吸血鬼・エリザベート
勇人が礼拝堂で祈りを捧げてから五日目・・・リサはやっと薄っすらと目を覚まし始める。
「う・・・ん・・・ここは?」
ボーッとした視界の焦点がハッキリしてくると、リサはそこが自分の私室であることを理解した。
「私は確か・・・カミラとかいう悪魔に襲われたハズだけど・・・」
ボンヤリと思い出せるのはリサにとってはそこまでだ。その後の記憶はまったくない。
なんだか喉が渇いたわ・・・。寝起きのリサはそう思って、サイドテーブルに置かれた呼び鈴を鳴らした。
―リン、リン―
すぐにドタドタと慌てて駆けつける足音が聞こえ、凄い速さでドアがノックされる。
―コンコンコンッ―
「失礼しますニャ」
そう言って入ってきたのはティナだった。ティナはリサの顔を見るなり駆け寄る強く抱きついた。
「姫様ー。よかった、本当によかったですニャ」
ティナに好かれるのは構わないのだが、先に自分の用事をお願いしたいリサにとって、今は少し迷惑だった。
「ちょっと、ティナ・・・少し離れて・・・」
「あ・・・すみませんニャ、つい」
ティナはリサから離れると自分の頭をさすった。
「ところでご用はニャんでしょう?」
「喉が渇いたので、なにか飲み物を持ってきて頂戴。・・・そうね、赤ワインがいいわ」
「かしこまりましたニャ」
ティナはそう言うとワインを取りに行くよう、部屋の外で待機しているリサ付きの召使いに指示を出す。
しばらくして召使いの持ってきたワインに口をつけ一杯を飲み干すと、リサはようやく喉の潤いを感じ満足した。
「久しぶりのワインは美味しいわ・・・ありがとう」
「あとはどうしますかニャ。お食事でもお持ちいたしますかニャ?」
「うーん、食事はいいわ。あまりお腹が減ってないのよ。・・・ところでどのくらい眠っていたのかしら?」
「これこれ今日で八日目ですニャ。皆んな姫様がお倒れになったので心配してましたニャ」
「そう・・・では皆んなに私が無事だったことを知らせてあげてくれない?」
「かしこまりましたニャ」
「それと、湯浴みをしたいのでお湯を用意してくれないかしら」
「わかりましたニャ」
やがて風呂の用意ができると、リサはバスルームにて湯船に浸かりながら召使いたちに入念に躰を洗わせる。
八日も寝たきりだったなんて、少しやつれたかしら?・・・そう考えながらリサは湯船に張られた湯面を見つめていたが、自分の影を見ることができなかった。
だがリサは、召使いたちの影が邪魔をして自分の姿が映らなかったのだと解釈して、特に気にも留めなかった。
「では御髪を整えさせていただきますニャ」
リサが風呂から出て着換えを終えると、ティナがそう言ってリサの豊かなプラチナブロンドに丁寧に櫛を通し始める。
「姫様の御髪はいつ見てもウットリするほどお美しいですニャ、羨ましいかぎりですニャ」
「お世辞を言っておなにも出ないわよ?」
「お世辞なんかじゃないですニャ。本当のことですニャ」
「フフ・・。素直に受け取っておくわ。ありがとう・・・。ところでティナ」
「なんですかニャ?」
「髪が終わったら、爪を切って欲しいのだけれど・・・」
「爪ですニャ?」
「なんだかイヤに伸びてるのよね」
「わかりましたニャ。・・・ところで、御髪はこんなものでよろしいですかニャ?」
ティナは近くの鏡を持って、リサに見せる。
だが、鏡にはリサの姿がまったく映っていない。いや、正確に描写すると身に着けている衣服は映っていた。まるで透明人間さながらに・・・。
「ティナ・・・」
「はい?」
「別の鏡を持ってきて頂戴」
リサは嫌な予感を感じながらも、そのことを認めたくなくて、ティナに別の鏡を持ってくるように促した。
ティナは言われるまま、違う鏡を持ってくるが、やはりリサの姿は映っていなかった。
「ティナ・・・」
「はい?」
「私の姿はどうなってるか、詳しく教えて頂戴」
「鏡をご覧になられないんですかニャ?」
「鏡に私の姿が映らないのよ・・・」
「ええ?」
ティナは驚いて自分の持っている鏡を覗き込んだ。だが、ティナにもその鏡の中に映っているはずのリサの姿が確認できなかったのである。
「これではまるで・・・」
吸血鬼ですニャ・・・とティナは言いかけた言葉を飲み込んだ・・・。
「もう一度言うわ。私の姿がどうなってるか教えて頂戴」
「・・・御髪はウェーブの掛かった長くて綺麗なプラチナブロンドですニャ、眉毛は整った細くて長い三日月眉ですニャ、お目もパッチリ丸く、美しい瞳で・・・色は・・・あれ?」
確かリサの瞳はサファイアブルーだったはず・・・。ティナはそう思い、また言葉を失う・・・。
「瞳の色は?なに?ちゃんと教えて・・・嘘を言ったら承知しないわよ」
ティナは唾を飲み込んで、さらに詳細を述べた。
「瞳は・・・ルビーのように紅い・・・ですニャ。お鼻は細く筋が通っていて、鼻腔はこじんまりとして全体的に綺麗に整っていますニャ。唇は花弁を合わせたような可愛らしい形で、色は・・・」
「続けなさい・・・色は?」
「凄く赤いですニャ・・・」
「赤いってどのくらい?わかりやすく言って」
「まるで、血で塗られたみたいに赤いですニャ」
「フゥ・・・」
リサは一瞬ため息をついてティナに命令した。
「ティナ・・・これは命令よ、今から口を開けるから・・・私の歯がどうなっているか見なさい」
リサはそう言うと口を開けてティナに確認させる。
「どうだった?」
「歯は綺麗に生えていますが・・犬歯が異様に大きいですニャ・・・」
ここまでくると、ティナはもう涙声になっている。だが、本当に泣きたいのは当のリサ自身だった。
「そう・・・まるでお話に聞く吸血鬼みたいね・・」
リサはティナが言えずにいた言葉をそのまま口にしたが、ティナはどう答えていいかわからず、沈黙した。




