奴隷紋
「リサお姉ちゃん」
リサが私室に入ると真っ先にミーナが駆け寄りリサに抱きつく。
「ミーナちゃん・・・お帰りなさい」
リサがミーナを抱きしめながら頭を撫でる。
「シュン君もサス君も無事でよかったわ」
「兄ちゃんが助けてくれたおかげさ。危ないところだったぜ」
「勇人君もありがとう」
「ああ、ところでリサ」
「なあに?」
「シュンを追っていた連中のことなんだが、ヤツらミーナを狙っているらしいんだ」
「そうなの?」
リサの疑義にシュンが答える。
「あいつらミーナの居場所を教えろってしつこかったぜ。なんでミーナなんだろうな?」
「うーん、私にもよくわからないわ。今度オイゲン先生に訊いてみるわね」
「頼んだぜリサ姉ちゃん」
「姫殿下・・・」
「なあに?クリス」
「わからないといえば、シュンほどの実力があればあんなゴロツキくらい撃退できると思うんですが、なんで抵抗もしなかったんですかね?」
そう言われれば成る程、シュンと手合わせしたことのあるクリスは身を以てシュンの実力を知っている。しかも洞窟で狂信徒どもをアッサリなぎ倒した腕前のクリスが言うのだから本当にシュンにはそれだけの実力があるのだろう。
「そう言われればそうね・・・」
リサをはじめ俺もクリスもティナもシュンに視線を向けた。
「な、なんだよ・・俺があいつらと組んで狂言でもしてるって言うのかよ」
「そうじゃない、ただ疑問に思っただけだ」
狼狽えるシュンにクリスがそう言うとミーナがシュンを擁護する。
「シュンは嘘なんかついてないよ」
そう言ってミーナは自らのブラウスのボタンを外し始める。
「ちょっとミーナちゃん、なにしてるの!」
「ミーナ!おいシュン止めてやれ」
リサとクリスが慌てて制止するもミーナは聞かず、片肌を脱ぐ。
「皆んなこれを見て」
ミーナがそう言いながら掌を左胸の辺りに翳し、魔力を放出させる。その魔力に反応するかのようにミーナの胸部にある紋様が浮かび上がった。
「これは・・・」
リサたちが驚いてその紋様を見る。特にティナとクリスは食い入るように、かつある種の怒りの表情を浮かべているほどだ。だが、俺にはその紋様の意味するところがわからない。
「この紋がどうかしたのか?」
俺の質問に我に返ったリサは説明を始めた。
「これは奴隷紋よ・・・」
「奴隷紋?」
「その名の通りこの紋様を入れた相手を隷従させる効果があるわ。たぶんシュン君にもこれと同じものがあるはずよ」
「そうなのか?」
俺がシュンに尋ねるとシュンは頷いて答えた。
「ああ、ヤツらの仲間になるときに入れられたんだ」
「幸いというか、この紋はかなり下位ランクに属するものね。主となる人物に攻撃が出来なくなるだけで、全面的に隷従させるような効果はないわ」
「この紋のせいでシュンがあいつらに対する攻撃を封じられてたってことか?」
「そういうことになるわね・・・。これでシュン君があの連中に攻撃しなかった理由に合点がいったわ」
「攻撃しなかったんじゃなくて、できなかったが正しいですね」
クリスの言葉にリサが頷く。
「ちょっと待ってくれ、ひとつ疑問があるんだが・・・」
「なぁに勇人君?」
「俺とシュンがチンピラどもに追われていたときミーナの魔法で助けてもらったんだが、あいつらに攻撃できなかったんならなんで魔法が使えたんだ?」
「どういうこと?」
俺はリサにミーナに助けてもらった時のことを事細かに説明した。
リサはしばらく考え込んだあと、俺にこう説明する。
「それは相手に直接魔法を掛けていないせいね」
「と言うと?」
「ミーナちゃんがあの時使った魔法というのは、たぶん付与魔法なのよ。・・・つまり・・・」
「つまり?」
「地面に水属性である凍結を付与して凍結させて滑らせた・・・ってことね。これでわかる?」
「ああ、だから地面がアイスバーンになっていたのか」
「そう、相手を直接攻撃する魔法じゃないから奴隷紋に制約されなかったのよ」
リサの説明を受けて俺は漸く合点がいった。
「とにかく、この忌まわしい紋を除去してしまいましょう」
「そうですニャ、これは上位になれば人の意思までも支配する最悪の紋ですニャ。許せませんニャ」
俺はティナとクリスがこの紋を見て怒りの表情を露わにした理由にようやく納得がいった。かつて奴隷にされた過去を持つ二人にも同じような紋が付けられていたのだろう。彼女たちはきっとそれを思い出したのかもしれない。
自分の意志に反して隷従させられる屈辱とともに・・・。
「この紋を消すことができるのかい?姉ちゃん」
「大聖堂の司教様にお願いすれば消してもらえるわ」
「・・・でも俺たちお布施なんか払えないぜ?」
「私から依頼するからその点なら心配いらないわ。とにかくこんなモノはサッサと消してしまいましょう。ただ、あちらの都合もあるから今日中ってわけにはいかないわ。少しだけ待ってて頂戴」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
―数日後―
リサはシュンたち三人と一緒に大聖堂へ向かうための馬車をティナとクリスに用意させた。
馬車といっても今度は大聖堂への馬車だ。司教に失礼のないように王族の乗る馬車が用意された。それは豪華な金の装飾の施された、白基調に青色の天蓋付きの四頭立て馬車だった。
王宮から聖堂までの距離は約1キロメートルほど、石畳の敷かれた大通りを闊歩させるようにユックリと馬車を引かせる。御者はティナ、近衛兵の正装をしたクリスは護衛として白馬に跨り同道している。
「なあ、リサ・・・」
「なあに勇人君?」
「たかが教会に行くだけで大げさすぎないか?」
「司教様に会うのだからこれくらいは当然よ。それに、それなりの威厳を見せておかないとこちらの依頼も無下にされかねないわ」
「聖職者って富貴や貧賤に関係なく皆んな平等に扱うんじゃないのか?」
「建前上はね・・・。実際はお金や権力がない人間になんてそうそう会ってもくれないわよ」
「世知辛いのはこっちの世界も同じかよ・・・ったく。・・・。それにしても、あのマイヤさんがよくシュンたちの奴隷紋を消すことをスンナリ認めてくれたよな」
「あら、意外だった?」
「ああ」
「フフッ・・・」
「なにがおかしい?」
「ああ見えて、女官長は優しい人なのよ・・・反面厳しいけれど・・・ね」
そんな話をしているあいだに馬車は大聖堂へとたどり着く。大通りから石畳の敷かれた広場に抜けた正面は大聖堂の入口だ。広場は掃き清められゴミひとつ見当たらない。
地上からはわからないが、上空から見た大聖堂は十字架の形を模しており、アーチ形の屋根がそれを覆う。正面玄関には大きな扉、左右には天使を模した大きな彫像、上部には大きなステンドグラスがあって、三角のトンガリ屋根が覆っていた。
中に入ると、祭壇の奥に司教と思われる人物が数人の信徒を従えてすでに待っていた。
「司教様・・・お久しぶりでございます。ますますご壮健のご様子、心よりお慶び申し上げます」
司教の前に出たリサは恭しく礼をすると、ティナ、クリスも礼をした。俺がどうしていいかわからずにいるとクリスが俺の頭を後ろから押して頭を下げさせる。それを見たシュンたちも真似して頭を下げた。
「どうぞ頭をお上げください」
そう言われて俺たちはやっと頭をあげた。
「姫殿下もお元気そうでなによりでございます。ところで例の子供たちというのはそちらのお子たちでよろしいですかな?」
「はい、なにとぞ司教様のご慈愛を以ってこの者たちの忌まわしき呪縛を取り払っていただきたいのです」
「わかりました・・・聖水をお持ちなさい」
司教は信者の一人に聖水を持ってくるように指示する。
「ではあなた方はシャツを脱いで待っていてくださいね」
シュンたちは司教に言われた通りシャツを脱いで上半身、肌着だけとなって待っていると、やがて聖水が信者の手によって運ばれてくる。
「では一人づつ私の前に出てください」
司教の言葉にまずシュンが進み出る。司教は聖水を持ち、片方の掌をシュンの左胸に翳しながら魔力を送って浮かび上がった紋に聖水を振りかける。
―シュワァー―
炭酸水の出すような音と共に紋は蒸発して消えていった。それをサス、ミーナと続け、三人を束縛していた紋はすべて取り除かれる。
「これでもう大丈夫です」
「ありがとうございました、司教様」
「いえいえ、王室から多大な庇護を給わっておりますればこれくらいは造作もないこと。お役に立てて何よりでございます。それより・・」
「はい?」
「この国では奴隷紋は禁止されているはずが、なぜこれが庶民の間で使われているのでしょうな?」
「そのことについてはまだなにもわかっておりませんが、奴隷紋は穢悪魔法の一種なので、もしかするとサタニズム教が関係しているのかもしれません」
サタニズム教と聞いて司教の眉が少し動いた。
「ほう・・・サタニズム教が・・・そういえばここ数日、王都内にて若い娘が消息を絶つという事件が急に起きているようですが、姫殿下はご存じですかな?」
「いえ初耳です」
「そうですか、杞憂であればよろしいのですが、なにやら嫌な予感がいたします」
司教のその言葉に一抹の不安を感じつつ、俺たちは大聖堂をあとにした。




