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逃亡

―トントン―


 しばらくの間、言葉を失い呆然としていると、突然、ドアをノックする音が聞こえる。


 「姫殿下、そろそろお時間でございます」

 「わかりました」


 リサはドアの外に向かってそう叫ぶ。


 「では勇人さん、継承戦までまだ時間がありますから、しばらくの間はご自由にお過ごしください」


 そうリサが言い残し席を立つと同時にティナがドアを開く。外には先ほどの声の主が立っていた。細身だが、顎と鼻はとがり気味で、小さな丸眼鏡をかけている。なんかお小言を言いそうなおばさんといった印象だ。


 「おい、リサ!ちょっと待て!・・俺は継承戦なんてものは出ないからな」


 俺はリサを呼び止めて叫ぶ。


 「陛下がお待ちになっております」


 お小言おばさんはそう言ってリサに退室を促すと俺をジロリと睨んだ。


 「姫殿下は気さくなお人柄ですが、リサなどという愛称でお呼びにならず、礼節を持って姫殿下、もしくは姫様とお呼びいただけますように」


 お小言おばさんは俺に釘を刺すようにそう言うと、王の元へと歩きだすエリザベートを追って消えていった。なんか苦手だ、この手のタイプは。


 リサがいなくなって自室?に戻ると、俺はどうやってここから逃げ出すかを考えていた。

 これは絶対に拉致されただろうという気持ちが強かったし、外に出れば何らかの情報も得られるかもしれない、それに誰かに助けを求めることもできると思ったからだ。


 石造りの部屋の壁には窓があり、たぶんそこから逃げ出せると思った。

 俺は窓の外を見て脱出経路を確認しようと近づく。


 「勇人様、仰っていただければ私が窓を開けますニャ」

 「いや、外の景色が見たいだけなんだ。ところで・・・」

 「ニャにか?」

 「なんで君らは僕の名前を知っているんだ?自己紹介もしていないのに」

 「それはですニャ、従者サーバントを呼び出せる術者の中には予め告知夢を見られる方がいるんですニャ。姫様は優れた能力をお持ちニャので告知を受けられたのではニャいでしょうかニャ」

 「なんだか信じがたい話だな」


  俺はそう言って外の様子を見る。

 窓の外には城壁と門が見えた。その門は大門と連絡用の小門に分かれていて、今は大門が開いている。この窓を出て降りさえすればすぐ城外へ出られそうな距離だった。

 さらに窓が開くことと、俺のいる部屋のおおよその高さを確認する。たぶん俺の世界のビル五階階相当の高さだ。続いて紐かロープ、もしくは代わりになるものを探したが、窓にあるレースのカーテンを使って何とかなるだろう。

 問題なのは城壁が高く、大門の左右に衛兵が二名見張りとして立っていることだった。たぶん四六時中、交代制で見張っていることが予想され、あそこを抜けるのはほぼ不可能に思われた。


 俺は念のため、他に脱出経路がないか城内を探索しようと思い、ティナに訊いた。


 「なあ、ここから外に出てもいいのか?」

 「外ですか?構いませんニャ。よろしければご案内いたしますニャ」


 意外だった。てっきりダメと言われると思っていたからだ。


 「じゃあ、案内してもらってもいいか?」


 ティナの意外な申し出に俺は城の案内を頼む。だが、やはり中庭までは出ることができるものの、建物の重要な箇所には鍵が掛けられており、素直に外には出られないようになっていた。

 ガチャガチャとドアや門の開閉を確認する俺の行動は、傍から見ても逃げ出す意図が明確だが、ティナは特に止めることもせずに俺の好きなようにさせてくれていた。


 ひと通り見て巡り、通常のルートで逃げ出すのは不可能と諦めたころ、ティナはそれを見て悟ったように言う。


 「そろそろお戻りになられますかニャ?勇人様」

 「ああ、そうする。付き合わせてすまない」


 逃げ出すのは不可能ですよ。とはおくびにも出さないが、そのことを理解させるためにも好きにやらせていたのだろうとは思った。

 そのことを理解すると、俺はしばらく様子をみることにした。逃げ出したところで、こんな異世界でなんとかなるアテなどなかったからだ。


 深夜になっても俺は寝付かれず、そっと起き出して窓から月を眺めていた。なにげに門に目を移すと、大門が閉じられているためだろうか?小門の前に衛兵が一人しかいないことが確認できた。


 もしかして逃げられるんじゃないか?そう思った俺は月明かりを頼りに服を着替え、そっと準備を始める。


 まずレースのカーテンを引っぺがし、燭台の先の針で小さな裂け目を作り、力いっぱい左右に引き裂く。それで細い帯状の物を作り、縒って端と端を結んで繋げ、ロープの代わりとした。

 次にベッドの足にロープ代わりのカーテンを結び、反対側を窓の下に降ろしたが、風に煽られ上手く下に降りていかない。そこで近くにあった置物を重し代わりに結びつけて窓の外に投げ落とす。

 カーテンの端が地上から1メーターほど浮いていることを確認すると、迷う暇もなくカーテンを伝って窓の外へ降りた。


 思いも寄らぬ行幸?に思わず降りてしまったが、ここからどうやって門の外へ逃げるか?俺は物陰に身を潜めながら機会を窺っていた。相手は一人だし、単純だが適当なものを投げて注意を逸らすか?

 そう考えて、重石代わりにカーテンに結んだ置物を外して投げようとした瞬間。


 「侵入者だ!」


 誰かがそう叫んだ。


 城の中はにわかに騒がしくなり、夜警の兵士ばかりか城門の見張りの衛兵までもその声に動かされ城内へ向かう。

 侵入者はてっきり自分のことだと思っていた俺は、しばらく身動きできなかった。

 だが、気がつくと城門の前はガラ空きとなっている。

 俺はチャンスとばかりに急いで門のところに駆け寄ると、そのまま門を開けて夜陰に乗じて逃げ出した。

 アテなどなかった。勝手に俺を召喚したリサに意趣返しがしたかっただけなのかもしれないが、その時はただ逃げることしか頭になかった。



 「ミハエル様。お怪我はありませんか?」


 夜警の兵士長は急いで数名の部下を引き連れ駆けつけると、ミハエルという男に声をかける。

 ミハエルはこざっぱりとした髪型の金髪で長身。細身の優男といった風貌だった。だが、目つきは鋭く声と合わせて冷たい印象の持ち主だった。

 その冷たい声でミハエルは答えた。


 「ああ、すまない。私の勘違いだったようだ・・・。元の配置に戻ってくれて結構だ」

 「わかりました」


 そう言って兵士長に元の配置に戻るように促すと、ミハエルは窓辺から軽く薄笑いを浮かべながら俺を見送った。

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