カミラ・アルカード
リサの兄、ミハエルの従者カミラ・アルカードは妖艶な美女と表現するに値する女性だった。
背丈は俺と同等くらい、女性とすればかなり背の高い方だろう。細身の肢体に黒いストレートロングの髪、ルビー色の瞳に真っ赤で薄い唇、八重歯というにはやや大きすぎる感のある歯。胸元と背中の大きく開いた漆黒のロングドレスがその怪しい雰囲気をさらに際立たせている。
両の手にする武器は鉄扇か・・・どうみても弱そうにはとても思えない・・・。
俺とカミラは仕切り線を境に互いに向かい合っている。その距離およそ10メートル。
カミラは鉄扇を半開きにして持ち、両手をダラリと下げている。構えなどまるでない。
対する俺は剣を片手で構え、腰につけている飛礫用の石が詰まった革袋に手を伸ばして数個の石を握りこむ。
ちなみに、俺はもともと左利きなのだが、幼いころ中途半端に矯正されたせいで物を持つ手は右、投げる手は左という変則的な両利きなのだ。
したがって剣は右が利き手で、飛礫を放つ手は左が利き手になることで必然的に二刀流となった。まったく、世の中なにが幸いするかわかったものではない。
勝負の開始は正午の鐘の音を合図に始まる。
俺も含めて周囲も息を呑んで合図の鐘の音を待つ。ただ一人カミラを除いて。
カミラからはなんの緊張感も感じられない。ただの木偶か、それとも強さゆえの余裕か俺には判断できなかった。
―ゴーンゴーンゴーン―
合図の鐘の音と共に俺はカミラを中心にグルグルと円を描くように走り出す。カミラの実力がわからないので真っ直ぐに突っ込んでいけないのだ。
俺の動きをカミラはただ突っ立って目で追っている。隙があるのかないのか、それすら判断できない。
三度目にカミラの真後ろに回り込んだとき、俺は意を決してカミラに飛礫を投げつけるとそのまま突っ込んでいった。
―パチッ!―
俺の投げた飛礫をカミラは手にした鉄扇で弾く。その隙をついて俺はカミラの胴めがけて剣を振るった。
―ガキン!―
俺の剣は鉄扇で防がれ剣戟が響きわたる。カミラ自身が動かないので俺のスカな剣も難なく当たりそうだったが、甘くはなかった。
弾かれた飛礫はそのまま壁にぶつかりバコンッ!と音を立ててめり込んでいる。
俺の剣を鉄扇で防いだカミラは素早い動きで俺の躰を蹴り飛ばす。
―ドカッ!―
イヤな音を立てながら俺の躰は飛ばされ床に数度弾かれた。
「ゲハッ!」
なんて威力だ・・・。弱くないどころか、強いぞ・・・コイツ・・・。俺は初めにカミラに対して抱いていた直感が当たっていたことを悟る。
―ガチャッ―
カミラは手にした鉄扇の片方を捨てた。
捨てられた鉄扇をよく見ると大きくひん曲がっていた。たぶん俺の飛礫を弾き飛ばしたときに大きく歪んで使い物にならなくなったのだろう。
対する俺はまだ剣と飛礫がある。だが、近づくのは危険だし、ヤツが本気で動いたら俺の剣は当たらないだろう。だから俺の攻撃手段は飛礫のみとなる。その点では互いにひとつずつ武器を封じられた形になるので五分五分といえるかもしれない。
俺がヨロヨロと立ち上がるとカミラは素早く俺に近づいて鉄扇を振るった。
―ビュワッ―
俺は風切り音と共に飛んでくる鉄扇を間一髪で避けると、そのまま後方に跳んで逃げた。そして再び飛礫を投げつける。
しかしカミラはその飛礫を難なく避けながら俺に近づき鉄扇で攻撃する。今度は避けることもままならず俺は剣で鉄扇を防ぐ。
―ガイン!―
―ガキン!―
数度の剣戟のあと俺は再び逃げる。もう防戦一方だ。打開策が見つからない。
そんな俺を二階の観覧席から見守るリサにミーナが話し掛ける。
「お兄ちゃん勝てるのかなぁ」
「大丈夫よ、きっと」
リサはミーナの肩を抱き寄せながら言う。それはリサ自身が感じる不安感を払拭したい気持ちの表れでもあった。
俺は逃げながらも何度か飛礫を放った。そのうちのひとつをカミラは避け損ない鉄扇で弾き飛ばすが、そのことでもう片方の鉄扇も使い物にならなくなる。
これでカミラは完全に素手だ。俺は朧気ながらも勝利を確信した。
だが、素手になったカミラは俺に素早く掴みかかるとそのまま組み伏せる。
―グッ―
なんて馬鹿力だ・・・。飛礫が投げられない俺は指弾を放つ。一発、二発、三発。
―ドカッ―
―ドカッ―
―ドカッ―
これだけの至近距離だ、避けることは出来ず悉くカミラに命中するが意に介さない。それどころかカミラに食い込んだハズの飛礫が躰から排出され、血が止まって怪我が消えていく・・・。
クソッ・・・なんて回復力だこいつは、バケモノか。
驚愕する俺をよそにカミラは俺を絞め殺そうと首に手を掛けた。
「ギャッ!」
次の瞬間、カミラはなんともいえない悲鳴を上げるとたまらず俺から離れた。
なんだ、なにが起きた?
カミラが自分の掌を見つめている。
「キャアァ!」
オペラグラスで観覧していた貴族から叫び声が上がった。
「手が十字架に焼かれているわ、悪魔よ!」
よく見るとカミラの掌は十字模様に大きく焼けただれていた。
なぜ?
俺は自分の首に手を伸ばすとリサから貰った銀の十字架のネックレスがついていたことを思い出した。
これのせいで火傷?
「悪魔?」
「悪魔だって?」
カミラが悪魔・・・貴族連中が騒ぎだし場内は騒然とした。
「陛下、これは前代未聞、この王位継承戦は認められませんぞ!」
司教がそう叫んだ。
王も予想だにしなかった出来事にうろたえ、思わず椅子から立ち上がる。
「ミハエル!・・・これはどういうことか?」
「あ・・ああ・・・」
当のミハエルも動揺を隠しきれない様子だ。
「ミハエル殿下の反則負けだ」
そんな声が上がり始める。そんな中、カミラの背中の肩甲骨が急に盛り上がり、皮膚が破け巨大な蝙蝠の翼が生える。
そしてカミラは二階の観覧席に飛んでいくとリサ目掛けて腕を伸ばした。
「キャァ」
リサはミーナを庇いながら背を向けて丸くなる。
「退け!、この慮外者!」
そう言ってクリスがカミラの伸ばした腕を一刀両断で切り落とす。
だが、それでもカミラは諦めずにリサに噛みつき、その鋭い牙をリサの柔肌に突き刺した。リサはそのまま失神した。
カミラの口の端から鮮やかな赤が滴り落ちる。そして、リサの血を吸ったからか、カミラの切り落とされたはずの腕が再生する。
「吸血鬼だ、吸血鬼だぞ」
「衛兵はなにをしておるか、早くあやつを取り押さえんか!」
「貴様ー!その汚らわしい口を姫殿下から離さんか!」
クリスは怒号を上げ、城内はさらに騒然とし、闘技場内から逃げ惑う人々でパニックになる。
「ミハエル!やめさせんか!ミハエル!」
「あ・・・ああ・・・」
ミハエルは目を泳がせて誰かを探しているようだった。そして観覧席にいる誰かに焦点を合わせたと思った矢先。
「チッ」
観覧席の人込みに紛れた奥で誰かが舌打ちすると、カミラはリサから離れてミハエル目掛けて飛んでいき捕まえる。
「うわっ」
ミハエルは抗う間もなく声を上げるだけだった。
衛兵はカミラを取り押さえに掛かるが、カミラは大きく羽を広げて天井近くまで跳躍する。
―ガチャン―
カミラは窓ガラスを突き破り、そのままミハエルを連れて飛び去って行った。
誰もがカミラの挙動に目を奪われ、ただ茫然と逃げていくカミラを見ているだけであった。
そんな中、クリスたちは目の前に倒れているリサを心配して気遣っていた。リサは気を失ったまま目を覚まさない。
「お姉ちゃん・・・」
「姉ちゃん」
「姫殿下!しっかり・・・姫殿下!」




