002.白狼親子との出会い
改稿後になります。
家族の中で私だけが色素が違う事に気が付いた。
私だけ髪が白銀なのだ。真っ白ではない。
どう考えても私は両親の子だし、私はどちらかの祖父母に似てるとか、そういう事なのではないか。
今日も母の膝の上に座っている。たまに父の膝の上になったりもする。
痩せた私の身体だと、クッションのない椅子は硬くて長く座っていられない。だから両親の膝の上にいる、と言う訳ではない。
ほぼほぼ寝たきりだった私が、こうして起き上がれていることが両親は嬉しいのだろうと思う。
なんとなく気恥ずかしさはあるが、ソフィア五歳として生きると決めたので、五歳児らしく親の膝を喜んだりねだってみたりしている。
……五歳児も楽じゃない。楽じゃないんです……。
ある時、私の髪を撫でていたツェツィーリアが言った。
「ソフィアの髪は、その名の通り、キレイな白銀ね」
その名の通り?
「どうして、ソフィアは、みんなとちがうの?」
子供らしく、素朴な疑問を装ってしまおう。
ツェツィーリアの表情は特に変わる事なく、さらりと答えが返ってきた。
「ソフィアは白銀の者だからよ」
「はくぎんのもの?」
「アンハルト家にはね、ごく稀に白銀の髪を持つ者が生まれるのよ」
家系的なものだったのか。
この家の子であると疑ってはいなかったけれど、他所から見たら私は不義の子になったりしないかと不安に思っていた。でも、そう言う家系なのだと言えるのであればなんら問題ない。安心した。
「ソフィアが五歳を越える事が出来て良かったわ」
五歳を越える?
小さい子供は身体が弱い。生存率が低いとかそう言う話……ではなさそうな雰囲気だ。
それまで黙っていた母が教えてくれた事には、アンハルト家には、ごくごく稀に白銀の髪を持つ者が生まれると言う。でも、身体が異常な程に弱く、五歳を迎える前に命を落としてしまうという事だった。
それがあの高熱であり、ソフィアに代わり、私になったきっかけなのか。
五歳になり、依然として身体は弱いとは思うものの、熱も高熱にはなる回数は減ったとの事なので、少しは成長していると言う事なのだろう。
中身が私だからなのか、五歳を越える事が重要なのか。
ソフィアが戻って来た時、身体が少しでも丈夫になっていた方が良いだろうと思った私は、侍女のマリエルに付き合ってもらって、屋敷内を散歩する事にした。
庭の散歩すら駄目だと言われて衝撃を受けたものの、アンハルト家の屋敷は城もかくやと言わんばかりの大きさだから、散歩には丁度良いと思う。段差もあるし。
散歩と言えば、この世界に愛玩動物はいないのだろうか?
前世の私は犬が好きだった。三十数年の人生の内、犬が傍にいないのはたった二年しかないという程に、常に犬が傍にいたのだ。
可能ならば犬を、令嬢として相応しくないのであれば猫を、側に置いておきたい。猫は前世で飼えなかった為、飼ってみたかったりもする。出来れば両方飼いたいぐらいだけれど、そんなことを言うのは何となく憚られた。
身体が弱すぎて自分の面倒も見れないのに、生き物を飼うなんてとんでもない。
もっと体力がついた時には、是非とも犬か猫を飼いたい。許されるならば、の話ではあるけれど。
公爵であるアンハルト家の庭は、五歳の私には広大だ。
何しろ森まである。
今日はサンドイッチを作ってもらい、森まで遠征するのだ。ようやくここまできた。
地道に屋敷内の散歩をしているうちに良く寝れるようになったし、前より食事の量も増えた。必然的に体力もついてきた。そうしたら、庭を散歩する許可をもらえた!
今まではあれも駄目、これも駄目と言われていたけれど、この変化にさすがの両親も思う所があったのだろうと思う。うんうん。ちりも積もれば山となります。
かと言って、すぐに森に行ってよし、とはならなかった。まぁ、当然だけど。
なので、屋敷の周りをぐるりと歩いてみたり、庭の花を観賞するようになって、庭師とも話すようになった。
前世の私は、特に花を好きだとも嫌いだとも思った事はなかった。キレイだとは思ったし、もらえれば胸が躍ったりもした。でも、それだけだった。
ソフィアになってから、ソフィアの記憶があるからなのか、花を美しいと思うようになった。瑞々しく、短い期間であっても花を咲かせるその姿に、言葉に出来ないなりに何か感じ入るものがあったのかも知れない。
侍女や庭師は、花を切って部屋に飾ろうと言ったけれど、それは断った。切らなければ一日でも長く咲いていられる。そのままにしておきたかった。
マリエルが差してくれる日傘に日差しから守ってもらいながら、森まで向かう。
屋敷から森までは、子供のソフィアの足にして一時間程かかった。大人なら半分ぐらいの時間でたどり着くと思われる。いやぁ、本当に、よくぞここまで体力がつきましたと己を褒めたいです。
初夏の日差しが木々の隙間から差し込み、土を照らす。そよそよと木々の間を心地よい風が通り抜ける。
「ソフィア様、いくら敷地内の森とは言え、あまり奥には入らないで下さいませ」
あまりにも森の中の空気が清々しくて気持ちが良く、いい気になって歩いていたところ、マリエルに注意されてしまった。
マリエルはまた、私が熱を出すのを心配しているのだと思う。ややもすると熱を出してしまうので、無理は禁物だ。それは私にとっても本意ではない。
「はぁい」
マリエルの言う通り、敷地内とは言え野生動物もいるであろうし、私の体力の問題もある。素直に言うことを聞いておいた方がいい。
少し進んだ所で、休憩するのに丁度良さそうな空間を見つけた。ちょっとだけ開けている。ここなら敷物が敷けそうだ。
「ここで休憩にいたしましょう、ソフィア様。おなかが空いたのではございませんか?」
「うん、おなかが空きました」
マリエルはにっこり微笑んで、バスケットの中から敷物を取り出し、土の上にさっと敷き、ハンカチも敷くと、どうぞこちらへ、と私に促す。きめ細やかな心遣いに、いつも感動する。公爵家の使用人達は本当に素晴らしい。
私は頷いてマリエルの敷いてくれたハンカチの上に座った。
さっと膝の上にナフキンが置かれ、飲み物の入ったカップが渡される。
この世界では、水筒のようなものが存在する。私のよく知っている水筒とは違うが、用法は同じで、中の液体がこぼれないようになっている。カップは蓋にはなっていないので、別に持ってくる必要がある。
飲み物は、私の虚弱な身体に合わせて作られたハーブティだ。ハーブティは前世でもちょっと飲んでいたが、あまりよく知らないから、これを機に覚えてみようかと思っている所だ。
コーディアルも作ってみたい。
サンドイッチは、塩・胡椒で味付けして焼いたチキンを薄くスライスしたものと、パリパリのレタスをたっぷりはさんだもので、最近の私のお気に入りだ。家族には野菜なんて、と言われるけれど、野菜は身体に良いんですよ。
サンドイッチをたっぷり食べ、ハーブティを飲んで一息吐いていた所、マリエルが小さく悲鳴を上げ、カップを落とした。土の上に落ち、カップは無残に割れた。
何事かとマリエルの視線の先を見ると、見たこともないような真っ白い狼がいた。
白い狼って前世では存在しなかったな。空想とかゲームの中だけでしかいなかった。
狼はジリジリと近づいてくる。
マリエルは怯えながら、日傘を武器に狼と私の間に入る。全身が小刻みに震えている。無理もない。私も怖い。本当なら逃げ出したいであろうに、私がいるから逃げられないのだ。
「マリエル、逃げて」
私は走れない。それだけの体力がないし、歩幅も狭いからすぐに捕まってしまうだろう。大人のマリエルならば、私が捕まっている間に逃げられるのではないか。
「とんでもございません! ソフィア様を置いて逃げるなど!」
私の言葉に、マリエルは何か覚悟を決めたようだった。余計な一言だったようだ。とは言え、マリエルが私を置いて逃げた場合、ただでは済むまい。公爵令嬢の命と、男爵家令嬢のマリエルの命は、同じ貴族であっても、同じ価値ではない。この世界は厳然たる階級社会なのだ。
どうしたものかと狼を見つめる。狼と対峙するのは初めてのことだが、この狼、私たちを獲物として見ているようには見えないのだ。
獲物として見ているのであれば、視界になど入らず、伏せるようにして近づく筈だ。それなのに、普通に近づいて来る。
バスケットの中にまだ残っていたサンドイッチを狼に差し出す。マリエルは私のその行動に驚き、私を狼から遠ざけようとする。私はマリエルの腕の中からサンドイッチを差し出し続けた。
「ソフィア様! 手をお引き下さいませ!!」
狼はこちらの動きを何一つ気にすることなく近づいて来て、私の手からサンドイッチを口で受け取った。
それから己の背後に顔を向ける。
初めて気づいたが、狼の後ろに、白い小さな動く塊が見えた。狼ばかりに意識がいっていた為、全然気が付かなかった。子狼だ。
母親と同じく真っ白く、子犬のように見える。二匹いる。
母狼は顔を子狼たちに近づける。餌付けをするのだろう。
母狼の口が挟んでいるサンドイッチに子狼たちは夢中でかじりつく。どうでもいいことだけど、犬に塩・胡椒とかダメだったと思うけど、こちらの世界の狼には平気なんだろうか?
そんなことを思いながら狼親子を眺めていると、あっという間にサンドイッチを食べてしまった。
子狼たちは、口の周りを器用に前足でこするようにしてキレイにしている。
母狼は子狼の片割れの首の後ろをひょいと噛み、持ち上げると、あろうことかこちらに放り投げて来た。
「危ない!」
「ソフィア様!」
マリエルの腕からすり抜けて慌てて子狼をキャッチする。
私が子狼をキャッチしたのをじっと見つめていた母狼は、もう一匹を口に咥え、森の奥へと消えていった。
「えっ?! ちょ、この子は?!」
追いかけようとする私をマリエルが押さえて、追い駆けさせてはくれなかった。
「マリエル、放して! この子を返さないと!」
マリエルは首を横に振る。
「私には、あの母狼が、子狼をソフィア様に託されたように思えます」
「え、そんな、無理だよ!」
犬ならまだしも、狼を?!
「さぁ、ソフィア様、お屋敷に戻りましょう。旦那様にご相談差し上げなくてはなりません」
マリエルはバスケットの中にさっさと仕舞うと、私に屋敷に帰るように促した。
私としてはこの子狼を母狼に返したいけれど、マリエルはこれ以上森の奥に私が行くことは許してくれそうにないし、一度私が屋敷に子狼を連れて行けば、母狼は子狼を二度と子供として受け入れないだろう。
どちらを選んでも、私の思うようにはならないのだ。
「……わかりました」
仕方がない。この子狼をどうするかは、父に相談するしかない。