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003.風狼の守り

改稿後になります。

 私の腕の中にいる子狼を見て父は一言、これは驚いた、と言った。

 それはそうだろう。森に散歩に行ったのに、どうして狼の子を連れて帰ってくると思うだろうか。私もまさかこんな事になるなんて思ってもみなかった。散歩がしたかっただけなのに……。

 父は子狼の顔をまじまじと見つめる。


「ソフィア、この狼はね、風狼と言って、我がベルグント王国にしか生息しない大変珍しい狼なんだよ」


「かぜおおかみ……?」


「風の如く駆け抜けることから、風狼と呼ばれる。ベルグント王国で暮らしていても、生涯目にする事もなく終わる。それ程までに珍しい狼なんだ。私も図鑑に描かれた絵でしか見た事がない。

その狼を拾ってくるなんて、ソフィアには拾いものの才能でもあるのかもしれないね」


 拾い物って……何を言ってるんだ、この父親は。

 私の眉間に皺が寄っていたのだろう、父は笑いながら私の頭を撫でた。


「風狼はね、恩を感じるとその子供をくれる、と言われている。まさかソフィアがもらってくるとは思わなかったけれど。お茶を用意させるから、話を聞かせてくれるかい?」


 父に促され、子狼を抱いたまま、サロンに向かう。

 子狼が重かろうとマリエルや父が代わりに抱こうとするも、子狼は唸って嫌がるし、足元に置いても抱っこを要求して飛びついてくる為、仕方なく抱っこして行く。

 虚弱なソフィアの身体には、子狼の身体は重かった。これは絶対に腕が筋肉痛になると思う。




 ひと通り森での出来事を話したところ、ふむふむ、と父は頷いた。


「ほうほう、なるほどね。食べ物のお礼にその子をくれたのか」


「食べ物のお礼にするにはちょっと……大事な子供なのに……」


 父は少し楽しそうに笑うと、紅茶を飲んだ。


 膝の上でうとうとしている子狼の背中を撫でた。

 種の保存が至上命題である筈の野生動物が、自ら子供を差し出すとは思えない。

 子狼を育てられないから二匹の内の一匹を私にくれたのかとも思ったが、それならば母狼は私たちを襲った筈だ。でも、それはしなかったのだ。意味が分からない。


「野生の生き物の考えは分からないけれど、風狼は他の生き物とは違って高い知性を持ち合わせていると聞いた事があるよ。

何か思う所があって、ソフィアに小狼を託したのだろうし、今更ソフィアの匂いのついた子を母狼も受け取りはしないだろう。諦めて育ててあげなさい」


 やはり父親も、母狼が子狼を受け取らないと思っているようだ。だとするならば、私が引き受けなければ、この子狼はまだこんなに小さいにも関わらず、一匹で生きていかなければならない。

 私が受け入れるしかないようだ。正直、嬉しいは嬉しいんだけれども……。狼って、飼っていいの……?


「おとうさま、風狼が食べるものは何ですか? 食べちゃいけないものはありますか?」


 ふむ……と呟きながら父は顎を撫でる。


 さきほどうっかりあげてしまった塩・胡椒入りサンドイッチはもうどうしようもないとして、これからは食べ物にも気を付けなくてはならないし、性質なども知っておく必要がある。


「確か書庫に風狼の生態についての本があった筈だ。それを探しておこう。とりあえずは肉などを与えておこうか。狼だからね」


「はい、おとうさま」


「そうだ、その子に名前をつけてあげないといけないね。ソフィアの子なのだから」


「なまえ……」


 ポチ、はダメか。




 マリエルに手伝ってもらいながら子狼をお風呂に入れ、キレイに洗った。子狼の足裏についていた汚れで私の服も汚れていたので、私も一緒に。


「なまえ……どんなのがいいかなぁ……」


 子狼は私の言葉が分からないから、首を傾げる。


 風狼……風……風……。ドイツ語でヴィント、だったかな……。


「ヴィント……」


 子狼は尻尾をぶんぶん振り、ウォンと吠えた。小さい身体ながら、既に立派な吠えである。


 今の反応は……ヴィントという名前を気に入ったということだろうか?

 試しにポチ、と呼んでも無反応で、タマとかミケとか前世で飼っていた犬の名前を並べてみても、子狼は反応しなかった。前世の飼い犬の名前がおかしいのは父の所為である。

 それでもう一度ヴィント、と口にすると、また大きく尻尾を振り、ウォン、と吠えた。自分の名前として認識したようだ。好みがある、と言うよりも、こちらの言う事を理解しているような印象を受ける。

 父が風狼は高い知性があるとは言っていたけれども。


「変わった響きの名前ですね」


「風、と言う意味なの」


 私の髪に残った水分をタオルで拭きながら、マリエルが言った。

 ヴィントから手を離すと、ヴィントはぶるぶると身震いをして、毛に残った水分を飛ばした。


「きゃっ! 冷たい!」


 せっかくタオルで拭いたのに、顔に水がついてしまった。マリエルがくすくす笑いながら私の顔をタオルで拭いてくれる。


「もー! ヴィントー!」







 父が風狼の生態についての本を貸してくれた。

 貸してくれたのだが、五歳の私には読めないだろうということで、父、母、姉が読み聞かせをしてくれることになった。アドニスも読み聞かせをしたかったようだけれど、まだ教えられる程読み書きが得意ではないのもあって、メンバーから外された。


 アドニスは頭より身体を使いたいタイプのようで、勉強もしぶしぶだった。それが、私に読み聞かせたいという、兄のプライド?の為に熱心に勉強もするようになり、晴れて読み聞かせメンバーに入る事になる。

 この棚ぼた効果に両親は大変喜んだ。跡取りであるアドニスが残念な頭の持ち主だと、公爵としてもよろしくない、と言うのはよく分かる。


 風狼は何でも食べられるらしい。毒物を身体の中で無効化できるという恐ろしい特殊機能を持っているとのことで、普通の狼なら食べられないような塩・胡椒といったものも大丈夫とのこと。だからあの母狼はサンドイッチをためらいなく口にしたのだ。凄いな。

 これは、嬉しい。美味しいものを食べたら、ヴィントにもあげられるのだ。これって凄いことだ。

 前世では絶対に出来なかったことが、今生では、風狼のヴィント限定ではあるが、出来る!


 寝る時もヴィントは一緒である。大きすぎる私のベッドで一緒に寝る。前世では許されなかったから、嬉しくてたまらない。

 やってみたかったんだ、ペットとの添い寝!

 良くないのは分かってるんだけどね。

 マリエルたちはヴィントをベッドから下ろしたいみたいだけど、私が一緒に寝たがるのと、ヴィントが絶対に離れない為、仕方ないといった感じだった。

 ある時なんて、夜中に侍女が部屋に入って来て、ヴィントをベッドから下ろそうとして、ヴィントに追いかけまわされた事もあった。


 許してくれた大きな理由は、ヴィントがホッカイロ代わりになっているからだと思う。

 ちょっと寒いとか、風が強いだけでくしゃみをしたり、震えてしまって微熱を出す私に、ヴィントはすぐにくっついて温めてくれる。

 自分でもうっかりしてしまうような、体調の低下にもヴィントは気付き、私に寄り添ってくれる。

 それでも熱が出てしまった時も、ヴィントのふわふわの毛を撫でていると自然と眠くなって寝る為、治りは早かった。


 私以外に一切触らせないヴィントの世話は、当然私になる。

 野生でなら問題にならないだろうけど、ヴィントの抜け毛がふわふわと部屋の隅などにたまる。

 これは何とかしないといけない、と言う事で、人間用のブラシをもらった。ペット用のブラシなんて存在しないのだから仕方がない。

 初めはなんだそれ!と、ブラシに対して敵愾心を抱いたヴィントも、ブラッシングに慣れてきたあたりから抵抗を止めた。むしろ好きになったようで、ブラッシングされたくなると、ブラシを口に加えて持ってくるようにまでなった。人も狼も変わるものである。そして可愛い。


 食べるものは私とまったく同じものを欲しがる。

 私の皿から直接奪って食べた事もある。そんなに好きなのかと思って皿ごと渡しても、食べずに残した。

 食べ物を粗末にして! と怒ってもしらんぷりして、身体に顔を埋めるようにして丸まる。

 父も母も、みんな眉間に皺を寄せていた。このままじゃ一緒にいられなくなるんだよ、と何度も言って聞かせたのに、駄目だった。顔をぷい、と横に背けてしまう。

 それを何回か繰り返しただろうか。

 両親がそれを良しとした。しかも、私の皿から半分取り分けるようにして、ヴィントに食べさせるようになった。

 ヴィントが食べ切ったら、食べて良いと言われるようになった。食べ終えてヴィントが満足したから、もう取られまい、と言う事ではないような気がする。

 両親の、ヴィントが食べてる姿を見る目が、あまりに真剣だったから。


 いつもはにおいを嗅いで、ちょっとは口にするのに、今日の夕食は一切口を付けなかった。

 父はすぐに私の皿を下げさせて、新しい料理を用意させたのだ。


「食いしん坊と言うより、味見がしたいのかね」


 父の言葉に、何かひっかかる。

 まさかとは思う。

 これじゃあまるで、毒味をしているみたいだ。


 寝る前の、ヴィントと二人になった時、聞いてみる事にした。


「ヴィント、私は毒を盛られているの?」


 ウォン、と答えるヴィントに、背筋が冷やりとした。


「それは……私の、家族?」


 返事はしてこないけれど、じっと私を見つめ返すヴィントに、これは"いいえ"かな、と思った。


「ヴィント、違う時は、顔をどちらでも良いから背けてくれる? こうやって」


 実演して、顔を横に向けると、ヴィントが返事をした。

 ヴィントは間違いなく、人の言葉を理解している。


「もう一度聞くね? 毒を盛ってるのは、私の家族?」


 ヴィントは顔を背けた。違うと言われてほっとする。

 そんな筈はないと思うのに、まさか、という考えが消しきれなくて、ちょっと怖かった。


 誰が、と聞いても答えてはくれなかった。喋れないからかな、と思って侍女、侍従の名前を知ってる限り上げていっても、返事がなかった。

 でも、誰かが私の食事に毒を盛っている事は間違いない、とヴィントは言う。


「ヴィント……あの、私の代わりに毒を口にして、身体は大丈夫なの?」


 ウォン、と吠えてヴィントがしっぽを振る。


 思い出してみると、毒が入っていたと思われる時、ヴィントは必ず身体を丸ませて、身体に顔を埋めていた。

 前世でも、調子が良くない時にこの体勢をとっていた。

 眠い時と同じだから、あまり気にしてなかったけれど、本当は辛かったんじゃないかと思う。


「ごめんね、今まで守ってくれてありがとう。でも、もう食べちゃ駄目だよ、毒なんだから」


 私の代わりに毒を食べるなんてとんでもない。止めさせたい。それなのに何度言ってもヴィントは顔を背けるばかりで、分かったという反応を見せなかった。




 翌日、ヴィントより先に食事を口にしようとした所、ヴィントにまたしても妨害されてしまった。

 毒は入ってなかったみたいだけど、なんて事!


「ヴィント!」


 怒っても顔を背けられてしまった。

 私とヴィントのやりとりを見ていた父親がため息を吐く。


「ソフィアも気付いてしまったのだね」


 やっぱり父は気付いていたのだ。


 そこから父がしてくれた説明は、まったくもって意味が分からないものだった。


 あまりに執拗にヴィントが私の食事を奪う事、奪ったからと言ってその料理に関心が無い事。

 それから、私がヴィントと一緒に暮らすようになって、部屋に忍び込んだ人間がいて、その人が刃物を持っていた事。捕まえた犯人の記憶がおかしかった事。そして何より、そんな事をする人間ではなかった事。

 犯人探しは難航し、見つかったと思っても、意識を失ったり、記憶がおかしかったりと言った、説明出来ない状態であったと言う。

 何故(ソフィア)の命を狙うのかの理由も不明瞭であり、犯行に及ぶ人間が毎回異なる上に、昔からアンハルト家に仕えてくれている者達だったのだそうだ。

 対処しようにも対処方法を決めかねていたと。その間も私の命が狙われていく為、両親は私の側にヴィントを常に置き、同じものをヴィントに食べさせたのだと言う。

 理由は分からないものの、ヴィントが私を守ろうとしている事だけは歴然としていたから。


「ようやく体力もついてきて、楽しそうにしているソフィアを恐がらせたくなかったのだよ」


 そう言って父は私の頭を撫でた。

 悲痛な顔で私を抱きしめる母。


「ヴィントが、死んだら、嫌です」


 守ってくれる事は嬉しい。そんな事が出来るヴィントは凄いとも思う。

 でも、それでヴィントに辛い思いはさせたくない。痛い思いをさせたくない。


「分かっているよ。ソフィアならそう言うだろうと思っていたからね、王城にある図書室から、風狼に関する書物を全て借りてきて確認している所だ」


 足元にいる子狼を見る。しっぽを振ってる。


「ヴィント、毒、食べて大丈夫?」


 ウォン、と返事をしてくる。


「でも、おなか、いたいでしょ?」


 きゅーん、と鳴く。


「ヴィント、痛みや辛さがあっても、体内で毒物を無効に出来るのかい?」


 父が質問すると、ヴィントがそうだと答えた。

 二度頷いた父は、私の頭を撫でる。


「解決策を見つけるまで、ヴィントに手伝ってもらおう。ヴィント、いいかい?」


 嬉しそうにしっぽを千切れんばかりに振って、ヴィントは吠える。


「ソフィアは、ヴィントをたっぷり可愛がってあげなさい。あとはヴィントの好きなものを食べさせてあげようね」


 屈んでヴィントの頭を撫でる。

 ベロンベロンに顔を舐められた!!


「くすぐったい! ヴィント、くすぐったいよ!」


 ヴィントを抱きしめる。


 この世界で目覚めてから、分からない事ばかりで、正直どうして良いのか分からない。

 分からないけど、私を大切にしてくれる家族がいて、ヴィントがいる。

 それだけでもありがたい事なんだろう、きっと。


「ヴィント、ありがとう」


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