素直になって
イルゼが突然泣きだしたので、リアンは激しく動揺していた。
「す、すみません! 私、余計なことを言いました!」
ガタッと勢いよく立ち上がると、イルゼのほうにやってきて平伏する。
目にも止まらぬ行動力に、イルゼはギョッとした。
「え、何? そ、そういうの、止めて」
「いいえ! 一晩中、ここで頭を下げ続けたいくらいです」
「本当に、止めて」
リアンが平伏なんてするから、涙が止まらなくなった。そう訴えると、リアンは顔を上げた。
「なんと、お詫びしていいのやら」
「私が勝手に泣いただけだから」
リアンはしょぼんと、うな垂れる。なんだかイルゼが悪事を働いているように錯覚してしまった。
「ごめんなさい。あなたの言う通りだった。私はずっと、悔しかったし、悲しかったのだと思う。それを、他の貴族女性はもっと辛いはずだから、なんてことないものなんだと、言い聞かせていた」
この考えは、貴族女性にも失礼だろう。
皆、泥沼のような人生を、あがきながらも進んでいる。
誰かと比べて自分を安心させるなんて考えは、まったくもって愚かだった。
これから先の人生は、まっすぐ向いて歩こう。イルゼはそう思い直した。
「リアン、あなたと話して、私は自分の本当の気持ちに気づいた」
生まれて初めて、イルゼは素直になったような気がした。すべてはリアンのおかげである。
「だから、その、ありがとう」
リアンは弾かれたように、イルゼを見上げた。一瞬、美しい柘榴石に似た瞳が兜の隙間から覗く。
表情は兜に隠れて見えないのに、リアンが微笑んでいるような気がして、イルゼは落ち着かない気持ちになった。
◇◇◇
それからというもの、イルゼとリアンは行動を共にする。
各地で救済を行った。
リアンの口上は最初こそ噛み噛みであったものの、最近は上手くなった。
舞台俳優顔負けの声量で、聖女のすばらしさと各地での活躍を語っていく。
ひと仕事終えたあと、反省会を行うのがお決まりだった。
市場で購入したパンとスープを、竜車の中で食べつつ行う。
イルゼはパンをちぎり、ハト・ポウに与える。
大きな奇跡を起こしたあとで、空腹だったのだろう。ガツガツと、パンを突いていた。
「あの、イルゼ、今日はいかがでしたか?」
「あなたは、よくできていたんじゃない?」
「本当ですか? ありがとうございます!」
不思議なことに、最近リアンが大きな犬に見えるときがある。大きな尻尾は、ぶんぶん揺れる幻覚が見えるのだ。
そのたびに、しっかりしろと言い聞かせる。
「イルゼも、神聖な雰囲気がよく出ていました」
「それはよかった」
代理聖女が板についてきたというわけである。
けれども、小芝居については研究中だ。
来月辺りから、劇場が復活するという。一緒に観に行かないかと、リアンに誘われた。
「リアンは、舞台とか観に行っていたの?」
「いいえ、誘われたことはあったのですが、人込みは苦手で」
イルゼとだったら行きたいと、明るく言う。
好意をぶつけられているように錯覚してしまうが、彼は研究熱心なだけなのだろう。
そう、言い聞かせておく。
聖教会にこもりっぱなしのフィンとは、毎日のように水晶通信を使って連絡を取り合っていた。
なんでも、連日大量の寄付が届いているようで、懐はホクホクらしい。
もちろん、それらはフィンの個人資産にはならない。
一部を聖水と聖石の購入費用に充てて、聖教会の運営資金と慈善活動費に割り当てる。
魔物の襲撃で、親を失った子ども達が大勢いて、新たな養育院が建設されていた。その費用も、聖教会から出しているようだ。
そんな状況のため、聖鳥を召喚できるほどの聖水と聖石は集まっていないらしい。
『――というわけで、お前達はせっせと寄付金を集めるように』
目的が国民の救済から、寄付金集めに変わっていた。
ぶれないフィンに、イルゼは笑ってしまう。
『お前、顔が優しくなった』
「私?」
『他に誰がいるんだ』
顔付きがまるで違うと、指摘される。
理由があるとしたら、それはハト・ポウやリアンの存在が大きいだろう。
彼らが、不思議とイルゼの気持ちを穏やかにしてくれるのだ。
『今のほうが、ずっといい』
そんな言葉を残し、水晶通信はぶつんと切れた。いつも、唐突に終わるのである。
代理聖女に任命されてから、早くも一か月が経った。今日まで、目まぐるしい毎日だったように思える。
各地の情勢は収まりつつあり、ハト・ポウが張った結界のおかげで魔物の勢いも収まっていった。
新しい聖鳥を召喚できたら、イルゼの役目は終わりだ。
イルゼは修道女に戻り、奉仕を行う日々に戻るのだろう。
それでいい。そう思いつつも、心はどこかモヤモヤしていた。