禁じられた遊びの代償
初ホラーです。
どこからともなく吹いてきた生暖かい風が、木々を抜けて白い建物の中ヘ入って行った。
蔵を思い起こさせるような白壁はレトロな雰囲気を醸し出している
稲妻が光る度にステンドグラスの模様が建物の中に浮かび出す。
コロコロと鉛筆が踊るように転がり出すと、クスクスと子供達の声が聞こえる。いつの間にか降り出した雨の中、窓辺に浮かび上がるのは幾つもの大小の丸い灯火。
ーもうすぐだね。
八月上旬 Y県山中。
「ちくしょー。なんでこんな暑い時に、山に籠らなあかんのじゃ! 責任者出せ!」
この長い山道をさっきからずっと2時間ばっかし歩いている。
ただ単に歩くだけなら面白くないからと、石井先輩がジャンケンして負けた奴が荷物持ちなと勝手に言いだして、ジャンケンをし始めた
もちろん最初はグーから。
やっぱりみんなグー出すよね。なんでぱーをだす石井先輩。
「ハイ〜先輩の負け!
荷物お願いしますね」
ジャンケンで負けたことのない恭子にとって見れば、石井のアイデアはなんて美味しいことだと満悦の笑みで荷物を渡せば、地団駄を踏み出してズルイの連呼。
どっちがズルいんだよ…。
「大体考えてみろよ。グーに勝つにはパーしかいないんだ。俺がやったのは陽動作戦。だから俺の一人勝ちだ」
「なにそれずるい」
とみんな異口同音で文句を言えば、ちゃんとしたジャンケンだろうがと反対に文句を言う始末。
結局は先輩風を吹かせたかったんだから折れてやれと言う理不尽なみんなの視線に屈した。
先週末までエアコンをガンガンつけた涼しい自宅で、まったりのんびりしていたのに。
何故だ。太陽が眩しすぎる。
なぜここに自分はいるんだ?
ただ私と従妹だからという言う理由で、助教授の真咲 慎之介から「お前らもサークル活動やれや!」の一言で、サークルに入っていなかったはずの私まで強制参加させられた。
このサークルは地域文化研究なんだそうだけど、神社仏閣のゴミ拾いと草むしり(めっちゃ蚊に刺されて大変だった)、畑でサツマイモや大根育てたり、漁師さんと一緒に沖に連れて行かされたりと謎の活動ばかり。
「吠えるな恭子。こっちまで熱くなるやろ」
「暴力反対」
アホかとまたボコとペットボトルで背中を叩かれた。地味に痛いよ慎之介。
吠えるなって人を犬のように比喩しやがってとブツブツ文句を言いながらも、確かに吠えすぎてさっきから喉が痛い。
ーんあんがと慎之介。と実家で呼ぶように言えば、サークルの女子全員から睨まれた。
目で人殺せるってまじ分かったよ。
「真弓恭子、大体あんたってば生意気なのよ!いいこと?真咲様はね日本でも最年少助教授記録を更新した逸材なのよ。天才と言われてる真咲様を呼び捨てにするなんて、このファンクラブ会長の安藤康代様が許さないんだから!」
デカメロン二つをゆさゆさと揺さぶりながら言われてもね。知ってるよそのくらい。
「真咲様って、ぷぷ…親戚一同真咲なのに…」
溜まりに溜まった鬱憤ばらしもあって、特大の爆弾を落としてやった。
そう、私と助教授の真咲慎之介は従兄である。
「ま、真咲様!本当ですの?!」
人のパーソナルスペースを無視して、グイグイ迫る安藤康代に大学きっての人気助教授も若干引き気味。
「大体慎之介もはっきり言えばいいじゃん。初恋を実らせたんだって」
「「「初恋?」」」
キーキーと騒ぎ立てるバカ女達を尻目に恭子はぺろりと舌を出した。
『恭ちゃんマズイよ。あんなに先輩達煽っちゃっダメだって』
ヒソヒソと林太郎が抗議してくるけど、知るもんか。
『大体林太郎はもちろんのこと、私もこのサークルに参加してなかったのに、な ぜ か うちのお母さんを巻き込んで親族強制参加ってナニ? 本当だったらコンサートに行くはずだったんだよ…それなのに…』
今迄だって、慎之介関連で良かったことなんて一ミリもない。
そりゃあ、幼児期から目鼻立ちが整ってて笑顔一つで大人をメロメロにしてた慎之介が一族で媚びされないはずはないじゃない。お陰でこっちが彼氏を作ろうにもいたいけない慎之介を守れって言われてきた幼稚園からあいつが渡米するまでのあの暗黒時代。
人見知りな慎之介が私にいつもべったりだったから、幼稚園の頃から同性にはハブられるわ、陰口叩かれるわ、良いことなんて何もない。
好きだった子には慎之介と出来てるなんて思われてフラれたし。私の青春を返せ‼︎
そう真咲慎之介は一族始まって以来の天才であり、私にとっても天災だった。
同じ二十歳なのに、慎之介は才能を見込まれて小学四年の夏に渡米。研究施設に入所しながら、一二歳で高校卒業。一五歳で大学卒業後、P大学に入学、院に進み卒業したのが一八歳。当時ニュースで騒がれてましたね。
そして、凱旋帰国後我がA大学に自然科学助教授として赴任されたのである。
顔はイケメン、立ち振る舞いも洗練されていて、身長も高いとなればモテるに決まってます。
ガチのアニオタだってバラしたろうかしら。
「真弓さん、数合わせで引っ張ってきちゃってごめんなさいね」
「石井には後でガツンと言っておくからね!」
二人の美女に声をかけられた恭子は同性との毒なし会話に幸せを感じてた。
「い、いえ、去年のミスA大の美沙さんと準ミスのユカさんに会えるってだけでも、嬉しいです!」
緊張のあまりに日本語になっていない恭子に林太郎が突っ込みを入れてくる。
「恭ちゃん…変」
「ほら、バカなこと言ってないで、目的地着いたよ」
慎之介のアニオタを笑っていたら、部長に怒られちゃったよ。
このサークルは華やかな美女の畠山 美沙を部長に、副部長はイケメン紳士の佐藤啓司。庶務で和風美人の佐渡 ユカ、お調子者でサークル内でもムードメーカーの井上 誠司、会計で御曹司の宮藤 帝、デカパイの安藤康代、飛び入り強制参加の双子の弟 真弓林太郎 こいつも無駄にイケメンと凡人顔の真弓恭子の八人。
管理人親子の柴田さん達が母屋だと言う日本家屋から出て来た。
「こんにちわ。今日から三泊四日お世話になります」
私たちが宿泊するのは、同じ敷地内にある洋館ー旧柴田邸だ。
「こちらこそ。都会の人さにとってみればさー、こんな鄙びたとこさと思わさるけんど、石碑んとこ以外ならどこでも入ってくだされ」
「石碑!!!本当ですか亜子さん!」
石碑と聞いてキランと目を輝かせたのが石井先輩。
柴田母が言うにはここの敷地内には幾つもの石碑がそこら辺一帯に建てられてると言う。間違って触らないようにと念を押された。
石碑マニアが一人で騒いでいた。
「恭ちゃん考えてみなよ。この夏休みシーズンに合宿するには、人数が必要だし。このサークルは普段だったら、部長と副部長に庶務の三人しかいないんだし。慎之介兄さんが顧問にならなかったら、合宿どころか廃部だったんだし。」
まあ、僕も恭ちゃんも半ば無理矢理強制参加だったしね。宮藤と井上は暇だ暇だと言ってたから連れてきただけだしな。このメンバーで一番喜んでいるのは慎之介兄さんのファンクラブ立ち上げた安藤康代さんくらいだろうな…
「慎之介。なんで車を出さなかったのよ。おかげであんたの自称ファンクラブ会長さんが煩いんだけど。」
慎之介はニカッと笑うと恭子の言葉にすまないなと乱暴に恭子の頭をガシガシと撫で回した。
「ちょっと折角纏めたヘアスタイルが!!」
子供をあやすみたいに頭を撫でないでよと口を尖らせれば、笑われた。
そう言えば、どうしてユカ先輩はあの長い髪を切っちゃったんだろ。
以前のユカの髪は平安時代の女みたいに黒く長かったのだが、半年前に襟足からバッサリと切ったピクシーヘアになっていた。
「え?きゃぁ」
「どうした?」
もう、足がもつれて転びそうになったじゃない。なんでこんな所に鉛筆が転がっているのよ。思わず慎之介に縋り付いちゃったじゃない。
慎之介は拾った鉛筆を見て眉顰めてるし。
この時、私達はこれから起こる恐ろしい事件が待っているなんて知らなかった。
二日目
朝早く起きて来たら、石井先輩がすでに起きて来ていた。この山の中で半裸はヤメテクレ。そこいらの女子よりも白い肌を露わにされても…ね。
「ようし、今日はこれからこの辺り周辺をサイクリングだ。恭子は…「大丈夫よ」
「だが恭子…お前「さあさ、真咲様 行きましょ!運動神経抜群な真弓さんがまさか自転車に乗れないなんてないですよね? その辺の子供だって乗れるんですもの。ねー」
慎之介の腕に捕まってニヤニヤしているデカパイ安藤め!
「だ、大丈夫よ」
じ、自転車くらい乗ってやるわよ。
「まさか本当に自転車に乗れないなんてないですよね? 」
「恭子…「大丈夫よ慎之介先に行ってて、すぐに追いつくから」
もう誰よ自転車なんて発明したやつ!八つ裂きにしてやりたい!
こんなのに乗れなくても、べ、別に悔しくなんかないんだからね。
自転車に跨ってペダルを踏む前に自転車ごと地面にダイブ。
薄情者!何でみんなしてさっさと乗って行っちゃうのよ。
クスクス…。
誰が笑ってるのよ!勢いよく振り返るとそこには館の白い壁だけ。
誰も、いない?
震える足で自転車に跨ろうとすると、何かに足を取られて足がカクンとなった。
え…?
短く狩られた芝の上には一本の色鉛筆。
「どうして…こんなところに?」
ゾクリと体を震わせた。
視界に入ってきた青色の文字に、ギョッとした。
「なに、これ…」
ーアソボ
「なにこれ」
ーアソボ アソボ アソボ アソボ アソボ アソボ アソボ アソボ
自転車に跨ると転けそうになりながらも、必死でペダルを回した。
気がついたらフラフラだけど、いつの間にか乗れるようになっていた。
「おお来た来た。恭子?」
鬼の形相でペダルを踏む恭子を見て、安藤康代は「ひぃい」と慄いている。
倒れるように自転車から離れると、恭子は無言で慎之介にしがみついた。
いつも勝気な恭子が小刻みに震えているのを見て、慎之介は眉を顰めてぽつりと呟いた。
風がいきなり吹いて来て恭子は慎之介が何を言ったのか聞こえなかった。
恭ちゃんと声をかけて来た林太郎にさえも。
「ちょっと退きなさいよ!」
いつまで真咲様にしがみついているのよ!
引き剥がされた勢いでたたらを踏んだ。
「おいそこの双子。おまえたちは今日の課題やったのかよ。まだなら、これやっておけ」
啓司に渡された紙には今宿泊している建物も入っていた。
如月邸 今は旧柴田邸となっているが、元々は如月家が先祖代々から受け継いで来た土地と家屋だったらしい。ざっと遡ること一六〇年余り、如月家は江戸末期から栄えた豪農であり、当時村の神主をしていた。
まあどこの時代にでもある御家騒動で、如月家は没落しその後を継いだのが柴田一族。
「やだ、これ何?水筒が地面に挟まって取れないんだけど」
「どれ?貸してみ」
もし俺がやってみて水筒とれたら今度デートしてねと石井先輩の言葉にうんざりしながらも、結構乗り気なユカには呆れて物が言えない。
「ほらよっと。取れたぜって…これなんだ?」
水筒が挟まっていた辺りには、深く掘られた溝がいくつも見えて来た。
苔の塊を取ろうとした石井先輩の手を慎之介の言葉が止めた
「おい、石井それはさっき管理人の柴田さんが言っていた石碑じゃないのか?だったら、これ以上触るな。お前らも分かったな!」
「「「「「「「「はーい」」」」」」」」
慎之介どこに行くのと聞けば、今のこの状況を報告して指示をしてもらわないとなお前たちはそこから動くなよと初めての子供の留守番みたいなことを言ってくる慎之介に半ばみんな
いたずら心に火をつけたみたいだ。
「慎之介、私と林太郎も一緒に行っていい?」と聞けば早く来いとばかりに顎でしゃくられた。
そんな私達三人の行動が面白くなかったのか、石井先輩を中心に生意気な私と林太郎に目にものを見せてやると息巻いていたなんて知る由もなかった。
おいこれ、何かの文様が浮き出て来たんだけど…の言葉を最後に辺り一面が白一色になった。
森の木々が風もないのにざわめき始めた。
林太郎の髪の毛がハリネズミのように逆立つ。
夕飯は当番だった安藤が具合が悪いと言いだし、抜けたために恭子と美沙、ユカの三人で手分けして料理を作った。
なにやっとできたの?と食事が出来た頃を見計らって台所に現れたのは、デカパイこと安藤康代だ。自分は何もしていないくせして、夕飯の時はここぞとばかりに「こんなのしかできなかったけど、良かったら召し上がれ」と首コテンに上目遣いですか。
こんな女に男はみんな騙されるらしい。
夕飯の後は、夏の恒例肝試し大会をすると言い出す安藤に石井先輩が鼻息荒く全員強制参加宣言。
慎之介とペアを組むと言い出す安藤。
ここは公平にくじ引きでやろうぜ!と竹筒の中に無造作に割り箸を突っ込みみんなの前にドヤ顔で差し出して来たのは石井先輩。
九本の割り箸の中で一本だけ赤く先が塗られているのがハズレだと言われてもね…。
順々に割り箸を取ると、石井先輩は恭子の前だけ何故か竹筒を揺すった。
「赤…」
恭子はハズレでお化け役。
「じゃあ、安藤と真咲先生のペア、部長の畠山美沙と宮藤帝のペア、副部長の斎藤啓司と佐渡ユカのペア、残りは俺と林太郎のペア。お前ら暗闇に紛れて疚しいことするなよ。真弓妹はしっかりみんなを脅かせてやれ」
コースは御堂の門から蝋燭を各自それぞれ一本づつ持って、屋敷の本館にある居間の絵の前に置いてあるところに一本づつ蝋燭を並べるだけ。
こいつら、いつの間にこんなコースまで作ってたんだよと呆れ顔の恭子に林太郎は、たまには羽根を伸ばすのも良いんじゃない?と真面目な顔して言ってくる。
まあ、石井先輩にしてはルールはよく考えてあると思うけどさ、一人でこの洋館で待ち伏せって、罰ゲームとしかおもえないんだけど。
室内だから火は使わないと言う。
お化け役の恭子は玄関ホール横にあった扉の影に隠れて脅かそうとする。
待てど暮らせど誰もこない。
思いっきり扉を開けると、四つん這いになって壺の中に入っている砂を口に頬張る安藤がいた。
嫌いな奴でも脈くらいとってやらないとと人差し指と中指でチョキを作ると首筋に当てた…脈ナシ?
恐怖に震える恭子は人の気配がする方へ走っていく
そこにいたのは井上。肩を叩くと生暖かい物がぬるりと手を滑らせる。鉄臭い匂いに思わず顔をしかめた恭子が「先輩何してんですか」と叩いた肩から崩れ落ちるようにこちらを振り向いた井上の額から溢れ出る血。
涙目になりながらも、携帯で部長の美沙に連絡する。
「美沙先輩!!」
携帯電話の受信音が聞こえる方へと足早にむかう恭子。
そこには髪を振り乱しナイフを片手に啓司の胸に何度も刺している美沙がいた。
啓司の足元には横たわるユカの体が。
腹から臓物が引き出されている。
慎之介と林太郎は? まさかあの子達消されたの?
狂ったように恭子は林太郎と慎之介の名を呼び続ける。
「慎之介!林太郎!!」「ププ」
その声を聞いてみんなはププッと大笑いし始めた。
安藤から「普段の生意気な真弓恭子はどこ行ったのかしらね」と得意げに笑いながら、ねえ真咲様と自分の隣に立っているはずの人間の名を呼んだ。
「真咲様?」
「石井先輩、林太郎君も見当たらないんですが…」
宮藤の言葉に恭子の顔が強張る。
「もー今度は真咲様と真弓君が企んでいるのかしらね。早く出てこないと、遊べないわよ」
安藤の言葉を皮切りに、洋館中の壁がパシパシと奇妙な音を立て軋み始めた。
「「「「「「何(なの?)?」」」」」」
さっきまでついていた懐中電灯までもつかなくなった。
「じゃあ、床に鉛筆後転がしたり、クリスマスの電飾をつかったり、壁に気味の悪い文字を描いてたのも、あんた達の悪戯な訳?」
「な、なんだよそれ!」
「おい!真弓、それはいくら俺と部長がこの合宿を企画したからってできるのと出来ないのがあるんだよ」
「そうよ、それに今回の合宿は真夏のドッキリみんなで仲間体験がコンセプトなんだから」きゃあ、いきなり人の腕触らないでよと叫ぶ安藤に、六人は壊れた人形のようにゆっくりと安藤の方を向いた。
「安藤…お前の腕ないのに、どうやって触るんだよ」
「え…ぎゃあああああ」
安藤の悲鳴を合図にみんなで洋館の外に出ようと玄関の扉のノブを回すも、扉は開かない。
震えるサークル部員達を横目で見ながら、恭子は手刀で空中に縦四横五を描くと九字を唱えた。
林太郎の念を恭子が受信すると頭の中に空から見たこの辺り一帯の景色が見える。
なに、これ。
洋館を中心に赤いい光が連なっている…これって陣よね
もう、陣が完成しているじゃないの。贄が若き魂三人分って、巫山戯るな。
恭子が呪文を唱えながら、召喚で御先祖様を体に降ろした。
首が凝ったのか、何度か首を回しながら話す恭子の言葉に周りは目を見張った。
「のう、そこの某…石井とか言う男、まさか水筒とやらが挟まっていた苔を取らなんだかか?」
「ん?某とか、男ってなんだよお前。取らなんだかって…取ったかってことか
ああ、とったよ」
軽く目を瞑った恭子に宮藤のまさかあれが石碑だったんじゃないのかと呟きに畠山と佐藤が嘘だろと顔を見合わせた。
「遅かったでごじゃるか」
「ふふ。気付いちゃったんですね」
「あ、ユカなに言ってるの?」
ゆらりと立ち上がるユカの足元から浮き上がるように出て来たのは、人間だったものが二体横たわっている。
「「きゃあああああああ!!!」」
「「「うわああああああああ!!!」」」
一歩一歩ゆっくりと石井と安藤に近づくユカの表情は、これまで見たことないくらいな笑顔だ。
「横丈雅文って知ってるわよね」
「「!!」」
「あんた達が美人局して自殺に追い込んだ会社員のことよ。私と雅文はね同じ施設出身だったの。雅文は頭が良くてすぐに養子にもらわれて行ったわ。
私も佐渡家に養女に迎えられたの。いつか将来を共にしようと誓い合ってたのよ。なのに、あんた達の暇つぶしに雅文は…」
一年前の夏。
ー混み合う電車の中で一人の女性が男性の腕を捕まえて叫んだ。
『この人痴漢です!』
『違う!俺はやっていない!』
『俺、見てましたよ。あなたが彼女の体を弄っているのを』
『何かの間違いだ!』
『警察に行きましょう』
『嘘だ!』
ー横丈君、分かってくれるよね? これだけ騒ぎを起こされると会社も困るんだよ。男性社員全員が世間から変質者に見られるからね。我々も君の無実を信じているよ。
最初は無駄に余っていた有給消化だと自宅謹慎を言い渡されていた。
半年過ぎる頃には、人の目が怖くなり自宅から出ることも出来なくなった。
『解雇ですか…』
ーすまないね。我々も好きで君を解雇するわけじゃないんだ。
その次の日に雅文の様子を見に来たユカと雅文の養父母は部屋で変わり果てた姿になっている雅文を見つけた。
遺書には奴らにはめられた事、証人親子の証言が自分の無実を黒く塗りつぶした事が綴られていた。
「あなた達退屈だったんでしょ?ここにいる子達なら、一生あなた達を退屈にはさせないだろうから、遊んであげなよ。」
「悪かった!許してくれ!」
「ごめんなさい!まさか彼が死ぬなんて思わなかったのよ!」
二人の土下座にユカは笑い出した
「あんた達の土下座にどれだけの価値があるのよ。許して欲しいなら、彼を雅文を返して!」
ユカの金切り声に多くの霊魂が集まりだした。
「おいユミ、だからってなんだって俺までまきこまれるんだよ」
宮藤の言葉にハッと鼻でユカの歪んだ顔から出た言葉は宮藤を愕然とさせた。
「宮藤君あなた知ってた? 雅文が働いていた企業ってね、宮藤コーポレーションなの。そう、あなたのお祖父さんの会社よ。当時の営業課長は宮藤 幹雄。知らないはずないわよね。あなたのお兄様なんだもの。そもそもあの冤罪の計画を立てたのが、あなたのお兄様だって知ってた? 本来だったらあなたのお兄様よりも早く、雅文が課長の座に着くはずだったんだって」
クスクスと鈴が転がるような声で笑い出すユカに宮藤は恐怖のあまり座り込んだ。
「あなたの尊敬するお兄様が、遊び友達の安藤と石井に雅文を嵌めさせたのよ」
管理人さん達は関係ないだろと言う斎藤啓司の言葉に、大有りよと睨みつけた。
「あの親子はね、あの時の現場にいて無実の雅文を金のために売ったのよ。あの人たちが本当のことを話してくれさえすれば、雅文を失うことはなかったのに…やっと終わるの。」
狂ったようにくつくつと笑い出したユカの体から、仄暗い焔がゆらりと立ち上がると、綺麗な笑みがこぼれた。
「 」
その直後、彼女の体を焔が飲み込んだ。
「ユカ!!」
どうしてと泣き叫ぶ美沙に、術式の反動じゃ。術の完成には、術者自身が贄となるのじゃ。呪術が禁術とされるのはそう言う所以じゃと諭した。
恭子が九字を唱えると小さな白い珠達がありがとうと光の先へと登って行った。
さっきまで開かなかった玄関の扉がゆっくりと動くとそこには慎之介と林太郎が立っていた。
「こちらも万事つつがなく終わりました晴明殿」
明け方にはようやく駆けつけた警察官が安藤と石井を連行して行った。
「ねえ、真弓さん、いえ晴明さん?あの時ユカはなんて言ったのかしら?」
「真弓で良い。さぁのぉ。あの笑みは満足したのじゃろ」
ー美沙、啓司 ごめんね。そしてありがとう。二人の兄さんの仇が取れたよ。
「助教授の監督不行き届きにならないか?」
「大丈夫じゃ。この二人は現世の者とは異なるゆえ。我の式神ゆえ」
さて我も天に行くか。彼らのここでの記憶を持って。
「もうすぐ秋ですね。空があんなに高くなってますよ」
二日間過ごした洋館を背に、彼らは山を降りて行く。
今日も洋館の床にはコロコロと自らの意思を持ったかのように、鉛筆が転がり出す。
洋館の窓を叩くように枝が揺れる。
ーアソボ
一気に書き上げてましたので、誤字脱字があったら こそっと教えてください。