信頼の芽生え
―バンッ―
シュンが勢いに任せて乱暴にドアを開けて入ると、古物商の親父は一瞬驚いた顔をした。だが、相手がシュンだとわかると馴れ馴れしく口を開く。
「なんでぇ、シュンじゃねーか。脅かしやがって、なんの用だ?」
「親父、この兄ちゃんに見覚えあるだろ?」
シュンが親指で後背にいる俺を指刺す。
「ん?あんたはさっきの・・・」
ネズミ親父はそう言いかけるとシュンが俺を連れて入ってきた意図を察したらしく舌打ちして言った。
「チッ!そういうことかい。で、なんです?さっきの品物を返せと言いたいんですかい?それとも残金を寄こせと?」
「残金を払え、残り50万コインだ」
「オメーに話してるんじゃねーシュン!そこの客人に話してんだ」
ネズミ親父がドスの効いた声でシュンの言葉を遮る。
「この子の言う通りだ。残金を支払ってもらえるなら支払ってもらいたい」
「残念ですが・・・それは出来ませんねぇ・・・」
「なんっ・・・」
俺の要求を無下に断る親父に切れ、掴みかかろうとするシュンを抑えて俺はさらに訊いた。
「それはなぜだ?」
「お客さん、これを見てもらいたいんですがね」
親父がさっき俺が持ち込んだ置物をひっくり返して俺に見せる。
「これ、ここに刻まれた刻印・・・わかりますか?」
「これがどうかしたのか?」
なにかエンブレムのようなものが刻まれていたが、俺にはわからなかった。
「これは王家のエンブレムなんですわ」
「あ」
それを聞いてシュンの顔色が変わる。
「お客さん、この品物、どこで手に入れました?これは王室御用達の品物で通常出回らないんですわ」
俺を見る親父の目がいつの間にか据わっている。
「それはある人から貰ったものだ」
俺がそう言うと親父は首を横に振った。
「上級貴族なら下賜品を持っていても不思議じゃないが、言葉使いからしてお客さんが貴族ではないことはわかるんですよ。恰好は貴族っぽいですがね」
この親父も海千山千の食わせ者だ。やはり一筋縄ではいかない。
「これ、盗品ですよね・・・?」
骨董屋の親父は畳みかけるように核心を突いてくるが、シュンが反論した。
「盗品なんてこの店じゃ当たり前に取り扱ってるだろ?」
「王室御用達品なんてモンはすぐ足がついちまうんだよ。そんなヤバイ品物を買い取ってもらえるだけありがたいと思って欲しいもんだね。なんだったらこっちは王室の盗品が持ち込まれましたって御上に訴えたっていいんだ」
ネズミ親父は勝ち誇ったように言い放つ。完全に足元を見られた。意図的でないにせよ、王宮から黙って持ち出した物であることには変わりがないのだ。
「この野郎・・・」
怒るシュンを宥めながら、俺は王宮で召喚された事実を話すかどうか考えていた。
だが、この親父に正直に話したところで信用されるかどうか疑わしい。仮に信じたとしても、それを逆手に取られる可能性さえあり危険だ。
俺の直感が伝える。この男は信用できないし、してはいけない類の男だ。利害が一致すれば別かもしれないが、この親父にとって今の俺にはなんのメリットもない。
あまりにもリスクが大きすぎる。そう判断した俺はネズミ親父に対する要求を素直に取り下げることにした。
「わかった、50万コインの要求は取り下げる」
ネズミ親父の目がニンマリと細くなり、ほくそ笑んでいるのがわかった。
「だが、こっちも金が入用なんでな。今着ている服なんかの買取は出来ないか?」
俺はムカつく気持ちを抑えながら話を進める。
「貴族の服ですかい・・・うーん・・・」
勿体ぶってはいるが、目の色が変わったのを俺は見逃さなかった。
「無理ならこのシュンに他の店を案内してもらう。邪魔したな」
そう言って踵を返そうとするとネズミ親父が慌てる。
「イヤイヤイヤ・・・無理とは言ってませんぜ、ただ貴族の服はオーダーメイドが多いので、需要はあまりなくてですなぁ」
買い渋って値切ろうとするネズミ親父にシュンが噛みつく。
「嘘つくなよ親父、上級貴族はそうかもしれないが、金に困った貧乏貴族が買っていくんだろう?」
「チッ、シュンてめぇ商売の邪魔すんじゃねぇぞ」
シュンを始めサス、ミーナの三人は浮浪児ということだったが、この一連のやり取りで彼等を信用できると確信した俺はシュンの肩を叩いて言った。
「親父、この服の売値はシュンの言い値に任せる。それでダメならこの話は無かったことにしてくれ」
ネズミ親父は驚いて叫ぶ。
「なんだって?・・・シュンは盗みを生業とする浮浪児ですぜ?そんなヤツを信じるんですかい?」
「ああ、今の俺にはあんたよりシュンの方がよほど信頼できる」
シュンは一瞬振り向き俺を見る。その目は驚きに満ちていた。
「俺に任せていいのか?」
「勿論、俺はお前を信用する」
「任せろ、兄ちゃん」
俺の言葉がよほど嬉しかったのか、シュンは妙に張り切っていた。
一方、ネズミ親父は俺の意志が固いと見るや、渋々ながらその条件を呑んだ。
そのうえでシュンが見積もった金額は・・・70万コインだった。勿論、服だけの値段でなく、靴や装飾品など諸々合わせての値段だ。
だが、割高だったらしくネズミ親父が文句を言った。
「おい、シュン70万はちと高いだろうが、少し負からねーか?」
「そりゃこの兄ちゃんから値切った置物の金額もペナルティとして加えてるからな」
シュンは平然と答える。
「なんだと!いけしゃあしゃあと言いやがって、置物のことを御上に訴えられてもいいってのか?」
「訴えるなら訴えてみろよ。俺が兄ちゃんの身代わりになってやる。上には俺が盗んで親父がそれを知りながら買い取ったと証言するぜ?いまさら窃盗で捕まろうが俺にとっちゃ痛くも痒くもねぇからな。大体、上に目をつけられて困るのは盗品を扱ってるこの店だろ?」
「ぐ・・」
「それに高いといっても、上乗せは20万コインだ。兄ちゃんが諦めた50万コインと比べたらまだまだ充分儲けがあるはずだ」
ネズミ親父は完全にアテが外れたようで、ぐうの音の出せずに苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
「チキショウ!70万コインでいいんだな?」
「ああ、それで構わない」
「金貨は手持ちが20枚しかないから残りの50万は銀貨500枚で支払わせてもらうぜ?」
シュンにあたるように言い放つが当のシュンは意に介さない。
「ああ、それとこの兄ちゃんに代わりの服と靴も売ってくれ」
「ならその代金を引いて60万コインだな」
「ここにある服が10万?ふざけんな!どう見積もったって5万コインがいいところだろうが」
この場は完全にシュンの独壇場となった。
「お客さん、今度は一人で来てくれませんかねぇ・・・」
ネズミ親父は俺に65万コインを支払いながら独り言のように呟く。だがそれをシュンが聞き逃さない。
「なんか言ったか?親父」
「いーえ!なんにも!」
不貞腐れる親父の態度を見た俺は、笑いを堪えながら着替えをさっと済ますと浮浪児三人と共に店を出た。




