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聖女、奇跡のパフォーマンス

「聖女の奇跡を、とくとご覧あれ!」


 芝居がかったフィンの言葉に合わせて、イルゼは天に両腕を伸ばす。そして、片膝をついて祈りを捧げる――ように見せているが、実際はハト・ポウに懇願しているのだ。


「ハト・ポウ、お願い。雨と風を、止めて」

『ポーウ!』


 瞼の裏にある契約の魔法陣が、カッと熱くなる。

 イルゼの頭上に、輝く魔法陣が浮かび上がった。

 背後から、街の人達のざわめきが聞こえる。

 魔法陣はどんどん上昇し、天に輝く。

 灰色の雲を吹き飛ばすと、晴天が広がった。 

 立っているのもやっとだった強い風も収まり、暖かで穏やかな風が流れる。

 魔法陣は弾け、街中に光りの粒が降り注いだ。

 光に触れると、濡れていた体が一瞬にして乾燥する。それだけではない。冷え切っていた体が、ポカポカと暖かくなる。

 奇跡が、目に見える状態で発現した。

 顔を上げると、リアンが手を差し伸べてくれる。

 イルゼは片方の手でハト・ポウの鳥カゴの持ち手を握り、もう片方をリアンの手と重ねた。

 優しく引かれて立ち上がる。

 街の人達を振り返ると、わっと歓声が上がった。


「聖女様ー!」

「ありがとう!」

「救世主の誕生だー!」


 無事、成功したようなので、ホッと胸をなで下ろす。

 このパフォーマンスは、危ういものだとフィンが話していたのを思い出す。

 失敗したら、人々の不満は爆発するだろう。罵詈雑言ばりぞうごんをぶつけられるだけだったらいい。石を投げつけられたら、命が危ういだろう、と。


 それでも、今はやるしかない。

 聖教会の名誉を回復させ、人々を絶望から引き上げる必要があるから。


 騎士隊の指揮官がやってくる。先ほどの失礼を詫び、感謝の言葉を繰り返していた。

 彼らは魔物から街を守るだけでなく、災害救助にもあたっていた。これまで、大変だっただろう。

 ハト・ポウの奇跡には、魔物避けも含まれている。もう、この街が脅威にさらされることもないのだ。


 指揮官は街の領主に紹介したいと言うが、ゆっくりしている暇はない。次なる街へ行く必要がある。 

 フィンは笑顔で伝言を伝える。


「感謝の気持ちは、どうか聖教会のほうに、と領主に言ってもらえるとありがたい」

「はっ、そのようにいたします」


 感謝の気持ちというのは、聖教会への寄付である。

 これも、聖女行脚の目的のひとつなのだろう。ちゃっかりしている。

 早々に街を去り、次なる土地へと向かった。


 馬車に乗り込むと、疲労に襲われた。どうやら、緊張の糸が切れたらしい。


「空腹だろう。これを食べろ」


 そう言って、ビスケットと水を出してくれた。

 言われてみれば、朝以降何も口にしていない。

 まずは、一番の功労者であるハト・ポウからだろう。

 小さく砕いて、手のひらに載せてあげた。ハト・ポウは嬉しそうに、ビスケットを突いている。

 半分ほど食べたあと、『ポウ、ポーウ』と何かを訴える。

 ビスケットの包みを、翼で指し示していた。まるで、イルゼも食べるようにと言っているように思えてならない。

 ハト・ポウの話すことが正確にわかるわけではないが、なんとなく言いたい内容はわかるのだ。

 同時に、イルゼはふと気づく。


「アイスコレッタ卿も、お腹が空いているのでは?」

「だろうね」


 イルゼは御者席に繋がる窓を開け、リアンに声をかけた。


「アイスコレッタ卿」

「はい、なんでしょうか?」

「ビスケット、いる?」

「へ!?」


 急に、リアンは挙動不審になる。

 こうして見ていたら鎧の姿をした精霊や妖精のような不思議生物に思えてならない。そんなわけはなく、リアンもイルゼと同じ人である。


「お腹、空いているでしょう?」

「はあ、まあ、人並みには」


 人並みと聞いて、イルゼは安堵した。リアンは不思議生物ではなく、人だったのだ。

 予備のハンカチにビスケットを五枚包んで、リアンに差し出した。


「どうぞ」

「あ、ありがとう、ございます。その、お気遣いいただき、恐縮です」

「別に、気遣いとかじゃなくて、アイスコレッタ卿もずっと働いているから、当然かと」


 リアンはまだ何か言いたげだったものの、萎縮するだけだろう。そう思って、イルゼは窓を閉めた。


 ◇◇◇


 午後は魔物の被害が酷い街へ行く予定だったものの、急遽王都から連絡が届いた。

  各地の危機的状況は、水晶通信によって知らされるのだ。

 なんでも、一時間前に大規模な土石流が起きたと。

 伝えられた事件の現場はフイニール。林業が盛んな街である。雨によって地盤が緩み、土石流となって街を襲ったようだ。

 少なくとも、百名以上が生き埋めになっていると。

 本日二回目の奇跡である。ハト・ポウは大丈夫なのか、心配していたものの、元気よくポウポウ鳴いていた。

 逆に、ハト・ポウはイルゼをジッと見上げる。まるで、そちらこそ平気なのかと問いかけるような眼差しであった。

 イルゼは別に元気である。聖教会での奉仕と長時間に及ぶ祈りに比べたら、聖女の振りなどなんてことない。

 まだまだいける。今日はもう少しだけ互いに頑張ろうと、ハト・ポウと共に励ましあった。


 ハト・ポウの力で奇跡を起こす。大雨を止めて土石流を山に押し戻し、街に流れてこないよう押し固めた。 

 行方不明者は全員生存していた。皆、隙間に身を隠し、救助を待っていたようだ。

 その中には国内で五本指に入る大貴族もいて、大いに感謝される。

 ここでも、フィンは聖教会への寄付を滲ませる発言を残し、そそくさと街を去った。


 王都に戻ったのは深夜。

 イルゼは聖教会の近くに建てられた、枢機卿の離宮に連れて行かれる。

 これまで聖教会の貴賓室に身を寄せていたが、今日からここで生活するように命じられた。


「安心しろ。僕はここで生活していない。リアンはいるが」

「はあ」


 しばらく、リアンは聖女一行の一員となるらしい。


「何かあったら、リアンを頼れ」

「何かって、何?」

「聖女を取り巻く陰謀とか」

「それは猊下の権力で、守ってほしいのだけれど」

「僕は権力というものに疎くてね。腹芸も苦手なんだ」

「どこが?」


 ついつい、本音が口からこぼれ落ちてしまった。

 背後にいたリアンが、ぶはっと噴きだし笑いをする。

 フィンはキリリと視線を鋭くさせ、イルゼを睨んだ。


「まあ、いい。とにかく、僕は忙しいんだ。救済の旅も、これからリアンと行ってもらう」


 奇跡を起こす前の仰々しい台詞は、リアンが言うらしい。しっかり暗記したと、胸を張っていた。 


 果たして、本当に大丈夫なのか。イルゼは不安でならなかった。


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