狙われる浮浪児
―カッポカッポカッポ―
―ガラガラガラ―
馬の蹄と車輪の音を響かせながらユックリと引かれる馬車に乗って、俺たちは無事、王都に到着した。
「やっと王都に着いたわね」
「結局、追っ手は来ませんでしたニャー」
「結局杞憂に過ぎなかったのかしらね?」
「いや、追っ手を想定しての行動は当然ですよ。やはり姫殿下の御身に害が及ぶのは避けなければなりませんし」
「そっか、そうよね」
そう言ってリサはノンビリと外を眺めると、やがて安心感からか荷台の上で大きく伸びをする。
「ンー・・・フゥ・・このままお城に戻るのはもったいないわね。また市場にでも遊びに行こうかしら?」
リサの言葉に護衛の近衛兵が慌てて言う。
「とんでもありません!・・陛下と女官長がお待ちですから、まずはお城に戻られて安心させてあげてください。それに、我々の任務は姫殿下を無事王宮までお連れすることですからご自重をお願いいたします」
「わかってるわ・・冗談よ」
リサはそう言ったが、俺には本気で言ったように思えた。護衛の近衛兵もそう思ったのだろう。
「ご冗談にもほどがありますぞ・・」
そう言ってリサを窘めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん?・・・あれは」
御者を務めていたクリスがなにかに気がついたらしく不意に言葉を漏らした。
「どうしたのクリス?」
「いや、多分シュンだと思うんですが」
「シュン君がいたの?」
リサの顔がパッと明るくなった。
「なんかガラの悪いヤツらに追われてたみたいですが・・・」
「そうなの?」
「いや、でも他人の空似でしょう、多分・・・」
「・・・・止めて頂戴、クリス。本当にシュン君かどうか確かめます」
「確かめてどうされるんですか?」
「もし悪漢に追われてるなら助けます」
「なりません、先に王宮に戻られませんと」
護衛の近衛兵がリサを止める。
「シュン君がピンチかもしれないのよ。それを放っとけというの?」
リサは憤慨して護衛の近衛兵に詰め寄った。
「ではこう致しましょう。護衛の一部を割いてシュン殿を護らせましょう」
「私の護衛の任はよろしいのですか?」
「幸い、無事王都に到着しましたので、現在の人数を割いたところで問題ありますまい」
しばし沈黙が続くが、それを俺が遮る。
「なあ、王様やマイヤさんのところには俺も行かなきゃいけないのか?」
「勇人様については特になにも仰せつかっておりませんのでご自由にされても問題は無いかと」
「なら俺がシュンのところにいくよ」
「勇人君一人で大丈夫なの?」
「魔力補正はもう掛かってるんだろう?」
「掛かってるけど、基本値が底上げされてるだけだからあまり過信してはダメよ」
「わかった、あまり無理しないですぐ逃げるさ」
「勇人、これを装備していけ」
クリスが洞窟内で使った装備を俺に装着するよう促す。
「わかった、ありがとうクリス」
「無茶するなよ」
「わかってるよ。ところでシュンはどっちだ?」
「あっちの方へ追われながら逃げていったな」
「あっちだな」
俺は馬車を飛び降りるとクリスの指し示す、入り組んだ路地の中へと急いだ。
そのころ、シュンは人気のない場所で例の不良のリーダーに胸倉を掴まれ、尋問されていた。傍には取り巻きのノッポとデブも一緒だ。
「おい、シュン!ミーナはどこだ?」
「知らねぇ・・・ょ」
「ざけんな!いつもツルんでるテメーが知らねーわけネーだろうが!サッサと吐きやがれ」
苛立ったリーダーはシュンを乱暴に壁に押し付ける。
「グッ・・・ミーナをどうするつもりだ」
「そんなこたぁどうでもいいんだよ」
「そうそう、ミーナを連れていくだけで金貨500枚貰えるんだからどうでもいいんだよね」
ノッポが調子に乗って口を滑らせる。
「おい!余計なことを言うんじゃねー」
「ゴメン・・・」
「ミーナをどこに連れて行くってんだよ?」
「お偉いさんのところさ。然る御方がミーナをご所望なんだとよ」
「誰がミーナを欲しがってるんだよ」
「そんなことを俺が知るか!とにかく四の五の言わずにミーナの居場所を吐きやがれ」
路地を抜けてシュンを見つけた俺は、シュンを尋問しているヤツを見て戦慄を覚えると同時に怒りに震えた。あいつは俺を殺そうとした不良のリーダーだ。
シュンに気を取られているヤツは背後をまるきり警戒していない。俺は傍の手ごろな石を手に取った。その石をリーダーに投げつけ、注意がこっちに向いている隙にシュンを逃がそうと考えたのだ。
幸い?シュンは壁に押し付けられている。ヤツの背中がシュンを隠しているので間違ってもシュンに当てる心配はない。
俺は大きく振りかぶるが、コントロールに自信が無いのでやや加減して石を放つ。だが俺の放った石は予想を超え、とても鋭い勢いで不良リーダーの脇腹に直撃した。時速にすると多分200kmはでているんじゃないかと思える速さだった。
―ドカッ―
「ゲハッ!」
鈍い衝突音とともに、不良のリーダーは声とも悲鳴ともつかないような叫びをあげると、思わずシュンを掴んだ手を離した。そして、そのままモンドリ打つように地面に倒れる。
不良のリーダーはなにが起きたか理解できていなかった。それはノッポもデブも、そしてシュンも同様だった。
シュンが呆気にとられて逃げる様子を見せなかったので、俺は遠くからシュンに声を掛けた。
「おい、シュン。俺だ」
俺がシュンに声を掛けたせいで、シュンだけでなく、リーダーやノッポやデブも俺の存在に気がつく。
「あ、あいつは・・・」
「あ、兄ちゃん」
「今のうちにさっさと逃げろ」
「わかった」
俺がそう言うや否やシュンがノッポやデブの合間を素早くすり抜けて逃げ出す。
「あ、シュンが逃げた」
「グ・・・なに・・・カハッ、やってんだ・・・さっさと追え。クソッあの死にぞこないが・・・絶対ブッ殺す」
リーダーに言われてノッポとデブがシュンを追いかけ始める。
「兄ちゃん、こっちだ」
シュンの言葉に従い、俺もシュンのあとを追うように逃げた。
「待てー」
幾重にも入り組んだ路地をシュンは一目散に逃げる。その速さに追いつくのは並の人間なら無理だろう。俺がシュンについて行けるのも魔法補正のおかげかもしれない。しかし、それでもノッポとデブの二人は諦めずに追ってくる。が、徐々に引き離すのに成功する。
―カッカッカッカッ―
これでもう安心・・・俺はそう思ったが甘かった。背後から聞こえる蹄の音に振り返ると、どこから調達したのか、リーダーの男が馬に乗って叫びながら追いかけてきた。だが狭い路地のため思うように進めていない。
「どけどけどけー、ぶっ殺してやる」
「兄ちゃんこっちだ」
俺はシュンに言われるまま狭い路地を抜けに抜け、やがて現れた急勾配の狭い登り坂を走った。馬が全速力で走りにくい路地といっても人の足よりは速く、徐々に距離を詰められていく。
ずっと走りっぱなしで、しかも急勾配の登り坂だ、俺もだんだんと息があがってスピードが落ちる。追いかけてくるリーダーの男は徐々に迫る。
「兄ちゃん、あともうちょっとだ。ここを登りきるまで頑張れ」
シュンの言葉に励まされ俺はなんとか坂の上にまで駆け登る。やっと登りきった瞬間、リーダーの男の手が俺の服を掴みにかかる。それほど切羽詰まって追いつかれていた。
「サス!ミーナ!今だ、やれ」
シュンの合図で坂の上に置かれていた木箱の陰からサスとミーナがスーッと現れる。
「スリップ」
ミーナがそう唱えると、急勾配の坂道の表面は一気に白くなり、滑り台のようにツルツルになった。そしてリーダーの男は馬と共に坂道を滑り落ち、俺の服を掴みにかかっていたその手が一気に遠ざかっていった。




