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006.姫の誕生パーティ

改稿後になります。

 私の六歳は、あっという間に過ぎていった。

 復活した日課の散歩と、勉強に読書、刺繍にチェンバロ。糸紡ぎは危ないからダメだと言われ、機織りはそもそも身体が小さくてやれなかったので断念した。手やらなんやらが届かないのである…。

 代わりに母親にねだって用意してもらった花壇に薔薇を大量に植えた。これで薔薇のオイルを作るのだ。

 父親の蔵書にはないから諦めかけていたが、庭師ハリーに聞いたところ、作れるとのことだった。


「ソフィア」


 見上げた母の顔はちょっと怒っていた。笑顔だけど。何を怒っているのだろうか。ハリーとオイルを作っているからだろうか?


「ハリーと何をしているのか、お母様に教えてくれないかしら?」


 あぁ、やっぱりそれか。


「はい、お母様。ハリーに手伝ってもらって、薔薇のオイルとエルダーフラワーのコーディアルを作ろうとしています」


「オイルとコーディアル? それは何かしら?」


 話が長くなると思ったのか、母に促されてサロンに入る。母の侍女のレイラが程なくして紅茶を持って来てくれた。


「それで、薔薇のオイルというのは何なの?」


「沢山の薔薇の花びらから、薔薇の香りのする水と、オイルが作れるのです。香りとして布や肌につけてもいいし、お風呂に垂らしてもいいそうです」


「ソフィアはそれを何に使うつもりなのかしら?」


「お風呂から上がった身体に塗りたいのです」


 激しく攪拌すればクリーム状になるだろうが、ハリーの腕が腱鞘炎になりそうだ。なのでオイルで我慢しようと思う。って言うかそれで充分です。


「冬、ソフィアの肌は乾燥で痛かったのです。マリエルがオイルを塗ってくれましたが、においが嫌でした」


 油です、と全力でアピールしてくる匂いだった。この世界での油を生成する方法がどんなものかは分からないが、絞りすぎちゃっているとか、そもそも油が古いとか……。


「お花からオイルを作れないかと思ってお父様の本を色々読んだのですが、ありませんでした。ハリーに聞いたら作れると教えてくれたので、一緒に作っているのです」


 まぁ……と母は声をあげると、素晴らしいわ、と言ってくれた。顔色から察するに、多分母は、そのオイルが欲しいのだろうと思うが、貴族は欲しいとははっきりと言わない。それはあまりよろしくない振る舞いなのだ。


「上手に出来ましたら、お母様とツェツィーリア姉様にもさしあげます」


 母はにっこり微笑み、ありがとう、と言った。合格だったようだ。


「それで、もう一つのコーディアルというのは?」


「ハーブなどを砂糖やレモンと一緒に煮詰めて作るものです。冬の間、薬湯が飲めないのが辛いので、保存方法を調べていたら、お父様の本にありました」


「まぁ、それはいいわね。ハリーだけでなく、厨房の者たちにも手伝わせましょう」


 こうして、母のお墨付きを得て、私のローズオイル作りとコーディアル作りは順調に進んでいった。




 秋の終わりには王都の職人が屋敷を訪れ、家族全員のサイズと新しいドレスのデザインを決めていった。

 長い冬の間にドレスを作り、春の社交時に着るのだそうだ。


 次の春には、国王陛下の第一王女 シャルロッテ様が七歳になられる為、その誕生パーティが王城で開かれることが既に決まっている。公爵家の我が家も全員参加必須なのだ。その為の新しいドレスだ。

 私も来年の春七歳を迎える為、誕生パーティに呼ばれている。


 社交のお茶会は十歳から。夜会は十四歳からお声がかかることになる。夜会に参加するということは、婚約が可能になり、十六歳の成人を待って結婚が可能となる。前世だったらまだ義務教育の真っただ中ですよ。


 この時の私は、自分の容姿が人とは違うものの、それほど注目を浴びるものだとは思っていなかった。家族は全員私の容姿を自然に受け止めていたからだ。







*****







 長い冬が終わり、柔らかい香りを運ぶ風が吹く。春がきた。頰を撫でる風が冷たくない。

 この国では誕生日という概念はない為、春にみな一様に年をとる。

 私も七歳になった。


 今日は、シャルロッテ王女の誕生パーティが開かれる日。


 目の前には見たこともないような様々な花が咲き誇る見事な庭園。姫の希望でガーデンパーティとなった為、開いたスペースにテーブルと、宮廷料理人が腕を振るった料理が並べられている。

 とても美味しそうではあるが、食べられない。ヴィントが側にいないから、とてもではないけれど、口を付ける気になれない。不安なのは、他の人達が巻き添えにならないかと言う事だった。


 庭園に特別に設えられた二段程高い位置に国王一家が座っている。ひな壇と言う奴だ。

 今日の主賓であるシャルロッテ姫は王と王妃の間に席を設けられている。王妃の横に座っているのは、アドニスとあまり変わらない年齢の少年。見た目からして第二王子のユーリヒ様だろう。

 シャルロッテ姫は第二王妃によく似たピンクブロンドにターコイズブルーの瞳を持つ、大変な美少女だった。

 第二王妃はカトレアに例えられる程に艶やかな人だ。王そのものもロマンスグレーで大変なイケメンである。

 第二王子のユーリヒ様は、王道中の王道と言える金髪碧眼の美少年で、髪の色は父王に似ており、瞳は王家代々のサファイアブルーである。こちらも将来有望な美少年だ。


 本来であれば、ソフィアは七歳なのだから、九歳の美少年王子 ユーリヒ様に頬を赤く染めるべきなのだろう。けれども私の中にはアラサーの記憶がある。その所為だと思うのだけれど、ユーリヒ様を見ても、将来が楽しみですね、ぐらいの感想しか抱けない。

 必然的に前世の年齢に近いフィリップ王 三十七歳に目がいってしまう。ちょっとくたびれた感が出ていてそれが影になってとてもステキだ。

 いずれソフィアに身体を返したいと思っている身としてはそれではいかんと思う。かと言ってソフィアの好みも分からない。


 私は両親について姉に手を引かれて御前に上がると、冬の間みっちり教えてもらった通りにスカートの端をつまんで膝を軽く曲げてお辞儀をする。カーテシーと言う奴である。自分よりも目上の人への挨拶だ。

 頭を下げずに、スカートの端をつまんで膝を曲げるぐらいなら、身分が下や同じぐらいの人にもする。


「アンハルト公爵家 エイゲニア・アルス・フォン・アンハルト、美しき花の誕生にお祝いを差し上げるべく、参上致しました」


 王は鷹揚に頷き、「大儀である」とお言葉を下さった。

 父だけが挨拶をすればいい為、私たちは父の後をついて一段上がって、公爵家用に用意された席に着席する。さすが公爵家である。専用の場所が用意されているのだから。


 次々と祝意を述べる貴族たちが続く。

 国中の貴族全てが集まっているのではないかと思う程の長蛇の列に、顔にこそ出さないものの、げんなりした。

 自分の誕生日を祝う為とは言え、七歳の王女様が大勢の貴族の相手をするのは大変だろう。そう思って姫の様子を伺うと、祝いの言葉を受け取り、笑顔を返し続けている。

 凄いな、と思った。七歳なのに、王族としての立場を認識しているのだろうか?


 全員の挨拶が終わると王が立ち上がり、娘の為に集まってくれたことに対する謝意を述べられる。それに合わせてシャルロッテ姫もスカートのはしを摘まんで膝を軽く曲げる。


 王の合図を皮切りに、社交が始まる。お目当ての人の所へ向かったり、料理を取りに行ったりと様々だ。とは言え、大半の人間は姫とお近づきになろうと庭園に降りた姫に群がる。

 兄のアドニスがそっと身体をこちらに傾けて言った。


「ソフィアは行かなくていいのかい?」


「行ったほうが良いのは分かるのですが、あの人の波の中に入る勇気がありません」


 九歳になってさらに美少年化が進んだ兄 アドニスは確かにね、と言って小さく笑った。


 しばらくして何やら刺さるものを感じて視線をそちらに向けると、口元を扇で隠した女性たちが私をはっきりと見ていた。こんなにもはっきりと視線を向けるなんて、不躾にも関わらず。しかも私は公爵家令嬢であるにもかかわらず。


「?」


 別の男性たちもこちらを見ている。視線が合ったらすぐに反らされたが。なんというか、そう、異物を見るような目と言うか。

 それでようやく得心した。私の、この容姿のせいなのだと。

 様々な色合いの髪がこの世界には存在する。驚いたことに赤い髪なんかも。はては緑色や水色なんかもあるのだ。黒髪も勿論いる。ざっと視線を泳がせてみても、白い髪は存在しない。老化により白髪化することはあっても、若くしてこのように白い、というか白銀色の髪を持つ者はいないのだ。

 アンハルト家でも稀有なこの髪は、この世界においては異様なのだろう。

 人は自分達と違うモノを忌避する。


 しばらくして兄のアドニスも、私に不躾に向けられる視線に気が付いたようだった。


「ソフィア……」


 私は兄に向かって微笑んだ。アドニスは明らかに苛立っていた。


「アドニス兄様。私は大丈夫です。ですからそのようなお顔をなさらないで下さい」


「だが、公爵令嬢に対してあのような視線を向けるなんて、無礼だ……!」


 怒りを抑え込むようにぐっと握りしめた兄の左手の上にそっと手をのせる。


「確かにそうは思いますわ。でも、それを隠そうとしないのか、隠せないのかは私には分かりませんけれど、その程度の方だと言うことです」


「ソフィアは不愉快じゃないのかい?」


 怒りを感じているように見えたのだろう。アドニスが怪訝な顔をする。


「良い気分はしないのは勿論ですけれど、あの方たちにどう思われたとしても、これが私です。むしろここまではっきり態度に出していただけると、分かりやすくて助かります」


 世界中の人と仲良くなるのは土台無理だ。私だって意味もなく苦手に感じてしまう人もいるだろう。生理的に受け付けない、などもあるだろうと思う。

 勿論、不愉快は不愉快だし、気にしないのも無理だけれど、そう言う人はいると理解している。

 それに、両親や兄姉と顔は似ているものの、髪の色が違いすぎる。以前私が思ったように、不義の子ではないかと疑われてもおかしくはない。


「ソフィアは、僕なんかよりずっと大人だな」


 その言葉にしまった!と思った。


 そうだった。私はやっと七歳になったのだ。それなのにこんな達観したこと言っちゃダメなんじゃないのか。いや、ダメだろう!


「ちょっと、花を摘みに行って参ります」


 アドニスから逃げるようにして席を立つ。アドニスが私を追い掛けようとするのを令嬢達が足止めする。彼女達にそんなつもりはなく、単純にアドニスと交流したいだけなのだろうと思う。

 公爵家の後継者になるであろうアドニスは、見た目もよく、性格も真っ直ぐだ。令嬢が目をつけるのも分かる。

 その隙に逃げる。


 逃げはしたものの、この行動は決して褒められたものではなく。ヴィントもいない、家族もいない状況を自ら作り出してしまったのは、我ながら浅はかというか……ひと呼吸置いて、席に戻ろう、そう思った時、肩を掴まれた。


 振り向くと見知らぬ男性が立っていた。目だけ、私の方を見ていた。


「……見つけた、ソフィア」


 全身の毛穴が開くような感覚がして、逃げたいのに、強く掴まれて一歩も前に進めない。爪が食い込み、肩に痛みが走る。

 私を見る目は、屋敷で襲ってくる者達と同じで、憎しみに満ちていた。

 こんな所まで、来るなんて……!


 助けを呼ぼうとした開いた口を塞がられて、声が出せない。息が出来ない。


 誰か──!!


「何をしている!」


 口を塞いでいた手も、肩を掴んでいた手も、驚く程簡単に離れていく。

 声のした方を見ると黒髪の少年が立っていた。

 男は正気を取り戻したのか、私と少年を見て戸惑っている。


「ソフィア!!」


 アドニスとツェツィーリアが駆けて来るのが見えて、私の意識はそこで途切れた。


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