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001.状況把握

改稿後になります。

 おねがい、この世界を好きになって。







 次々とあふれてくる記憶、高熱による疲労感。汗でべたついた身体。

 心身共に不快で堪らなかった。

 整理しきれない情報量の所為なのか、熱の余韻の所為で脳が膨張しているのか、思考をまとめられない。

 それでも、はっきりと分かっていることはある。


 私の名前はソフィア・リリー・フォン・アンハルト。

 齢五歳である。

 けれど、私の頭の中には、三十年以上に渡る別人の記憶がある。


 ぐちゃぐちゃと乱雑な記憶の山に、ソフィアの記憶は埋没している。たった五年足らずの記憶。赤ん坊の頃の記憶なんて無いも同然なのだから、実質三年程しかないソフィアの記憶。その記憶の上に、十倍は優に超える別の記憶がのっかっている、そんな感じだ。

 その僅かなソフィアの記憶を何とか引っ張り上げる。

 そうしないと、私を取り囲み、心配そうに見つめている人達が何者なのか分からない。いや、家族だと言うことは分かる。知ってる。名前やその他の情報が分からない。


 しばらく記憶を手繰り寄せていたところ、ようやく思い出すことが出来た。

 中年に差し掛かった男性は、ソフィアの父 エイゲニア・アルス・フォン・アンハルト。ベルグント国の公爵家当主。イケメンである。父でなければ惚れてしまいそうなイケメンである。

 その隣の、憔悴してはいるものの、優しそうな美しい顔の女性は、ソフィアの母 イレーネ・マリア・フォン・アンハルト。私の所為でこんなに憔悴してしまったのだろうと思う。

 目にいっぱい涙をためて私を見つめている少女は、姉のツェツィーリア・アリーチェ・フォン・アンハルト。母譲りのブロンドの髪に、父によく似た切れ長の瞳。瞳の色はエメラルドだ。

 泣き過ぎて嗚咽までもらしている少年は兄のアドニス・アルス・フォン・アンハルト。髪の色は父と同じプラチナブロンドで、エメラルドの瞳。冷たい印象の父とは違って、母に似て優しい瞳をしている。

 この四人が、私の家族。







 侍女たちの助けを借りながら入浴し、全身をキレイにしてもらってから、再びベッドに横になる。

 病み上がり後の入浴と言うのは、体力を奪うものだと思う。身体はすっきりしたものの、ごっそりと体力が奪われてしまった感じがする。


 入浴中にシーツ等の寝具一式は清潔な物に取り替えてくれたようだ。ありがたい……。

 ヘッドボードにいくつものクッションを置かれて、そこに寄りかかるように座らされる。侍女が薬湯と、消化に優しいスープを持ってきてくれた。

 聞けば一週間も高熱が続いていて、満足に物も食べられていないとのことだったので、具のないスープから食べた方が、胃腸に負担がかからないとの配慮だろう。

 スープを一口飲むだけで兄が泣くものだから、飲みづらいことこの上ない。

 家族、侍女たちの視線を浴びながらスープを飲むという、なにかの罰ゲームとしか思えない状況に、スープすら飲むのが辛い……。とは言え、飲まない訳にもいかないので、飲む。

 スープと薬湯で、身体の中からも温まった私は、一週間も眠っていたにも関わらず、眠気を感じ、再び眠りに落ちた。




 次に目覚めた時、医者らしき人物が私の状態を確認していった。私には診断結果を教えてくれず、父と母にだけ教えるようだ。

 兄と姉が、隙を見ては私の元に来るし、そもそも侍女が部屋の中に必ずいる為、私のプライベートはない。


 公爵家令嬢という身分では、そんなものはあってないようなものなのだろう。それならば、早々に慣れるしかない。

 前世の私のモットーは、妥協、だ。

 自分ではどうこうしようもないものに文句を付けても仕方がない。諦めは肝心だ。受け入れた方が楽になるのなら、受け入れた方がいい。

 そもそも、抵抗した所で五歳児に何が出来るというのだろうか。むしろ受け入れない理由がない。


 病み上がりの私は、周囲に言われるままに安静に過ごし、医者からも太鼓判を押してもらえる程に回復した。







*****







 兄と姉は七歳を超えている為、貴族の子女としての教育が始まっているようだ。五歳の私はまだである。

 姉のツェツィーリアは十歳なので、教育も大分進んでいるのだろう。所作が兄とはまるで違う。女の子と男の子では成長の早さも違うと聞くから、その辺も関係しているのかも知れないけれど。

 公爵令嬢に相応しい立ち居振る舞い、言葉遣い、感情を表に出さない。でも、幼い私の前では表情を隠さない。


 アドニスは男子なので、剣術の稽古と乗馬が必修のようだ。

 乗馬、やってみたかったが、現代と違って乗馬をするという行為は、大変破廉恥な行為のようなので、諦めるしかない。


 兄と姉が家庭教師ガヴァネスに勉強を教えてもらっている間、私は母の膝の上で絵本を読んでもらっていた。

 それは、隣国の悪い王に連れ去られた姫を、騎士が助けに行くというものだった。

 絵本にツッコミを入れても仕方ないが、どこぞの桃姫でもあるまいに、姫が単体で攫われるなんてありえないし、これまた単体で騎士が助けに行ける筈もない。

 どうやって助けるんだ、と思いながら母の膝の上で読み聞かせをしてもらっていたら、たった一行で終わった。


 騎士により、姫は助かったのです。


 いやいや、待て待て。色々はしょり過ぎだろう。


「あら、ソフィアはこのお話はお気に召さなかったかしら?」


 どうやら難しい顔をしていたらしい私の眉間を、母が撫でた。


「ツェツィーリアもアドニスも、このお話が大好きだったのだけれど……」


 何と言うか、好きとか嫌いとか言う次元じゃないって言うか……。

 子供ならこれで納得がいくのかも知れないが……如何せん私には別の記憶がある。こんなにあっさりと終わらせられると、なんとなくすっきりしない。余計なことを考えてしまう。


「おかぁさま、騎士さまはどのようにして、おひめさまを助けたのでしょう?」


 母は大層困った顔になったので、私は慌てた。五歳児らしくない質問をしてしまった。


「なんでもないです、おかあさま。ご本を読んでくださって、ありがとうございました」


 逃げるように母から離れ、部屋に戻る。

 小さな手。

 小さな足。

 扉の取手にすら手が届かない。


 今の私は、五歳なのだ。




 目覚めてから、自分の置かれた環境を観察していた。


 中世のような世界。

 壁紙なんてものはない。石造りの建物。窓もガラスがない。外を見る為には観音扉のような窓を開けないといけない。だから暗い。開けると虫が入る。当然防虫剤も殺虫剤もない。恐ろしい……!


 家具にも布なんてものは張られていない。椅子はそのまま座ると痛い為、クッションのようなものを敷いたり、背中に当てて座る。

 食事も肉が中心。野菜は平民の食べるものとしてほとんど食べない。調味料もないのか、味付けがいつも同じ。

 お風呂も存在しない。お湯に浸かるという概念がそもそもなく、サウナなのだ。もしかしたら、水そのものが貴重な可能性もある。井戸から汲むのかと思えば、それだけでも大変そうだ。


 ソフィアとしてはこれが普通だった。でも、そうではない生活の記憶を持っている私としては、なんとも言えない気持ちになる。

 端的に言うと、辛い。




 ここでは十六歳で成人を迎え、大体二十歳までに伴侶を持つのが一般的なようだ。

 平均寿命はまだ確認出来ていないが、多分前世のようには長生きしないのではないだろうか。

 結婚年齢が早すぎる。父も母もかなり若い。とても三児の親の見た目ではない。


 何故、別人の記憶があるのだろう。

 私がどうして良いのか分からないのは、ソフィアとしての人格がなく、ソフィアではない私になってしまっている事だ。

 自分の中にソフィアを探した。記憶と同じように埋もれているのではないかと思って。

 でも、多分だけれど、ソフィアはいない。

 この身体はソフィアの物なのに、まったく別人の私が動かしている。それが凄く申し訳ない。乗っ取ってしまったのだろうか……。

 いつかソフィアの意識というのか、人格と言うのか、とにかくソフィアが戻って来た時の為にも、ソフィアになりきらねばと思う。

 ソフィアの記憶があって本当に良かった。


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