誰がために
リサと二人きりになりしばらく無言が続く・・・なにか話があったんじゃないのか?と、その前に俺は大切なことを忘れていたのを思い出したので、俺から話を切り出した。
「そういえば、危ないところを助けてくれてありがとう・・・シュンたちに聞いていたんだが、バタバタしていてお礼を言うのがすっかり遅れてしまった。ごめんな」
「私はただ居場所を見つけただけ、実際に勇人君に回復魔法をかけて助けたのはティナよ。お礼なら彼女に言ってあげて」
俺はリサの話し方に違和感を覚えた。
「なんか話し方が変わってないか?」
「わかる?」
「そりゃあ、勇人様だったのが勇人君だからな。一体どうしたんだ?」
一瞬間を置いてリサは言った。
「ちょっとそのベッドの横に座っていい?」
「ああ、かまわない」
俺が了解するとリサはベッドの端に座る。
―ファサッ―
そんな軽い音をさせながらリサはそのまま仰向けに仰臥し、一息ついた。
「ふぅ、やっぱこうして横になってる方が一番楽ね」
「そうやってると、なんかお姫様とはとても思えないな」
―パシッ―
俺が冗談交じりにそう言うとリサは軽く俺を叩く。
「言ってなさい。・・・今はマイヤさんがいないから」
「いないから?」
「あの女官長は礼儀作法に厳しい人だから言葉使いにも気を遣うのよ」
「そうなのか?」
「もっとも、王宮では礼儀作法は大事だし、マイヤさん自身も優秀で必要な人なんだけど、息が詰まるのよね」
マイヤ女史は確かに堅苦しそうだもんなぁ・・。だが、
「そんなことを言って外の護衛に聞かれたら大変なんじゃないか?」
「クリスのこと?・・彼女のことなら問題ないわ」
「なぜそんなことが言える?」
「だって、彼女は私のお忍びの時の遊び相手だもの・・もしクリスが私の話をバラしたら・・・・・彼女がマイヤさんの悪口を言っていたこともバラしてやるから」
―ガタッ―
リサがそう言うとドアの外で大きな音がした。リサは一瞬、音の方を目で追う。そして人差し指を軽く唇にあててクスッと小さく笑った。
多分、外で聞き耳を立てている護衛のクリスの慌てた姿を想像して笑ったのだろう・・・。
「とにかく、勇人君が無事でよかったわ」
「俺を心配してくれていたのか?」
「当たり前よ、違う世界から召喚した従者がこんな右も左もわからない場所でいなくなるんだもの」
「そうか、なんかすまなかったな」
「案の定、命を落としかけていたわ」
―ギリッ―
俺はあのチンピラ連中のことを思い出して唇を噛んだ。
「そう言えば従者は通常より高い能力があると言われたんだが・・」
「ああ、そのことね」
リサは突然口ごもる。
「例えば、ミーナの従者であるハヤブサは普通のハヤブサより三倍の速度で飛行できると聞いた。召喚されたのが本当なら俺にもそんな能力があるのでは?」
「・・・二人きりで話したいといった話の重要な本題はそのことなのよ」
「?」
「本来、従者は魔力による補正がかかって、その能力が底上げされるのね。その補正値は召喚した術者の魔力に比例するわ。ミーナちゃんのハヤブサが通常の三倍の能力なら、それだけの才能と素質があの子にはあるってことね」
「で、俺はどうなんだ?」
「正直に言うとね・・勇人君には魔力の補正が全くかかってないわ」
「どういう理由で?」
「その原因は調べている最中だけど、その解決方法もいまだにわかっていないのよ。なぜかわからないけれど、私の魔力が勇人君に供給されていないの」
俺は天井を仰ぎ見た。召喚されてこれなのか・・・。ミーナのハヤブサには補正がかかっているようなのに・・・。
俺は絶望しながらも次の疑問をリサにぶつけてみた。
「もう一つ訊きたいんだが、どうして俺の居場所がわかったんだ?」
「術者には自分で呼び出した従者の位置がおぼろげながらわかるのよ」
「そうなのか?」
「だいたいこんな場所にいるなっていう感覚に過ぎないけどね。あのとき市場までは行ったのだけど、たまたまミーナちゃんと知り合って勇人君を見つけたのよ」
「ふーん」
「これが人じゃなくて動物の従者なら視覚を共有して使えるのでもっと発見が早かったかもしれないわ」
「人だと視覚を共有できないのか?」
「人は理性があるでしょ?多分その理性がお互いの視覚共有を阻害してるんじゃないかって言われてるわね」
「理性が阻害って・・・よくわからないけど」
「たとえば、動物の従者は術者にとってはペットの感覚なのよ。実際、王位継承戦絡みじゃなければペット並みの小動物しか召喚されないことも理由なんだけど。勇人君はペットを飼ったことはある?」
「前の世界では猫を飼っていたけど」
「その猫に裸を見られることに抵抗はある?」
「いや、ないよ」
「じゃあ、今ここで私の前で裸になってと言ったら抵抗なくできる?」
「いや、さすがにそれはちょっと・・・」
「抵抗感があるでしょ?」
「うん・・・」
「正直、私も勇人君に裸を見られることに抵抗感があるわ。視覚共有ということはお互いの裸も視認できるってことだから、その抵抗感、特に魔術師側の抵抗感が視覚共有の精神交流にジャミングを引き起こすらしいのよね」
「なるほど」
もし視覚を共有できていたとすれば、俺の逃げ出す行為も、王宮から持ち出した物を売り払ったこともリサにはバレバレだったってことだもんな・・・危なかった・・・。
というか、俺はそのことを謝らなければいけなかったんだ。
そのことを考えて俺はしばらく沈黙した。
「どうしたの?」
「じつは俺、謝らなければいけないことがあるんだ」
「謝るってなにを?」
「ここをを抜け出すとき、この部屋から持ち出した物や服を・・・」
そこまで言いかけたときリサが人差し指を俺の口に当てて塞いだ。
「そんなことは言わなくてもいいよ・・・」
「なんで・・・?」
リサは起き上がると優しく俺を抱きしめながら言う。
「謝らなくていい、謝らなければいけないのは勝手に勇人君を召喚した私のほうだよ」
「赦してくれるのか?」
「赦すもなにも、勇人君はなにも悪くない。私はなにも聞かなかった・・・それでいいよ」
「・・・・・・」
「世の中は善人ばかりじゃないことは知ってるわ。でも、悪人ばかりでもないことも私は知っている」
「・・・・・・」
「勇人君のことを、あんなに小さな子供たちが慕い、一生懸命助けようとしてくれた。そんな君が、どうしても悪い人だと私には思えないよ」
リサのその言葉に俺は涙が溢れた。
「だから、この件はもうおしまいね」
このとき、俺は初めてリサのためになにかしてやりたいと思った・・・。




