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代理聖女爆誕

 美少年枢機卿ことフィンがはじめにしたことは、ハト・ポウの奇跡の確認である。

 雨が止んだのは、王都だけだった。他の地方では、今も降り続けている。

 馬車で移動し、桶をひっくり返したような雨音を聞きながら儀式を開始する。

 とは言っても、イルゼがハト・ポウに餌であるパンくずを与え、雨を止めるように願うばかりであった。


 イルゼがパンくずを与えると、ハト・ポウは嬉しそうに食べ始める。

 そして、フィンに急かされながら願った。雨を止めてほしいと。

 さすれば、すぐに雨は止んだ。

 奇跡が起こったと、フィンは叫ぶ。

 イルゼは偶然だろうと主張したかった。


 契約を結んでいないのにここまで力を発揮するとは、とフィンは感嘆する。

 契約なんて、とうの昔に結んでいた。

 ハト・ポウに解除してくれと願っても、小首を傾げるばかりだった。

 土下座までしたものの、頭の上にぽんと飛び乗るばかり。

 イルゼの悩みは尽きなかった。


 ◇◇◇


 代理聖女となることとなったイルゼの暮らしはガラリと変わった。

 まず、お付きの侍女ができた。

 アデーレという、イルゼよりもふたつ年下の少女である。リスを思わせる可愛らしい娘で、お喋りだった。


「猊下が初めて女性を連れてきたので、驚きましたよお。まさか、新しい聖女様だったなんて!」


 国を救う力を持つのはイルゼでなく、ハト・ポウだ。けれども、それはフィンと一部の関係者だけが知る秘密である。

 イルゼの傍付きであるアデーレにも、話すなと命じられていた。

 彼女は商人の娘で、社交界の噂に疎い。そのため、イルゼに対する嫌悪感はないようだった。

 他の侍女やメイドも、アデーレの実家が用意した娘である。

 なんでも、アデーレの父親とフィンは古くからの知り合いらしい。国内で信用している者のひとりなので、心配はいらないという。


「イルゼ様、今日も美しくしますね」


 アデーレの言葉に、イルゼは生返事を返す。

 ユーリアの取り巻きを辞めてからというもの、身なりを整える時間から逃れられたと喜んでいた。

 貴族女性は美しく着飾るために、平気で三、四時間と身支度に時間をかける。なるべく短くと命じても、最低二時間はかかるのだ。

 アデーレと彼女が率いる侍女団は優秀なのか、きっちり一時間で仕上げてくれる。それだけは、ありがたいと心の中で思っていた。


 聖女の装いは、白いドレスと白マントと決まっている。

 ドレスは袖がなく、腰がきゅっと絞られた魚のひれに似たスカートを着用する。その上に纏うマントは、胸や肩に金の刺繍が施された特別製だ。

 髪は丁寧に結い上げられ、聖女のベールと金で作られた髪飾りが合わせられる。


「はい! イルゼ様、今日もお美しいですよ」

「……」


 鏡の向こうに映るイルゼの姿は清らかな聖女というよりも、聖女の座を乗っ取った邪悪な魔女に見えた。

 白よりも黒が似合うというのは、イルゼ本人がもっとも自覚している。

 必要なのは、聖女のシルエットだけ。鏡を前に憂鬱になる自らに何度も言い聞かせる。


 先日、新しい聖女のお披露目は完了した。


 雨が止んだ奇跡を、新たな聖女と共に発表したのだ。

 イルゼの希望でお供のハト・ポウも一緒に、紹介する。それとなく、奇跡をイルゼひとりのものだと触れ回るのに、罪悪感を覚えていたから。ハト・ポウは、オマケ扱いにもかかわらず、なぜか誇らしげだった。

 フィンは舌先がよく回り、口先だけを武器に人々の信用を勝ち得る。

 乗り気でないのは、イルゼひとりだけだったというわけである。


 あっさりと、新しい聖女の存在は認知された。


 ◇◇◇


 ハト・ポウの奇跡は、聖女のように広範囲に及ぶものではないらしい。

 王都から願っても、叶わなかった。

 前回地方に行ったときのように、現地で願う必要があるという。


 フィンは大きな国内の地図を広げ、被害の大きな地域から順番に回る計画を立てていた。

 イルゼは死んだ目で、説明を聞く。


「遠方ともなれば、馬車の移動は困難となるだろう。そこで、竜車を使う」

「竜車?」


 フィンの「おい、入れ」という合図で、扉が開かれる。中へと入ってきたのは、全身を漆黒鎧で包んだ騎士であった。

 ひと目見た瞬間、肌がゾッと粟立つ。

 地獄から這い上がってきたような、なんとも邪悪な気を発している気がしたのだ。

 彼の目の前から逃げ出したいような思いに駆られたものの、なんとか踏みとどまる。

 あまりにも、失礼だからだ。


「竜騎士である、リアン・アイスコレッタだ」


 家名に聞き覚えがあるような気がしたが、国内の貴族ではない。どうでもいいかと、頭の隅に追いやった。

 フィンから紹介された黒騎士は、ぺこりと頭を下げた。それとなく、年若い騎士であることをイルゼは感じ取る。

 このやりとりで、恐怖は少しだけ和らいだ。


「竜車というのは、空飛ぶ馬車のようなものだ。リアンに、竜を操縦してもらう」

「はあ」


 話についていけず、イルゼは生返事をする。

 竜は国内でも稀少な存在で、竜騎士と呼ばれる者の多くは独立騎士として部隊に所属せず、自分で選んだたったひとりの主人に仕える。


「あの騎士は、猊下に仕える者?」

「いや、違う。リアンに主人はいない。野良竜騎士だ」

「野良竜騎士……」


 フィン曰く、いつまで経っても主人を選ばないことから〝野良竜騎士〟と呼んでいるらしい。


 騎士というのは自らの実力に大いに自信があり、態度や雰囲気は威厳に満ちあふれている。ところが、リアンは自信なさげで、どこかに隠れたいという空気感があった。

 おそらく、騎士に向いていない気質なのだろう。


「リアン、彼女は代理聖女だ。特に不思議な力があるわけではない。ただ、その鳥畜生は代理聖女の言うことしか聞かない。そのことだけを、しっかり覚えておけ」


 尊大なフィンの言葉に、リアンはこくこくと頷く。

 背が高く、立派な体躯を持っているものの、その所作はどこか小動物を思わせる。不思議な騎士であった。

 黙って立っていたら恐ろしいのに、動いたらそんなことはまったくない。


 リアンがイルゼのほうを見つめていたので、軽く会釈した。すると、リアンは何度もペコペコとお辞儀をする。

 実家で餌付けしていた黒リスに似ているなと、イルゼは心の中でひっそり思った。

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