シュンの秘策
俺は花壇の端に座り、事の成り行きを見守ッていたが、いつの間にかサスやミーナが俺の横に立っていた。
シュンとクリスは、石畳の繋ぎ目を境界として、互いに5メートルくらいの間を置き向かい合う。
「用意はいいか?」
「ああ」
「ではいくぞ」
クリスはそう言うとコインを親指で高く弾いた。弾かれたコインはクルクルと回転しながら高く舞い上がり、やがて放物線を描いて地面に向かって落ち始める。
シュンは腰を低くし身を屈め、右手に剣を、左手に鞘を持って今にも飛び掛からんとする姿勢を取った。
一方、クリスの方は右手で持った剣をシュンに向けて斜に構えて立っている。足は肩幅くらいに軽く開き、余裕を持った構えだ。
―チャリン―
コインの音を合図にまずシュンが一気に飛び出す。
速い―
シュンは瞬時に間合いを詰めてクリスの懐に入ると、その低い姿勢のままクリスの足めがけて剣を横に薙ぎ払う。
「くっ・・・」
クリスは身を翻してシュンの攻撃をギリギリで受け流す。と同時に、間合いを詰めた勢いのままクリスを追い越すシュン目掛けて剣を振り下ろした。
―ガッ―
シュンはクリスの攻撃を左手の鞘を盾代わりとして防ぐ。シュンはそのまま前方へと押し出され転んでしまうが、身を捩ってすぐに立ち上がった。
その後、クリスがシュンを一方的に攻める形になるが、クリスの繰り出す剣戟を鞘で防いだり、叩いて太刀筋を逸らすなどしてシュンは応戦する。
そんな中でシュンは防戦するだけでなく隙をついて攻撃を繰り出すのでクリスがやや押される場面もあった。
一進一退の中、数度の剣戟を交え二人は再度相対するが、クリスは驚きの表情を浮かべ、それがやがて真剣な表情へと変わる。
シュンが手強いと悟り、考えを改めたのかもしれない。たぶん、ここから先はクリスも本気だろう・・・。
お互いに相手の出方を伺いながらジリジリとにじり寄る。
一定の間合いまで近づくと、今度はクリスが前方に踏み込んでシュンの顔目掛けて剣を下から振り上げる。
シュンは鞘を使ってクリスの攻撃を防ぐが、剣に気を取られるあまり、クリスに足を引っかけられ転倒してしまう。
苦し紛れに、鞘をクリスに投げつけ一瞬の隙をつくったシュンは、素早く立って後方へバックステップしながら逃げる。
しかし、クリスの攻撃はなおも執拗に続く。目にも止まらぬ速さで剣を連続でシュンの足元目掛けて突く。
―トラストラッシュ―
そういう名前の技らしい。
―ガッ、ガガガッ、ガッ―
エルフ特有の敏捷性故か、クリスのその技の速さには目を見張るものがあり、シュンの跡を追うように五つの穴が地面に穿たれる。
シュンの躰を狙わずに足に攻撃を集中させるのは、殺さずに戦闘継続不能にするのが目的のように俺には思えた。
クリスの猛攻に追いつめられたシュンは花壇の陰に飛び込むように隠れる。
「おい、私は貴様とかくれんぼをやっているつもりはない。出てこい」
クリスに促されると、シュンはゆっくりと花壇の陰から姿を現した。
―ハァハァ―
息も切れ切れのシュンは疲労困憊の様相だ。
「貴様、なかなかヤルじゃないか・・・ッハァハァ・・・」
「・・・ハァハァ・・・あんたもな・・・」
この期に及んで、なおも近衛兵長であるクリスに向かってこの発言、シュンもなかなかのツワモノだ。
「貴様には見どころがある。殺すには惜しい奴だ。降参するなら、貴様の命だけは助けてやるぞ」
そう言うクリスも息が上がっており、すでに肩で呼吸している状態だ。
「俺が降参したら兄ちゃんは殺されるんだろ?」
「当然だな」
―ハァハァッ・・・ッ・・・ハァハァ―
「なら、死んでも降参するもんか」
「そうか・・・その気概やよし。ますます貴様が惜しくなったぞ」
決着をつけるためか、クリスが剣を構えなおし、自らシュンの間合いに詰め寄るもシュンはバックステップでクリスの攻撃を捌く。そのシュンの左手にはなにかが握りこまれている。
クリスが攻撃を繰り出すべくさらに踏み込んだ瞬間、シュンは手に持っていた花壇の土をクリスの顔めがけて投げつけた。
土はクリスの顔にモロにかかり、反射的にクリスは目を閉じてしまう。
クリスが目を閉じた瞬間、ミーナがなにやら唇を動かすとクリスが踏み込んだはずの足を大きく滑らせ、そのままバランスを崩し倒れこんだ。
すかさずシュンがクリスの隙をつき手に持っていた剣を弾き飛ばす。クリスの剣は大きく弾き飛ばされ、宙に舞った。
高く舞った剣は太陽を背に、その光を刃に反射させながら回転している。
俺の横にいたサスが急に姿を消したかと思うと、高く舞い上がっている剣を掴み取りシュンへと渡す。これで完全にクリスは武器を奪われルール上は戦闘継続不可とみなされることになる。
問題はクリスがこの負けを認めるかどうかだが、自ら決めたルールを反故にすることは、騎士としての誇りを矜持とするクリスの性格からまずないと思われた。
「これであんたは戦闘継続不能と見做されるわけだが、俺の勝ちを認めるか?」
クリスは地面に尻もちをついたまま答えた。
「ふん・・・運のいい奴め。あそこで私が足を滑らせなければ勝っていたのは私だったハズだ。・・・しかし、負けは負けだ・・・貴様の勝ちを認めてやる」
「例の約束の件は?」
シュンがクリスの手をとって立ち上がらせながら訊く。
「当然守る・・・今後、勇人には手を出さないと約束する・・・。それと・・・」
クリスは直立不動のままシュンに向かって頭を下げた。
「シュン殿に乞食と蔑んだことは謝る・・。どうか赦してほしい」
クリスが素直に謝るとは予想外だったのか、シュンはしどろもどろになる。
「あ、ああ。謝ってくれるなら、それでいいよ。けど・・・」
「けど?」
「シュン”殿”はやめてくれないか、なんだか躰がこそばゆい」
「わかった、ではシュン、よろしくな」
クリスは軽くと笑うと、素直に快諾し、シュンと握手を交わす。そして俺に振り返って言う。
「そして勇人殿。今後、貴殿には二度と手を出さないことを騎士としての矜持にかけて誓おう」
「あ、ああ。けどな、俺も恥ずかしいので殿をつけないのでほしいんだが・・・」
―クスッ―
「わかった。では勇人、改めて今後ともよろしく頼む」
俺はクリスと握手し、サス、ミーナもそれぞれクリスと握手を交わした。
「シュンのおかげで助かったよ。ありがとう」
「いいってことさ」
俺が礼を言うとシュンは照れ臭そうに鼻をこする。
こうして、シュンの活躍のおかげで、俺はクリスから命を狙われるという問題から解放されることになった。




