主従の垣根を越えて
自分が吸血鬼・・・。
リサはそのことを認めたくはなかった。そこで十字架に触ることを思いつく。
悪魔である吸血鬼は十字架に触れれば火傷を免れない。そこで十字架に触れることで自分が火傷をするかしないか試そうと思った。
「ティナ、宝石箱にしまってある十字架のペンダントを持ってきて」
ティナは恐る恐る尋ねる・・・。
「・・・どうするんですかニャ?」
「十字架を触ってみて火傷するかどうか確かめるのよ」
「やめたほうが、いいと思いますニャ・・」
ティナはリサを心配して言ったが、それはティナ自身がリサが吸血鬼であると認めたに等しい。リサはそのことに少し腹を立てた。
そしてつい言葉を荒げて言う。
「言われた通り早く持ってきて頂戴」
「はいですニャ」
普段のリサからは考えられない剣幕に驚いたティナは、言われた通り十字架を持って、サイドテーブルに置いた。
―ゴクリ・・・―
リサは生唾を飲み込むと意を決し、十字架にユックリと手を伸ばすと、十字架を人差し指でそっと軽くツンと触れる。
―ジュッ―
「キャァ」
リサの指先はみごとに容赦なく焼かれ、指先に十字架の跡が残った・・・。
リサの意に反して、リサは自身が悪魔・・吸血に化したことを認めざるを得なくなった。
「私が吸血鬼・・・」
、
そこで、リサは考えた。どうして自分が吸血鬼になったのかを・・・・・・。
だが、どう考えても自分を襲ったカミラという人物?が吸血鬼だったからという理由しか考えられない。ただ、自分はあの時すでに気を失っており、その直前の記憶ではカミラが悪魔だったという人々の叫び声だけだ。そこでリサはティナに尋ねる。
「ティナ、私を襲ってきたあのカミラという人物は吸血鬼だったの?」
「はいですニャ。皆んニャミハエル殿下の従者は吸血鬼だったと言ってましたニャ」
「そう・・・」
リサは思わず目を瞑り天を仰いだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リサが吸血鬼化したという報告は、すぐに王にもたらされ、城内の主だったもの全てが知るところとなった。しかし、そのような事実は対外的な面からも当然、認めるわけにもいかず、城内に戒厳令が敷かれるに至った。
城内が蜂の巣をつついたような騒ぎの中、リサを心配した、勇人、シュン、サス、ミーナの四人はリサの面会に訪れることにした。
―コンコン―
夕方近くに、ドアをノックする音が聞こえた。
「姫殿下、勇人様たちがお見えになっておりますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
召使いの一人がドアの外からそう尋ねる。
「悪いけど、気分が優れないの。帰ってもらって頂戴」
リサが召使いにそう指示するとティナ心配そうに訊いた。
「会われないのですかニャ?」
「こんな姿、とても見せられないわ」
「皆んな姫殿下にとても会いたがっていましたニャ」
「仕方ないじゃない」
―コンコン―
再びドアがノックされた。
「あの、姫殿下」
「皆んな帰った?」
「いえ、あの・・・」
「なに?」
「勇人様からお託けが・・・。申し上げてもよろしいでしょうか?」
「聞かせて頂戴」
「あの、申し上げられたことをそのままお伝えいたしますので、お許しください」
「わかったわ」
「お前には俺を召喚した責任がある。したがって俺に今の状況を説明する義務もあるはずだ。・・・とのことです」
リサはしばらく考えて答える。
「勇人君はまだいるの?」
「はい、まだいらっしゃいます」
「では通して頂戴」
「わかりました」
「ティナ、悪いけれど席を外して頂戴・・・」
「わかりましたニャ」
勇人が召使に案内され、ティナと入れ替わりで入室する。
リサの姿を見た勇人は安心したように喜んだ。そして開口一番
「リサ、心配したぞ・・・大丈夫だったか?シュンたちも会いたがっていたんだから、会ってやればよかったのに」
勇人はそう言った。
「勇人君・・・」
そんな勇人を意に介さずリサはかしこまって言う。
「なんだ?」
「王位継承戦は有耶無耶になってしまったけれど、もう私が王位を継ぐことはないわ。だから、あなたももう自由にしていいわよ」
「どういう意味だよ?」
突然の解雇通知に勇人の声が上ずる。
「私を見て何か気がつかない?」
リサをマジマジと見るが勇人にはわからなかった。
「なにを気がつけというんだよ?」
リサは溜息をつきながら言う。
「勇人君、その鏡で私を映してみて」
勇人がリサを鏡に映そうとするがリサの姿は鏡に映るはずもなかった。
「お前の姿が映らないぞ、どういうことだ・・・」
「私は吸血鬼になってしまったのよ。だから、もう王位継承どころではないわ。もしかすると教会も破門されるかもしれない・・・」
「なにを言ってるんだよ・・・治るんだろ?それ・・・」
「吸血鬼になった人間を元に戻す方法なんて聞いたことがないわよ」
「だったら、治る方法を一緒に探そう・・・俺も手伝うから・・・」
「わからないの?もし教会から破門されたらなんの庇護も受けられないのよ?あなたたちだって危険に巻き込まれるかもしれないわ」
「それでも俺はお前の従者なんだろ?だったら俺を頼れよ!頼ってくれよ」
「なんでよ、あなただって初めは私の従者を嫌がっていたじゃない。これがいい機会よ」
「イヤだ、俺はお前から離れたくない」
「なんでそんなに私に構うのよ」
「俺は・・・お前のことが好きなんだ!」
勇人の言葉に、リサは一瞬顔を赤くし、言葉に詰まる。
「俺がこの世界にいる理由はお前の傍にいられるからだ。それ以外に意味はない」
「な、なにを馬鹿なことを言っているのよ。従者が主人にそんな気持ちを持つなんて聞いたことがないわ」
「主従がどうなんて、もう関係ない。これは俺自身のお前に対する気持ちなんだ」
「黙りなさい」
リサは近くにあった呼び鈴を素早く鳴らす。
―リンリンリン―
「ティナ、人を数人呼びなさい」
そしてティナに命じて召使いを数人招き入れた。
「勇人君を退室させて・・・部屋に送り返して頂戴」
勇人はリサ付きの召使いたちに連れ出される。たぶん従者としての力を振るえば難なく召使いたちを倒せただろうが、リサの心証の悪化を気にして力を使うことができなかった。
「リサ、俺は諦めないからな。絶対にお前と一緒に治す方法を見つける。リサ」
―バタンッ―
そう言いながら勇人は部屋の外に連れ出され、無情にもドアが閉められる。その様子をリサは最後まで見とどけた。
「・・・吸血鬼になった私を好きだとか、なにを考えているのよ。それに・・・」
吸血鬼になってしまった私の気持ちなんてわかるものですか・・・。
「ティナ、少し疲れたので寝るわ・・・下がって頂戴」
「わかりましたニャ」
疲れを感じたリサはそのまま寝入ってしまった。




