緊急閣議
フランツ王国の王位継承戦にて召喚された従者が吸血鬼であったというショッキングな報は、国境を越えて諸外国にまで及んで人々を震撼させた。
また、その吸血鬼が王国の第一王子を連れ去ったという事実も前代未聞であったが、ミハエル王子が吸血鬼を使役して逃げ去ったのだろうというのが衆目の一致するところだった。
王国としては戒厳令を敷きたかった。だが、各国の代表者や聖職者が目撃してしまっている以上、秘密裏に処理することは不可能だった。したがって、今後の対応を協議する必要に迫られ緊急閣議を開いた。
「ミハエルの呼び出した吸血鬼について協議したい。ついては皆の意見を忌憚なく述べるがよい」
王は会議席の冒頭そう発言した。
一番初めに意見を述べたのはマイヤ女史だった。
「あの吸血鬼をどうにかせねばならぬと思いますが、目下のところ最も懸念されることは、わが国が教会から破門されないかという点でございます」
「確かに・・・あのような悪魔を召喚したとあっては教会からの心証もよくあるまい」
―バンッ―
と勢いよく扉が開く。
「ご心配には及びませんぞ、国王陛下」
立派なもみあげをつけた偉そうな男はそう言いながら入室する。
「宰相か・・・」
宰相、ブラウン公・・王弟であり、エリザベートたちの叔父でもある。形容すると尊大さが服を着て歩いているような男だ。
「心配には及ばないとは?」
「先ほど司教様から大司教様に対して破門には至らぬよう、お口添えをいただけると約束を取り付けましたぞ」
「おお、そうか」
「ただし、条件がございます」
「条件とは?」
「ミハエル殿下が直接大司教様に釈明、また謝罪申し上げることでございます」
ブラウン公のその言葉にしばらく場が静まり返る。が、近衛隊長のロイス伯が口を開く。
「とは申されましても、ミハエル殿下は目下のところ行方不明でございますぞ。宰相閣下」
「その点についてもご心配召されるな、ロイス伯。わが手勢の者によればサタニア国王の元居城であるバレンヌ城に向かったとのこと」
「もう行く先を突き止められたのか?」
「左様」
ブラウン公は得意気な顔をするが、マイヤ女史が言う。
「そういえば、宰相閣下の居城にミハエル殿下が足繁く通っていたとか聞き及んでおりますが、殿下の所在をご存じなのもそのことと関係ございますか?」
ブラウン公はマイヤ女史をジロリと睨む。
「なにが仰りたいのですかな、女官長殿」
「いえ、ただミハエル殿下と懇意になさっておられるとしたら、なにか殿下と申し合わせがあったのではないかと思いまして」
「ずいぶんな仰りようですな。この私がこの事件となにか関わっていると言いたいのですかな?」
「閣下の居城近辺で若い女性が複数人、行方不明になっているという事件を聞き及んでおりますので・・・」
「なんたる侮辱!いくら女官長殿でも今の発言は聞き捨てなりませんぞ。その事件に私が関与しているという確たる証拠でもお有りか?」
「いえ、ございません・・・」
険悪な雰囲気の中、ロイス伯が割って入る。
「まあまあ・・・。宰相閣下、ここはひとつ穏便に。・・・女官長も少し口が過ぎますぞ」
「まったく、証拠もなく憶測で申されるとは女官長らしくもないですな」
落ち着いたところを見計らい王が再び諮問する。
「いずれにしても、まずはミハエルを連れ戻す必要があるな。いかがする」
「そうですな、殿下を連れ戻すにしましてもあの吸血鬼をどうにかする必要がございましょう」
「兵を出して取り押さえさせますか?」
「お待ちください。私は兵を動かすことに反対でございます」
「それはなにゆえかな、宰相」
「ここで兵を出せば、ミハエル殿下が謀反人とされてしまうことを恐れて本当に反旗を翻してしまう恐れがございます」
「しかし、反旗を翻したとして、兵権のないミハエルに兵は動かせまい?」
「お忘れでございますか?ミハエル殿下の向かった先は旧サタニア王国領ですぞ。わが国を恨む残党どもが結託しないとも限りませんし、あの吸血鬼は確実に殿下の戦力となるのです」
「ううむ・・・」
「しかも、彼の国は帝国と領土を接しているのですぞ。下手に兵を動かしては帝国を刺激する可能性もございますし、もしミハエル殿下が亡命して帝国軍をわが国に引き入れることになったらどうされますか?ここは殿下を追い詰めるような行動は差し控えるべきです」
宰相、ブラウン公の言い分には説得力があり、誰も反対意見を述べることは出来なかった。
「では宰相はいかがせよと申すのか?」
「ここは兵を動かさずに、使者を派遣して殿下を説得させるのです」
「使者か・・・誰かミハエルを説得できる適任者はおるか?」
「適任者はおります・・」
「宰相には心当たりがあるのか」
「はい、ここはミハエル殿下のご兄弟に説得にあたっていただくのが一番かと存じます」
「兄弟か。だが、もし説得に失敗したらいかがする?生きては戻れぬかもしれぬぞ」
「かもしれませぬが、私が陛下に王位をお譲りした件を思い返せしていただければ決して不可能な話ではないかと。それにフリップ殿下ならいざしらず、エリザベート姫殿下には従者がついておられるではないですか」
「あのユウキと申す少年のことか・・・。だが、継承戦ではあの吸血鬼相手に苦戦していたではないか。とてもエリザベートを護りきれるとは思えぬが」
「勝つことは無理としても、戦わせている間に時間稼ぎくらいは出来ましょう。説得がもし失敗したら、そのユウキとやらに戦わせてその隙に逃げればよいのです。彼の者が死んだところで誰も困りますまい」
「しかし、フィリップは病で臥せっておるし、エリザベートもあの吸血鬼に襲われ昏睡状態だと聞いておる」
「今すぐにとは申しません、フリップ殿下かエリザベート姫殿下のいずれかがご回復なさってからでよろしいでしょう」




