出発
ミハエルが部屋からいなくなるとマイヤ女史は急いで王の部屋へと向かう。
部屋の前では国王付きのメイドが控えており、マイヤ女史を引き留める。
「国王陛下はまだお休みになられております。ご起床のお時間までお待ちください」
「緊急の要件なのです。国王陛下にお取次ぎをお願いします」
「緊急と言われましてもご用件をお伺いしないことには・・・お取次ぎいたしかねますが・・・」
マイヤ女史は少しだけイラッとした。
「グズグズ言わずに、早くしなさい!」
「ハッ・・・ハイ!」
マイヤ女史にしては珍しく怒鳴り声をあげたので、メイドは慌てて王の部屋へ入っていった。
数分後、王との面会を許されたマイヤ女史は王に目通りする。
「・・・こんな朝早くから一体何事かね。女官長」
王はまだ眠そうにしながらマイヤ女史に尋ねた。
「姫殿下が今朝早くから王都へお忍びに出かけられるよしにて」
「それがどうかしたのかね」
「私が思いますに、王都へのお忍びは建前で、本当の目的は例の洞窟へ向かうことではないかと推測いたします」
「それは大変だ。急いで止めないと」
王は急いで呼び鈴を鳴らそうとするが、マイヤ女史がそれを止める。
「お待ちください」
「どうした?」
「姫殿下のご性格からして、今回お引止めしても同じことが繰り返されましょう。ですから、ここはあえて知らぬ振りをして、腕利きの者数名に、密かに護衛させるのがよろしいかと」
「なるほど、では口の堅そうな者を選んでエリザベートの護衛にあたらせよう」
「ありがとうございます」
「ところで女官長・・」
「なんでしょうか」
「そなたはエリザベートに過度な護衛をつけることには反対だったハズだが・・・」
「ことここに至っては、そんなことを言っている場合ではございません。とにかく、姫殿下の身の安全が最優先です」
「わかった、よきに計らうように」
「では近衛隊長のロイス伯にご下命されるのがよろしかろうと存じ上げます」
「うむ」
王は急いで呼び鈴を鳴らし、メイドを呼んだ。
「ロイス近衛隊長をここに」
―数分後―
「ロイス伯アルフレッド、国王陛下のお召しによりただいま馳せ参じました」
近衛隊長のロイス伯がメイドに促され入室すると、王は待ちかねたように手招きをする。
「ロイス伯、近ぅ・・・ロイス伯と女官長を除いて、ほかの者は下がるがよい」
王は自身の寝室からロイス伯と女官長以外の者を下がらせる。そのうえでロイス伯の挨拶もそこそこに王は話を切り出した。
「ロイス伯、大変申しわけないのだが、麾下の近衛兵の中で口が堅く信頼のおけるものを数名ほど、エリザベートの護衛の任にあたらせてもらえぬか」
「姫殿下の護衛でございますか?」
「左様・・。エリザベートが王都へお忍びに行くと申しておるでな」
「お忍びということでしたら、今回、近衛兵長のクリスが同行するよしにて。アレなら一人でも護衛の任に耐えうると思われますが」
「ところが、王都へのお忍びは建前で、魔法水晶の洞窟へ向かうのではないかと女官長が申すのでな」
「なるほど、そこで我々に護衛と称し、姫殿下の動向を監視せよとのご命令ですな」
「もし、洞窟に向かったとしても、あれの好きなようにさせてやってくれ。ただ危険が及ばぬよう、陰で護ってやってくれぬか」
「御意」
ロイス伯が退室すると、しばらくしてマイヤ女史が廊下を走って追いかけてくる。そして小声で伯を呼び止めた。
「ロイス伯、ロイス伯」
「おや、女官長・・・一体どうされました?」
「ロイス伯、ちょっとお話が、どうぞこちらの部屋へ」
マイヤ女史は少し息を切らし気味に近くの空部屋にロイス伯を招き入れる。そして周囲に人気が無いことを確認すると、ゆっくり口を開いた。
「大きな声では申せませんが、ここ最近、ミハエル殿下にお変わりのご様子はございませんでしょうか?」
「ミハエル殿下ですか?・・・はて、特に変わったご様子は見受けられぬように感じますが・・・」
「そうですか、それならよろしいのですが」
「殿下について、なにかご懸念でもございますか?」
「ハッキリと申し上げるわけには参りませぬが、ちょっと気になることがございまして」
「それは、お伺いしても差し支えございませんか?」
「ちょっと私的なこともございますゆえ、それは申し上げられませぬ」
「左様ですか・・・」
ロイス伯は少し考えてからマイヤ女史にこう答えた。
「わかりました。他ならぬ女官長にそう言われては見過ごすわけにも参りますまい。部下にはミハエル殿下についても逐一報告させましょう」
ロイス伯がそう言うとマイヤ女史は安堵のため息を漏らす。
「かたじけない、感謝いたします」
「なぁに、お互い様ですよ」
そう言うとロイス伯は部屋を出て行った。
マイヤ女史は、本音ではミーナの護衛もお願いしたかったのだが、いくらなんでも一庶民にすぎない浮浪児の少女の護衛などとはとても言えなかった。それはマイヤ女史の権限の及ぶところではないこともあるが、王室を護るべき近衛隊にミーナを護衛させる正当な理由が見いだせないためでもあった。
「皆んな。準備はいい?出発よー」
そんな周囲の心配など知る由もないリサは、逸る心を躍らせながら馬車を出発させるのだった。




