エリザベートの正義
―ワイワイガヤガヤ―
「ここは相変わらず賑やかね」
リサはティナを伴いお忍びで市場まで足を伸ばしていた。
目立たないように灰色の地味なローブを身に纏ってはいるが、市井に王女と面識がある人物がいると思われなかったため顔は隠していなかった。
「姫様ぁ、フードで顔を隠してくださいニャ。バレたら王宮に帰ってから叱られますニャ?」
ティナはリサにそう懇願したが、むしろ亜人であるお供のティナの方が目立つ存在であった。
それはティナの方も重々承知していたので、リサと同じローブを身に纏ったうえでフードでしっかり耳と尻尾を隠していた。
「ティナ、王宮の外ではリサと呼ぶように言ってるでしょ?それに言葉使いも王宮の者と気づかれないように注意しなさい」
「わかってますニャ。でも、そうは言ってもリサも王宮にいる時と比べて楽しそうですニャ?やっぱそっちが地なんですかニャ?フフ・・・」
ティナはリサのローブを引っ張り耳打ちした。
「ところでリサ、そろそろ本題に入りませんかニャ。例の従者はこの辺にいることは間違いないんですニャ?」
「うん、この辺にいるはずなんだけど」
「彼の者の居場所は召喚した術者にしか探知できませんからニャ、こればかりはリサ自信が頼りですニャ」
「わかってるわ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ふと、遠くの方で何やら騒ぎがあった。
「お前、吾輩の馬車の前に飛び出してくるとは何事デスか」
リサはフードを深くかぶり顔を隠すと人だかりの中に割って入り、近くの野次馬に訊く。
「なにかあったの?」
「あの女の子が貴族の馬車の前に飛び出したそうなんだ」
「なんだかすごく急いでいたみたいだったぜ。助けてとかなんとか」
馬車の前にネズミの尻尾のような髭をした偉そうな男が立ち、幼い少女が怯えながら膝をついて謝っている姿があった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「そんな汚らしい格好で・・・吾輩の馬車が汚れるところだったじゃいデスか。・・・ん?・・・これはなんデス?」
男は女の子が身に着けていたペンダントを手に取ると目を光らせ睨んで言った。
「お前・・これはどこで手に入れたんデス?」
「あ、それは・・・」
それは細かい装飾が施された高価そうなロケットペンダントだった。がしかし、相手はどう見ても浮浪児の子供・・・。
「お前、これを盗んできましたネ?」
「盗んでない!」
「嘘おっしゃイ!お前のような乞食がこんな物を持ち歩いているなんて不自然すぎマス」
「嘘じゃないよ・・・お母さんの形見なの、お願いだから返して!」
「見え透いた嘘を・・・お前のような薄汚い小娘の母親がどうしてこんな物をもっているんデスか?このペンダントの裏に刻まれているエンブレムを調べれば出所などすぐにわかるんデスよ」
「嘘じゃない、信じて!」
「お前のような奴にはお仕置きが必要デス」
男は少女の腕を掴み上げる。
「イヤ!やめて!離して!」
少女は泣き叫び抵抗するが、皆んなその状況を顔を顰め見ているだけで誰も止めようとしない。
「なんで誰も助けようとしないの?」
リサは野次馬の一人に訊いた。
「あいつはアドルフという参事官で、宰相ブラウン公の走狗だ。俺も含め、皆んなブラウン公に睨まれるのが怖いのさ」
見兼ねたリサが飛び出そうとするもティナが後ろから肩を抑え耳元で囁く。
「お忍びですニャ・・・?」
「お忍びだからなに?あの子を見捨てろと言うの?正体がバレたってかまわないわ」
リサはティナの手を振り払って衆前の中に躍り出る。
「待ちなさい」
「ん?」
「その子の手を離しなさい」
「誰デス?お前は」
「あなたのようなゲスに名乗る名前などないわ」
「ゲス・・・ゲスですって?この吾輩が?そもそも悪いのは盗みを働いたこの子供デスよ?」
「いいえ、違うわ。その子が盗んだと言うならその証拠を示しなさい。それができないならその子は無実よ」
ゲスと呼ばれたことがよほど癪に障ったのか、証拠を示せないことが悔しかったのか男はワナワナ震えている。
「そうだ、証拠がないなら無実だ」
「そうだそうだ」
周りの聴衆からもリサを支持する声がちらほら出始めた。
「もう一度言います。その・・・薄汚い手を離しなさい!」
―フォン―
リサがそう叫ぶと同時に音が鳴り、術者であるリサの足元に金色に輝く魔法陣が現れた。そして、円形に描かれたそれはリサの膝元にまで上昇すると上下に分離し、右回りと左回りに回転し始める。
さらに、足元に残された円形の輪は白く輝き、魔力風と呼ばれる風が術者であるリサの真下から吹きつけてローブや髪を靡かせた。
「魔法陣・・・小娘・・・お前は上級貴族デスか・・・?」
「あなたが知る必要はないわ」
男はしばらくリサを睨んで思考し、しばらくのちに言った。
「わかりマシた。今日のところは引き下がりまショウ。だが、憶えておきなサイ。この借りは必ず返しマスからね」
男は分が悪いと思ったのか捨てゼリフを吐くと逃げ込むように馬車に乗り込んで去って行った。
周りの聴衆は鼻持ちならない男を撃退したことに大喜びして沸き上がる。
「いや、よくやってくれたお嬢ちゃん」
「あいつは昔から鼻持ちならねぇヤツで胸がスカッっとしたぜ」
だがリサとティナは浮かない顔をしていた。
「リサ、あの男が王弟のマクシミリアン様と繋がっているかもしれニャいと・・・」
「そうね、あの叔父様がバックにいるとしたら少し厄介かもしれないわね・・・」