくだろう。
もとより、取るに足らないと思っていた小国である。ひねり潰すことなどたやすい。
『個人的には、王女が見つかったというよりも、聖女カタリーナがセレディンティア大国で保護された可能性のほうが高い』
調べたところ、聖女カタリーナを連行し、国外へと放った先はセレディンティア大国の下部にあるジルコニア公国。そこは、セレディンティア大国から独立した君主制国家だ。
セレディンティア大国との関係は良好とは言えないものの、不可侵条約を結んでいる唯一の国である。
国外追放された聖女カタリーナが、ジルコニア公国からセレディンティア大国に渡った可能性が大いにあるとフィンは予想していた。
『戦争は何があっても避けたい。そこで頼みがある。ふたりで、セレディンティア大国へ行って交渉してきてくれないか?』
「セレディンティア大国に行くのは、リアンの竜車を使ったらすぐだろうけれど……」
問題は自分達に交渉ができるか、である。だが、それよりも前に大きな問題があった。
『残念ながら竜車は使えない。魔装線路はないし、空からの侵入を防ぐ結界が張られている』
そのため、リアンは徒歩でセレディンティア大国からシルヴィーラ国へやってきたらしい。もちろん、双方の国境は閉ざされている。そのため、ジルコニア公国を経路してやってきたようだ。
「でも、シルヴィーラ国籍の私が、セレディンティア大国に入国するのは難しいと思う」
『それは心配ない。何、簡単な手続きをするだけでいい』
フィンは薄く微笑みながら言う。セレディンティア大国の者の身内になればいいのだと。
「へえ、それだけで……身内?」
『ああ。リアンの妻として、セレディンティア大国へ行けばいい』
「は!?」
ありえない対処方法に、イルゼは言葉を失った。




