説得
「なりません!」
予想通り、マイヤ女史の返答はダメの一点張りだった。
「本来、王族たるものが下々と同じように軽々に城外へ参られるなどあってはならないことです。まして、それが王都外などとは。私は断固反対いたします」
「あ、でも、そんな遠い場所ではありませんし、護衛も付けるから大丈夫ですよ」
リサもなんとか説得を試みる。
「いーえ、遠いとか遠くないとかそういう問題ではございません。そもそも姫殿下はこの国の後嗣となられるお立場なのですから、御身にもしものことがあったらどうなさいますか。世の中善人ばかりではありませんのよ。むしろ悪人の方が多いくらいなのです。特に高貴な家柄の子弟となれば、どのような下心を持った人間が近づいて来ないとも限りませんし、姫殿下のようなお美しい年頃の姫君であれば、変な虫がつかないとも限りません。もっとご自重くださいませ」
しかしマイヤ女史は頑なで、その後もエリザベートに対する小言はとどまることを知らず、延々と続くかに思われた。
「とにかく、このことは国王陛下にご報告させていただきます。よろしいですね?」
「わかりました」
リサのその言葉に意外と素直と思ったのか、一瞬マイヤ女史は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。が、すぐにそれが間違いであったことに気がつかされた。
「国王陛下のところには私も一緒に参って直接お願いします」
「陛下はお許しになりませんわよ」
「お願いしてみなければわかりません」
リサも意外と頑なで、マイヤ女史も閉口したようだった。だがリサは元々王へ直談判するつもりであったからこの流れは必然である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リサの父親である王は、一人娘である彼女を大変可愛がっていた。目に入れても痛くないほどの溺愛ぶりで、リサの望むものはなんでも与えてやるような親バカでもある。
「まあ、エリザベートがそう言うなら、許可してやってもいいのではないかな?女官長」
それを聞いたマイヤ女史は、この親バカがとでも言いたげに溜息をつくと、捲し立てるように王を説得しだした。
「陛下、そのようなことをお許しになって、万が一エリザベート様にもしものことがあったらどうなさいますか?」
「それであれば、護衛の者を増やしてやればよいではないか」
王がそう言うとマイヤ女史は反論した。
「陛下、誠に恐れながら申し上げますが、護衛兵一人一人にも多額の税金が支払われております。先々代の頃より続いていた戦乱がようやく落ち着きを取り戻したとはいえ、まだまだ財政の立て直しには時間がかかります。民への負担も限界に達そうとしている昨今、エリザベート様のワガママのためにそのようなことをなされば、その民衆の不満がエリザベート様への災いとなりかねません。ここは断固としてお考え直し下さいませ」
「しかし、聞くところによるとエリザベートの従者は魔力補正を受け付けないそうではないか。これでは王位継承戦に支障をきたす。エリザベート自身も本来の力を出せず不本意であろう」
「ならば、そのような従者は即刻処刑すべきです」
マイヤ女史は怖いことを言い出した。だが、これは数日前のクリスと同じ理由なのは想像に難くない。
「現在の従者さえ処刑してしまえば、姫殿下は新しい従者を召喚できるようになります。さすれば、魔力補正の問題も解決されるかもしれません。また、姫殿下ご自身の身に危険が及ぶかもしれない場所へとワザワザ赴く必要性はなくなります」
「ふむ・・・」
マイヤ女史の言うことももっともだと思った王はリサに対して尋ねた。
「女官長はこのように述べておるが、エリザベートはどう思うか?ワシは可愛い娘をそのような危ない場所へ行かせるよりは、新しい従者を召喚したほうが良いように思えるのだが・・」
「・・処刑には同意できません・・・」
リサはゆっくり口を開くと処刑に反対した。
この時、俺はシュンたちと一緒に部屋でオセロゲームに興じており、どういう話がなされていたか全く知らなかった。ましてや、自分が処刑されるかどうかの岐路に立たされていたとは知る由もなく、のんびりと過ごしていた。
「処刑に同意できないのであれば、現在の従者で王位継承戦に臨む気か?」
「それで結構です」
「しかし、それでは王位継承戦には勝てまい」
「彼の者を処刑するのであれば、私は王位継承戦を辞退いたします」
「それは困る・・・亡くなった王妃の子供はそなただけだ。あとの二人は側室の子供にすぎぬ。血筋からいえば、そなたが一番由緒正しい血筋なのだ」
王がそう困惑するとマイヤ女史も口添えする。
「亡くなった皇后様のことはこの私もよく存じ上げております。ご病弱であられた皇后様は生前、もしものことがあればエリザベート様をよしなにと申されておりました。私はそのお言葉に従い、姫殿下を我が娘のようにお育てしたつもりでございます。ですから、どうか姫殿下におかれましては御身のことをよくよくお考え下さいますようお願いいたします」
マイヤ女史はリサに対し膝を屈して頭を下げた。これにはさすがのリサも折れざるを得なくなる。
「わかりました。女官長の言うとおりにします。でも勇人様を処刑することは許しませんよ」
マイヤ女史、延いては王の説得に失敗したリサは退室すると今後の対策を考えた。




