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聖女一行は街に降り立つ

 王都から離れると、雨が降り始めた。だんだんと勢いは増し、風も強くなる。

 けれども、竜車の車内は揺れずに安定していた。


「これ、本当に大丈夫?」

「大丈夫に決まっているだろう。竜が雨や風に負けるわけがない」

「いや、雨や風ではなく、アイスコレッタ卿のほうが大丈夫なのかと思って」


 御者席には雨や風を避けるものはまったくない、悲惨な状況である。

 横薙ぎの雨が、リアンに降り注いでいた。


「全身びしょ濡れなのでは?」

「大丈夫だろう。リアンは幼少時から風邪を一度も引かないほど健康だったらしい。それに、先ほど浴びたワイバーンの血がきれいに洗いながせるから、いいんじゃない?」


 本当にいいのか。

 よくわからないものの、ワイバーンの返り血を浴びた姿で人里に行かないほうがいいのだろう。

 一応、大丈夫かと窓越しに質問したほうがいいだろう。

 窓を開いたら、強風に雨が混ざったものが流れ込んできた。


「聖女様、どうかしましたか?」

「いや、あなたがどうかしていないか、聞きたかったのだけれど。雨や風が酷くなったから」

「まさか、私の心配を? 聖女様は、お優しいのですね。嬉しいです」


 ここで、フィンがイルゼに酷いとしか言いようがない命令をする。


「おい、大丈夫そうだから窓を閉めろ」


 イルゼが閉める前に、リアンが窓を閉ざす。フィンの言うとおり、大丈夫そうだった。

 さすが騎士――というよりは、リアンが規格外に頑丈なのだろう。


 二時間ほどで、問題の街アスパルに到着する。

 アスパルは水と運河の街とも呼ばれており、輸入された品を国内に届ける役割を担っている。

 街には大きな運河が通っており、小舟でしか行けない地域や店もあるという。

 止まない雨のせいで運河の水位がかなり上昇しているようだ。氾濫したら、街を呑み込んでしまう。一刻も早く、奇跡の力が必要となるだろう。

 竜車から下りる前に、フィンから防水魔法がかけられた外套が差し出された。ハト・ポウも鳥カゴの中に入れられて、上から専用の雨除けの布が被せられる。

 外套の頭巾は口元付近まで顔が隠れるものの、しっかり前が見える魔法が施されているらしい。


 ここで雨と風を抑えられたらいいのだが、目的はそれだけではない。

 新しい聖女の力を、国民に見せる必要がある。

 それは、聖教会の権威を回復するのと同時に、不安な毎日を送る者達への勇気にもなるのだ。


「行くぞ」

「ええ」


 竜車が下り立ったのは、アスパルから徒歩三十分ほど離れた場所にある郊外。嵐のような中を、移動しなければならないようだ。

 フィンが竜車のガラス窓を叩くと、外からリアンが開けてくれた。

 すさまじい雨と風が、車内に流れてくる。この中を歩くのは、かなり辛そうだ。

 フィンが下りたあと、イルゼも腹を括る。

 そっと、手が差し出された。リアンは下りるときも手を貸してくれるようだ。

 嵐のような気候である。イルゼはありがたいと思いながら、リアンの手を取った。

 行きよりもしっかりと、力強く支えてもらう。


「アイスコレッタ卿、ありがとう」

「いえいえ。それよりも聖女様、大丈夫ですか?」

「私よりも、ハト・ポウが心配」

「リアン、鳥畜生と代理聖女を抱えて街まで歩いてくれないか?」

「わかりました」


 リアンはフィンの命令に従い、一度会釈をしたのちに、ハト・ポウのカゴを胸に抱くイルゼごと横抱きにした。

 俗に言う、〝お姫様だっこ〟というものである。

 女性の誰もは一度は憧れるものだが、この雨嵐の中ではときめいている余裕はなかった。


「聖女様、この体勢は、辛くありませんか?」 

「辛いのは、アイスコレッタ卿のほうかと」

「私は平気です。ただ、鎧が当たって痛いところはないかと心配でして」

「それは大丈夫。アイスコレッタ卿が辛くないのであれば、お願い、します」

「ええ、お任せください!」


 リアンはフィンも背中に背負う余裕があると主張していたが、丁重に断っていた。

 細身の鎧姿に見えるものの、リアン自身は筋肉質なのかもしれない。

 ただ、優しく柔和な声から、筋骨隆々な様子が想像できない。

 いったい鎧の中身はどうなっているのかと、気になるイルゼであった。


 ほどなくして、街にたどり着く。

 氾濫寸前なのか、騎士達が街中を駆け回って高台への避難を命じていた。

 小高い丘に、船に合図を送る灯台が設置されているらしい。もしも氾濫しても、そこならば難を逃れられるようだ。

 その話を聞いたフィンは、にやりとほくそ笑む。


「高台に、街の者達が集まっているようだな。ちょうどいい。聖女の力を、見せてやろうか」


 それは、悪者みたいな微笑みであった。神に仕える聖教会の頂点に立つ者の顔ではない。

 イルゼは見なかったふりを決め込んだ。


 騎士隊の本部へ行き、指揮官と面会する。年の頃は四十代後半くらいか。ここ数日の騒動で疲れ果てているのだろう。くたびれているように見えた。

 フィンはイルゼを新しい聖女だと紹介する。加えて事情を話すと、複雑そうな表情でイルゼに視線を送っていた。


「これまでの聖女様は、王都から祈りを捧げ、奇跡を起こしていたようですが」


 今回の聖女は、現地に赴かないと力をふるえないのか。という非難が言葉に滲んでいるように聞こえた。

 フィンが言葉を返す。


「それも仕方がない話だ。歴代聖女の任期は四十年前後――」


 聖女の力が衰え始めると、新たな聖女が生まれる。その体には、聖なる刻印が刻まれているのだ。


「次代の聖女となる者は、聖女から教育を受ける。そのさい、力の使い方も習うのだ」


 けれども、今回の聖女はその引き継ぎがなかった。歴史上、聖女がいなくなったという例はなく、何もかも探り探りの対応であるとフィンは説明していた。

 よくもまあ、次々と言い訳が思いつくものだと、イルゼは内心感心する。


「何はともあれ、祈りを捧げていただけるのであれば、早いほうがいいでしょう。街の者達の避難も、大方済んでいますし」

「そうだな。聖女様、大丈夫ですか?」


 イルゼはこくんと頷いた。


「では、行きましょう」


 フィンが丁寧な言葉で話しかけるのは、人前だけだ。非常に圧のある敬語だと、毎度毎度思ってしまう。敬う気はゼロなのだろう。

 と、フィンの言葉遣いに戦いている場合ではない。

 街の者達は不安だろう。一刻も早く、ハト・ポウの奇跡の力で雨と風を止めなければならない。


 再び、リアンが横抱きにしてイルゼとハト・ポウを運んでくれた。

 小高い丘にある灯台には、多くの人達が雨ざらしになっている。

 絶望する老人、泣き続ける子ども、ぐったりする妊婦――皆、命を守るために避難しているのに、状況は最悪としか言いようがなかった。


 ここで、フィンは防水の外套を脱いだ。

 聖教会の最高顧問である、枢機卿の赤い聖衣姿を人々に見せる。

 さらに、大雨の中で声を張り上げて叫んだ。 


「皆の者、聞け! 今から、聖女様が奇跡を起こす。この雨と風を、止めて見せよう!」


 この下りは、前回と同じである。

 大げさであるものの、聖教会の権威を回復させるために、大切なパフォーマンスなのだろう。

 ここから先はハト・ポウの頑張りと、イルゼの小芝居が始まる。

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