勇人の祈り
「リサの状態はどうだ?」
リサの部屋から出てきたティナは俺の問いに対し首を大きく横に振る。
「眠ったままですニャ」
「回復魔法は掛けたんだろう?」
「傷は治ってますニャ、でも昏睡状態から目覚めるかどうかは姫様次第ですニャ」
「まさか、このまま目覚めないってことはないだろ?」
「魔道医師団の先生方によると、ニャにか呪術的ニャ力が働いていて、目覚めるかどうかはわからニャイということですニャ」
このままリサは昏睡状態のまま目覚めない、そんなことがあるのか・・・。俺はリサから手渡された十字架を手にしながら考えた。
「なにか俺にできることはないのか?」
俺の言葉にティナは大きくため息をついた。
「こればかりは祈るしかニャイですニャ」
祈る・・・?・・・初詣に行っても形ばかりで神様なんて信じたことのない俺が?・・・
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リサが昏睡状態に入って三日目、俺やクリス、子供たちもうわの空で訓練に身が入らないでいた。そこで訓練は午前中で打ち切りとなったが、そのときミーナがクリスにあるお願いをした。
「クリスお姉ちゃん・・・」
「どうした?ミーナ」
「あのね、お願いがあるの」
「ん?」
「教会に連れて行ってほしいの」
「教会に?どうかしたのか?」
「リサお姉ちゃんが早く目を覚ましますようにってお祈りしたいの」
「ああ・・・」
クリスにも思うところがあったようで、二つ返事でOKした。
「わかった、私も一緒に行こう。お前たちも一緒に来ないか?」
シュンとサスはミーナと軌を一にしていたようで、二つ返事で了承した。
「勇人、お前は来ないのか?」
「俺は神様なんか信じてないしな」
「そうか、じゃあ、勝手にしろ」
クリスは少し憤慨したようにそう言い、ミーナは不安そうに俺を見たがそのまま四人で聖堂へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クリスたち一行が聖堂に到着すると、豪華な装飾が施された立派な一台の馬車が止められていた。
誰か高貴な身分の人物が来ているのだろうか?クリスはそう思ったが、特にそれ以上考えることも無しに中に入る。
中に司教がおらず、代わりに教会に仕える教徒に案内され、クリス、シュン、サス、ミーナの四人は祭壇の前でリサのために祈りを捧げた。
祈りが捧げ終わるころ、教会の奥から人の声が聞こえてくる。
「ははははは・・・」
「宰相閣下、多額のお布施をいただき感謝に耐えません。ありがとうございます。国王陛下にはよろしくお伝えください」
「いえいえ、このたび司教様にはお世話になりますからな、くれぐれも大司教様にたいしてよしなにお願いいたしますぞ」
「大司教様も国王陛下の信仰心の篤さをわかっていただけると思われますので、どうぞご安心を」
そんな会話をしながら宰相であるブラウン公と司教が奥から歩いて来ると、遜った態度の男が入り口から入ってくる。
それはいつぞやミーナを馬車で轢きかけた挙句に盗人呼ばわりしたアドルフという男だった。
「あっ・・・」
ミーナはアドルフに気がつくと俄かに顔を顰めてそう声を漏らした。
一方アドルフのほうも、ミーナに気がつく。
「お前はあのときの浮浪児じゃぁありまセンか・・・こんなところで何をしてるんデスか?・・・まさか盗みじゃナイでショウね」
あまりにも無礼な態度にクリスが怒る。
「なんだ貴様は、失礼極まりない奴だな」
「誰デス?お前は」
「姫殿下付きの近衛兵長をやっているクリスというものだ。貴様こそ名を名乗れ」
「吾輩は宰相ブラウン公付きの参事官、アドルフを申すもの、たかが近衛兵長の分際で・・身の程をわきまえなサイ」
「このっ・・・」
騒がしさにブラウン公が口を開く。
「騒がしいぞ!」
アドルフはクリスたちを無視して、モミ手をしながらブラウン公の傍に近づいた。
「あ、宰相閣下、馬車のご用意が整っておりマス。どうぞこちらへ」
そして、何事も無かったかのようにその場を去たので、クリスたちは、後味の悪い気分だけを残されて帰途に着いた。
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「一体なにを揉めておったのだ?」
ブラウン公は馬車の中でアドルフに尋ねた。
「以前、あの小さな娘が、エンブレムのついた高価そうなロケットペンダントを所持していたのデスよ。きっとどこかの盗品だと思い、詰問しやったことがあるのデス」
「それはどのようなエンブレムだったのだ?」
「確か・・・このようなエンブレムだったかと・・・」
アドルフは紙にそのエンブレムを描く・・・。それを見たブラウン公はしばらく考え込んだのちに言った。
「そうか・・・では貴様に命を与える。その娘の詳細を秘密裏に調べよ」
「わかりマシた」
「だが、きつく申し渡しておく。詳細がハッキリするまで、くれぐれもその娘を丁重に扱い無礼を働いてはならん。わかったか」
「御意デス」
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夜・・・クリスは一人悶々として寝付けず酒を飲んでいた。
それは昼間のアドルフの件よりも、主に勇人に向けられた憤りのせいだった。
「勇人のやつがあんなに薄情な奴だとは思はなかった。いくら神を信じていないからって、姫殿下のために祈ってくれるくらいいいじゃないか」
ふと窓辺から見下ろすと王宮の礼拝堂の扉が開いている。
「誰だ、まったく不用心だな」
クリスは酔いが回って重くなった腰を上げて、礼拝堂の扉を閉めに行く。
暗い礼拝堂の中に人気を感じたクリスはそっと中を覗いた。
そこでクリスが見たものは、祭壇の前で必死で祈りを捧げている勇人の姿だった。
「俺は神様なんて信じたことはないし、祈り方なんて知らない。けど、今回だけはあんたに祈らせてくれ。お願いだからリサを目覚めさせてくれ。あいつがいないと俺がこの世界にいる意味がなくなってしまうんだ。だから頼む・・」
クリスは扉の陰でその言葉を聞くと、目を瞑り熱くなった目頭を押さえた。そして安心したように軽く笑みを浮かべながら、勇人に気づかれないように部屋へと戻って就寝した。




