ギャップ
―カッカッカッ―
―ガラガラガラ―
馬の蹄と車輪を引く音を響かせながら、王都を出たリサたち一行は、魔法水晶の洞窟へと馬車を走らせる。
魔法水晶の洞窟は王都より西に位置し、馬車で一日半かかる行程だ。したがって、今夜は洞窟に近い町で宿をとる必要がある。
王都を出てしばらくすると、舗装された石畳の道路がいつの間にか赤土の道路に変わっていた。家々もまばらになり、だんだんと麦畑が多くなる。だが、馬車が互いにすれ違って往来できるくらいの道幅はあった。
「なんだかこうして景色を眺めてると、本当に俺のいた世界と変わらないよなぁ」
俺がボソッと呟くと、暇潰しか興味があったのかわからないが、リサが訊いてくる。
「勇人君のいた世界も私たちの世界と同じなの?」
「まったく同じってわけじゃないさ」
実際、電気もない自動車もない、まるっきり時代遅れの風景・・・。
「例えば、馬がいなくても動く乗り物があったり、蝋燭よりも明るい火を使わない照明があったり、遠く離れても会話ができたり、動く絵を映す道具があったり、その絵を作る道具があったりするんだけど」
リサは目を丸くして、ティナとクリスは耳をピクピクさせ、驚きながら興味津々で聞いている。
「えええ!それって、一体どんな魔法なの?」
「魔法じゃないさ。そういう道具があるんだ」
「魔法じゃないの?照明はライトという、魔法があるけど、それとは違うのよね?」
「俺の世界じゃ電気というものを使うことでそれらの道具を動かすんだ」
「デンキ・・・?」
リサがそう言って首をかしげるので、俺は少し考えてから答えた。
「うーん、雷はこの世界にもあるよな?」
「あるわよ。雷系の魔法もあるし」
リサは当然そうに言った。
「雷は電気のエネルギーで鳴ったり光ったりするっていうのが俺の世界の常識なんだが、そのエネルギーで動かすのさ。あ、ちなみに乗り物は電気以外でも動かすぞ」
「エネルギーっていうのもよくわからないけれど」
「うーん、魔法を発動させるのに魔力は必要だよな?」
「そうね」
「つまり、俺に言わせれば魔法は魔力をエネルギーにして発動しているという認識だ」
「ああ、そう言われると関係が理解できるかも、つまり雷系魔法を発動させる魔力で動かす魔道具なのね?」
「・・・・・・」
やっぱり少し誤解があるみたいだが、説明が面倒くさいし、まあいいか・・・。
「俺のいた世界じゃ、魔法なんて存在しないから、魔法で動かす道具っていうのが理解できないなぁ。亜人なんかもいないし、実際に目にしなけりゃそれこそ信じられなかったよ」
「魔法が存在しないんじゃ、上級貴族や王族も存在しないの?」
「エルフや獣人ニャンかもいニャイんですか?」
リサ、ティナ、クリスが驚いて俺の話に食いついた。
ああ、そうか。この世界じゃ魔法と亜人はあって当たり前なのか・・・。俺は改めて驚く。
「俺の国には実権のない王様?はいるけど貴族はいないなぁ」
「えええ!貴族がいないのに王様はいるの?しかも実権がない?・・・でも魔法もないのよね?」
「俺の世界じゃ国によって違うのさ。王様がいなかったり、貴族や王様がいる国もある」
「ゴメンね。ちょっと言ってることが理解できないわ」
リサが額に指をあてて顔を顰めて考え込む。
「私たちの世界じゃ、普通の貴族は別として、上級貴族や王族っていうのは魔法を使えるのが当たり前なのよ。特権を与えられる代わりに魔法の力で国を護る義務も当然負っているわ。国を護る力も無いものが王や貴族ってとても信じられない」
「貴族の中でも魔法が使えないのもいるのか?」
「そういう人たちもいるわ」
「そいつらはなんで貴族なんだよ?」
「そういう人たちは魔法とは別に功績を挙げてる人たちよ。庶民の中でも功を立てることで貴族を目指す人たちもいるし。まあ、亜人族みたいに王様や貴族がいないところもあるけどね」
「獣人族の私の国やクリスの国であるエルフ族の国には国を代表する人物はいますが、王様や貴族はいニャいですニャ」
「ティナとクリスには祖国があるのか?」
「勿論ありますニャ」
「じゃあ、二人ともなんでリサの国にいるんだ?」
「・・・・・・」
俺の質問にティナとクリスの表情が急に曇った。そして、ティナの代わりにクリスが答えた。
「・・・私とティナの国はある国によって滅ぼされたのだ・・・」
「マジか」
「ああ、その国は我々亜人を奴隷にしていたのさ」
「それで、お前たちの国には誰もいなくなったと?」
「一時的にはな・・」
「一時的っていうと?」
「今は、亜人同士が同盟を結ぶ形で互いの自治領を細々と治めている。かつてのような隆盛を誇るにはまだ時間がかかるだろうが」
「お前は戻って復興を手伝ったりしないのか?」
俺の質問に、クリスは一瞬黙り、一層難しい顔をして答える。
「私たちの国は、一度滅ぼされたと言ったろ?」
「ああ」
「私たちが助かった理由は、姫殿下の国との戦争によってその国が滅ぼされたからだ。幸い、私とティナは姫殿下に保護される形で救い出されたのだ」
「そうなのか」
「だから、姫殿下に恩返しするつもりで、私は姫殿下に許される限り命を懸けてお仕えしてゆく所存だ」
「わ、私も姫様にずっとお仕えしたいですニャ」
話が重くなり、少し湿っぽくなったところでリサが少し怒った口調で口を開く。
「ちょっと、二人とも、今は姫じゃないでしょう?ちゃんとリサと呼びなさい」
「そうでした・・・すみません」
「すみませんニャ」
「まったく・・・もう」
―グーキュルルルルル―
「あら、ヤダ・・・」
リサは自分のお腹が空腹で鳴りだしたことに顔を赤くする。
それを見た俺は思わず大笑いした。
「アハハハハハ、ハハハハハ」
「ちょっと勇人君笑い過ぎ」
リサは照れ隠しのように俺の背中をパシパシ叩くがそれでも俺の笑いは止まらなかった。
「ハハハハハ」
「そろそろお昼ごはんの支度をしますニャ」
見兼ねたティナがそう言い、適当なところで馬車を止めると、四人揃って昼食を取る。
昼食後はクリスが御者として手綱を取り、先を急いだ。
やがて、魔法水晶の洞窟にほど近いココナという町に到着した俺たちは、一夜を過ごすべく町の一角にある宿屋に入った。




