暗躍していたエルメルライヒ子爵
そもそも最初に偽聖女ユーリアを支持、支援したのは国の中枢を牛耳る宰相エルメルライヒ子爵である。
エルメルライヒ子爵家の歴史は浅く、社交界でのし上がれるほどの財もない。そんな家に生まれた男が、突然財と人脈を得て宰相まで上り詰めたのだ。
王族からの信頼も厚く、偽聖女ユーリアを元王太子ハインリヒに紹介したのも彼だった。 新たな聖女を立てて、国内での立ち位置を確固たるものにするつもりだったのか。
しかしながら、彼の野望は失敗に終わった。
エルメルライヒ子爵は妻子を連れ、早々に国外逃亡している。
姿形は残っていない――と思いきや、彼が唯一残しているものがあった。
それはエルメルライヒ子爵の十八となる長女、イルゼ。
長い赤狐色の髪に青い瞳を持つ、平々凡々とした十八歳の娘だ。
イルゼは偽聖女ユーリアの取り巻きのひとりだった。
彼女はいつも聖女カタリーナの悪口を囁き、名誉を地に落としていたのだ。
偽聖女ユーリアにもっとも近しい存在だったこともあり、今となっては〝卑しい赤狐〟と囁かれていた。そんなイルゼをエルメルライヒ子爵はあっさり切り捨て、国内に置いて逃げた。
それも無理はない。イルゼはエルメルライヒ子爵の愛人の子だったのだ。
本物の聖女を国外追放し、偽聖女を祭り上げていたと明らかになった晩――関係者は次々と拘束された。
深く関わっていた者達は牢獄に。
それ以外の者達は、聖教会へ強制労働を強いられる。
エルメルライヒ子爵家に騎士が押しかけたが、家財などはいっさいなかった。
ただひとり、イルゼだけが残されていたのだ。
イルゼは抵抗せず、連行に応じた。
〝卑しい赤狐〟イルゼは、修道女となり、生涯聖教会で神に祈りを捧げる日々を送ることとなる。
誰も同情はしなかった。
聖女カタリーナの悪口ばかり吹聴していたので、罰が下ったのだろうと、人々は影で囁いていた。