007.適性あり
改稿後になります。
姫の誕生日会で倒れ、目が覚めたら屋敷に戻っていた。そして、カンカンに怒った母親にこってり絞られた。
自分の軽はずみな行動の所為だと言う自覚があるから、素直にお叱りを受けた。こうして叱ってもらえるのも、無事だからだ。
何事も無かったから良かったけれど、あの黒髪の少年が止めに入ってくれなかったらどうなっていた事かと、思い出すと胃が縮む。
この身体はソフィアのもので、ソフィアに返さねばと思っているのに、私の軽率な行動で取り返しの付かない事になる所だった……本当に、後悔しかない。
叱った後、母は目を真っ赤にしながら私を抱き締めた。本当に、無事で良かったと震える声に、思わず泣いてしまった。
ソフィアの家族は、心からソフィアを愛しているのだと分かる。言葉にも、視線にも、確かな愛情を感じる。
「ごめんなさい、お母様」
ごめんなさい、ソフィア。
これからはもっと気を付けるから、早くこの身体に返って来て欲しい。家族の為にも、ソフィア自身の為にも。
男に掴まれた肩は、直後には跡が残っていたものの、少しずつその痕跡も消えていった。良かった……。
ヴィントは前にも増して私から離れない。心配をかけてしまったと思いながら柔らかな毛並みを撫でる。
「ヴィントはずっとお部屋で大人しく眠っていたのですが、突然起き上がってお屋敷から飛び出そうとして、大変な騒ぎだったのです」
その時の様子を思い出して、マリエルがため息を吐く。
ヴィントがそんな事を? しかも突然?
「お屋敷中大騒ぎでした。それから間もなくして、お嬢様や旦那様達が戻られるとの知らせが届いてから、屋敷の入り口に伏せて待っておりました」
もしかして、私の身に危険が晒された事を察知したのだろうか? 普通の狼……がどうだかは分からないけれど、ヴィントはこれまで不思議な力でもって私を助けてくれていた。なにかしら感じるものがあったとしても不思議じゃない。
ヴィントの顔を見ると、私の視線に気付いたのか、顔を上げた。賢い目をしてるな、と思う。
「ソフィア様が旦那様に抱えられてお戻りになられてからは、じっとお嬢様の側にはりついております」
頭を撫でると、ヴィントの尻尾が揺れた。
「ごめんね、心配をかけて」
どんなに焦ったとしても、一人で行動するような事は厳に控えなくては。何かあってからでは遅いと言うけれど、本当に。
ソフィアはまだ七歳で、身体は小さく力も弱い。しかも病弱でもある。
「それにしても、王城にまで現れるなんて……」
青い顔をしたマリエルが身体を震わせた。
同感だった。
未だに分からない、私のみに向けられる憎悪。屋敷の中に入り込めるのだから、外部の人間が多く出入りする王城なら尚更入り易いのかも知れない。
私を襲おうとしたあの人物は、正気を取り戻した後どうなったのだろうか。身なりからしてそれなりの地位の人のようだったけれど。
彼も憑依されたのだろう。父がちゃんとフォローしてくれていると良いのだけれども。
それにあの黒髪の少年は誰だったのだろう。私を助けてくれた。父に聞いたのだけれど、父は彼を見ていなかったらしく、アドニスもツェツィーリアも見ていないのだそうだ。本当に残念だ。
お礼をしたいと言ったら、探しておくと約束してくれた。また会えたなら、お礼を言いたい。私の命の恩人だ。
「そう言えばお嬢様の指輪、色が変わられましたね」
マリエルに言われ、指輪を見る。指輪と言っても指が細くてブカブカなのでチェーンに通してペンダントにしている。
両親も兄も姉も持っているお揃いの指輪。確かに以前とは色が違っている。家族の指輪は同じ色なのに、何故私のだけ変色したんだろう?
しばらく様子見をして、それでも元に戻らなかったら、相談してみよう。
シャルロッテ姫の誕生日からひと月程経ってから、父親に改まって呼び出された。
サロンに入ると両親が揃っている。
促された通りに長椅子に座ると、ヴィントが足元で体を丸めた。
「ソフィア、改めて七歳の誕生日おめでとう」
「おめでとう、ソフィア」
「ありがとうございます、お父様、お母様」
にっこりと微笑む両親。
両親揃って私だけを呼び出した理由とは何だろう。この前の誕生パーティの事であるなら、ちょっと間が空き過ぎているような気がする。だからその件ではないのだろう。
「今日はソフィアに大事な話がある」
「お話?」
そうだよ、と答えて父は話を続けた。
なんだろうか。両親揃って、というのがポイントだ。きっと物凄く重要なのだと思う。大事ってわざわざ口にする程なのだから。
「ソフィアには魔力があるんだよ」
予想もしなかった言葉に衝撃を受ける。
魔力! いきなりファンタジーの様相を呈してきた。前世ではゲームや物語の中でしか存在しない幻の能力だ。
もし持ってるなんて言ったらなんとも言えない眼差しを向けられるか、もう目を合わせてもらえないか、そもそも聞かなかったことにされるような、危険なワードだ。でもここは別世界。そういうものがありな世界のようだ。
「私もイレーネも魔力を持っていないし、ツェツィーリアもアドニスもない。現代では殆ど失われてしまった力なんだ」
なんと答えていいものか戸惑っていると、「戸惑って当然だよ。アンハルト家では父上……ソフィアのお祖父様がその力を持ってらっしゃったけれども、私を含めて子供たちの誰もその力を受け継がなかったのだから」と残念そうに父は言う。
「私には、魔力があるのですか?」
そんな珍しい力を私は持っているのか……。全然実感は湧かないが。
魔力の有無を測定されるような事をされた記憶はない。もしや寝てる間に? それとも王城に行った時に魔力関知センサーみたいなものがあって、それで分かったとか?
「貴族の誰もが持つその指輪が、魔力の有無を教えてくれるんだよ」
そう言って父は自分の指にはまった指輪を軽く叩いた。
片翼の翼が描かれた指輪だ。アンハルト家の家紋は翼で、ミドルネームとして名乗る。ただし、男子だけだ。女子は聖女五人のうち誰かの名をいただくことになっている。
アンハルト家に限らず、他の公爵家も同じとの事。
王家の家紋は獅子の為、獅子の指輪をしている。他の公爵家でもそれぞれ何かしら描かれている筈だ。
魔力があればその指輪が七歳になった時に金色に光るのだと父は言った。
両親の指輪を見れば、ラピスラズリのままだ。指輪の色が変わったのは魔力に反応したからなのか。
「魔力を持つものは十歳から学院に通う事が可能なんだ」
「学院?」
なんだか急にゲームみたいな展開になってきた?! もしくは、映画みたいな。
「どんな所なのか教えてあげたいのだが、誰も行ったことがないから教えられない。頼りない親ですまない、ソフィア」
私が物凄い怪訝な顔になっていたのだろう、申し訳なさそうな両親の顔に、慌てて笑顔を作る。
「そんな事ないです」
「魔力を持つ者だけが学院に通い、魔法の使い方を学ぶ。
かつては貴族、平民関係なく、魔力を持つ者は多くいたそうだ。
理由は分からないがその数は次第に減り、魔法を使える者が希少になり、学院に入らねば魔法を学べぬようになった。そうなると財力のない平民は魔力を持っていても学院に通えなくなる。そうして、平民の生活から魔法というものは消えていったのだそうだよ。
けれど貴族もまた、魔力を持つ者が減り、持つ者を判別出来るように、魔力に反応して変色するラピスラズリの指輪を身に付けるようになった。
それが、これだ」
そう言って、指輪を指す。
私も自分の指輪を見る。金色に光る指輪を。
「希少な能力ではあるけれど、もはや遠い昔のものだから、なくとも我らの生活にはなんら影響がない。
例え魔力があったとしても学院に通わない者もいるらしい」
義務ではないのか。
「魔力のある子供達は、大陸の中央にある皇帝直下のアストレア学院にて魔法の使い方を学ぶ。魔力を持つ者が多かった時には各王国に学院がありそこで学んだということだったが、現代では魔力を持つものの数が大変少なくなっている為、帝国が運営するアストレア学院に集めて学ぶ事になっているんだよ」
なるほどなるほど。私のような魔力を持つ者は絶滅危惧種という事らしい。
「学院には既にリヒト第一王子とユーリヒ王子が通ってらっしゃる。ソフィアはシャルロッテ王女と一緒に通うことになるね」
ご学友という奴ですね。
それにしても、さすが王家、と言うべきなのだろうか。三人とも魔力があるなんて。
「他にはいらっしゃらないのですか?」
「残念なことに、我が国からはたった三人だ」
そこに私が加わったとしても、四人。
「姉様や兄様は何処か別の学園に通わないのですか?」
「ツェツィーリアはアストレア国教会が営む聖アンナ女学院の寮に十三歳から入ることになっている。アドニスは本人の希望で十二歳からヒルドル騎士団に入る予定だよ」
私が知らないだけでみんなそれぞれに合った学校に通うようだ。とは言え、学校によって入学年齢が変わるなんて不思議だ。
「ソフィアも魔法に関心がないのであれば、ツェツィーリアと同じ聖アンナ女学院に入学して良いのだよ。家庭教師を付けて、屋敷で教育を受けるのでも良い。何処かに入らねばならないという事はないからね、安心していい」
いずれかの学院に入らねばならないのかと思ったけど、それもないと言う事は、義務教育はないのだな。
「お姉様の学院は何を学ぶのですか?」
「ツェツィーリアは一応、リヒト王太子殿下の婚約者候補なのだよ。だから聖アンナ女学院にて、淑女としての正しい振る舞いを覚えなくてはならない。
国王陛下の第一王妃ナツィッサ様も第二王妃のオルヒデーエ様も聖アンナ女学院をご卒業なさってらっしゃる。
あくまでも婚約者候補だし、他にも候補はいるから確定ではない、建前は。それに、ツェツィーリアは嫌がっているんだけれどね……」
深いため息を両親が揃って吐く。これはかなり不本意な状況なのだろう。
「そうなのですか?」
王妃というのはやはり女子の憧れではないのだろうか? リヒト第一王子が一体どのような方なのか、私にはまったく分からないけれども。
「ツェツィーリアはどうやらヒルドル騎士団に通うレオンハルト殿、あぁ、王国の騎士団長の子息の名前なんだけれどね、レオンハルト殿に憧れているようでね。そんな訳だから、王家には一応辞退申し上げているのだけれど、当家も公爵に名を連ねているからね、なかなか思うようにはいかない」
なんて乙女な展開なんでしょうか。私が枯女でなければドキドキワクワクしてしまいそうな展開です。
「ソフィアの婚姻相手はこの父が、特別なのを見つけてくるからね」
さらりと言ってのける父の言葉に手に持っていたカップを落としそうになった。危ない危ない。セーフ。
前世では恋人こそいたものの、成り行きでなった恋人で、結婚の”け”の字も出なかったし、出なくて良かったのだが、さすがに公爵家令嬢に生まれて何処にも嫁がないというのは、ありえないのだろうな。
私の足元であくびをする音が聞こえて、ヴィントのことを尋ねた。
「アストレア学院にヴィントは連れて行けますか?」
今の私がヴィントから離れて生きていく事はほぼほぼ不可能だ。ヴィントが行けないなら、学院には行けない。聖アンナ女学院だとしても同様だ。
「大丈夫だよ。リヒト殿下は鷹を連れて行ってらっしゃるし、シャルロッテ王女は猫を飼ってらっしゃるから、連れて行くと思う」
ちょっと鷹は斜め上な気もするが、愛玩動物として狼って枠内に収まるんだろうか……。まぁ強引に入れてしまおうかな。何だったら犬ですとか言って。かなり眼光鋭いけれども。
ヴィントはもう立派な成狼になっている。身体もとても大きい。犬の枠は……犬の枠には……いやでも前世ではバーニーズマウンテンドッグとかグレートデンとか、チベタンマスティフなんていう巨大犬もいたのだから、ヴィントなんて問題ないだろう。うん、そういう事にしておこう。
父は義務ではないと言ったけれど、私は魔法と言うものに興味があった。どれだけ才能があるかは分からないけれど、使ってみたいと言う気持ちはある。
なによりも、魔法で自衛が可能なのではないかと思ったのだ。ヴィントも家族も、私を守ろうとしてくれるだろう。
先日のような軽挙を私がしなかったとしても、何某かの理由で一人になる事はあるかも知れない。その時に自分の身を守れるものがあるとないとでは大きく違う気がする。
「私、魔法を学びたいです。この前のような事が起きた時、自分を守れるように」
父の表情は変わらなかったけれど、母は明らかに落胆した表情になった。私に姉と同じ学院に通ってもらいたいと考えていたのかも知れない。
「ソフィアの意思を尊重しよう」と言って、父は少しだけ悲しそうに微笑んだ。