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変わり者の黒騎士

 離宮は目がチカチカするような、絢爛豪華な建物であった。

 なんでも、前任の枢機卿が愛人を侍らすためだけに造ったものらしい。

 フィンが住まないときっぱり言い切った理由は、それとなく理解できる。

 エルメルライヒ子爵家のタウンハウスどころか、カントリーハウスよりも大きいのではという離宮に、イルゼとハト・ポウ、リアンは共同生活を送る。

 掃除や洗濯は、魔石仕掛けの掃除機や洗濯機で行われるらしい。人の手がなくとも、自動で終わらせるようだ。

 これらは、フィンが用意した。組織内に信用できる者が少ないため、イルゼやリアンの傍に人を置かないようにするという。

 食事は、聖教会の修道女や修道士が食べているものが運ばれる。

 聖女と言っても、豪華な食事が振る舞われるわけではなかった。

 これについては、特に異論はない。

 白いパンに憧れる気持ちはあるものの、イルゼは修道女として過ちを反省する身。好きなものを食べたいという欲望は、心の隅にそっと追いやっていた。

 いつか――という気持ちはあるものの、それは今ではない。


 食事が用意されていると、フィンは言い残して去った。リアンと共に、食堂へ移動する。

 食堂内は無人で、食事のみ用意されていた。

 切り刻まれた野菜と申し訳程度のベーコンが浮かんだスープと、黒パンが一切れ。それから、ゆで卵を半分にカットしたものが添えられている。これが、夕食である。

 修道女生活の中で、ゆで卵がでてきた覚えは一度もない。

 これは聖教会の精一杯の、労いのひと品なのかもしれなかった。

 ハト・ポウには、刻まれた黒パンが積み上がっていた。お利口に、皿の前で待機している。飲み物は、白湯。これも、修道女時代と変わらない。

 ちらりと、リアンの分の食事を見る。黒パンが二枚あるだけで、食事量は変わらない。

 あれっぽっちでは、足りないだろう。気の毒になった。


「あの、アイスコレッタ卿は猊下のもとに行ったほうがいいのでは?」


 きっと、フィンは肉汁滴る牛肉のポアレでも食べているだろう。彼がどこの誰かは知らないが、貴族の一員であることは明らかであった。


「いいえ。私は、聖女様とご一緒させていただきます」

「でも、この食事量では、お腹いっぱいにならないでしょう?」

「いいえ、十分です。戦場では、まともに食事を取ることのほうが稀でしたから」

「戦場?」

「あ、えっと、なんでもないです!」


 リアンは語尾を強めて、無理矢理誤魔化そうとしている。気にならなくはないものの、イルゼはまあいいかと話題を流した。


 それはそうと、彼はいったいどのような姿形をしているのか。

 一日中一緒にいたが、一度も兜を取らなかった。

 好奇心は強いほうではないものの、気になっていたのだ。


 まずは神々に感謝の祈りを捧げ、食事の時間とする。

 リアンは真剣に祈り、そして兜ではなくパンを手に取った。


「……?」


 イルゼは自分が思いっきり怪訝な表情をしているとは知らないまま、リアンをジッと見つめる。

 口元だけ開く構造の兜なのか。そう思っていたが、想定外の事態を目にすることとなった。


 リアンの口元に近づけたパンは、一瞬にして消えたのだ。


「え!?」


 声を上げるのと同時に、リアンはびくりと肩を震わせる。

 ただ、パンを食べているのだろう。

 しばらく、もぐもぐと咀嚼しているようだった。

 白湯が注がれたグラスを持ち、口元に近づける。すると、白湯の量が減った。


「どうかしましたか?」

「いや、パンや白湯がアイスコレッタ卿の口元で消えたように見えたのだけれど?」

「はい。口元に持っていくと、口の中へと移動する魔法が鎧にかけられているのです」

「は!?」

「魔法仕掛けの鎧ですので」


 魔法をかけた鎧など、絵本の中でも聞いたことがない。言葉を失う。


「アイスコレッタ卿が作った鎧なの?」

「いいえ、これはご先祖様が作った鎧を改造したものになります」


 戦場で食事を取っている最中に、襲撃されたらしい。危うく、首を刎ねられそうになったのだとか。

 鎧を着たままでも食事ができるよう改良したものが、リアンが纏う板金鎧である。


「全部で百ほどの機能がついているのですが、特性上私にしか装着できないようで」

「……そう」


 ずっと纏っていたら、私服のように体に馴染んでしまったらしい。


「この鎧を脱いだら、まるで全裸でいるときのように心細くなってしまうので、常に着用しています」

「だったら、仕方がないのかもね」

「聖女様、ありがとうございます」


 リアンは弾む声で、言葉を返す。なんでもこれまで、常に鎧を纏うリアンは変わり者として扱われていたらしい。距離を置かれ、おかしな人だと陰で噂されていたようだ。


「私を普通の人のように接してくれるのは、聖女様が初めてです」

「いや……まあ……」


 それよりも、ふたりきりのときは聖女と呼ばないように願った。


「ふ、ふたりきり……!」

「意識してほしいのは、そっちではないから」

「では、なんとお呼びしたらいいのですか?」

「普通に、シスターとか」


 イルゼは生涯、聖教会へ身を寄せる予定である。だから、シスターでなんら問題ない。


「あの、名前でお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「なんで?」

「シスターだと、他人のように思えて……」


 いやいや、他人だよ。なんて言葉を、イルゼは喉から出る寸前で呑み込んだ。

 どうでもいいかと思い、許可する。


「では、私のことはリアン、と呼び捨てにしてください」

「アイスコレッタ卿は、別に呼び方を変えなくてもいいのでは?」

「ふたりきりのときは、ぜひとも変えてほしいんです!」


 なぜか、力説される。

 自分の主張ばかり通すのは勝手というものだろう。

 イルゼはしぶしぶ了承した。 

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