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014.帝都到着

 家族に見送られながら、私は門をくぐった。

 この先には、ベルグント王国から帝都に一瞬で移動出来る魔法がある。

 転移門と呼ばれる魔法陣に乗ると、魔法陣が光り始める。私は教えてもらっていた呪文を口にする。

 エレベーターが下降する時に浮遊感によく似た感覚の後、私は見慣れない場所に到着した。

 当然、ヴィントも一緒だ。


「お待ちしておりました、ソフィア様」


 そう言って一歩前に近付いて来た男性は、恭しくお辞儀をすると、出口に案内してくれた。

 察するに、案内係だと思われる。ただ、この案内係の人、気になる容姿をしている。


 門と便宜的に呼んでいるが、転移門は室内にある魔法陣である。

 魔法陣のある部屋から出ると、初めて見る模様が施された壁紙が目に入った。


「殿下方は昨日の内に入寮を済ませ、本日は皇帝陛下に謁見を賜っておられます。ソフィア様におかれましては、ごゆっくりなさるようにと、シャルロッテ姫から伝言を頂戴しております」


「ありがとうございます」


「申し遅れました、私、ベルグント王国の寮を管理させていただいております、クリストファーと申します。何なりとお申し付け下さい」


 名前を聞いて、あぁ、やはり、と納得した。


「これからお世話になります」


 淑女のお辞儀をすると、そんな必要はありませんよ、と言われたが、そんな訳にはいかない。


「そのような訳には参りません。王弟殿下」


 そう、今、私の前でゆったり微笑んでらっしゃる、美麗なイケメンは、ベルグント王国国王の弟、クリストファー・ウィル・ベルグントだ。

 皇帝陛下の覚えめでたく、ベルグント王国に戻してもらえてないとは聞いていたけど、まさか寮長やってるとは思わなかった。


「さすがソフィア様、よくご存知ですね。あの宰相殿が溺愛されてるとは帝都にも聞こえておりますが、お噂通り聡明な方とお見受けしました」


 聞き捨てならない言葉が飛び出してきた。

 父の私への溺愛ぶり、とされる庇護の話はここまで?

 いやいや、あの父のことだから、そういうことにして、何かあったら援助してくれようとしてるのかも知れない。

 それはそれであるかも知れない。

 でも、私の噂?

 あまりそう言った言葉に関心を払ってはいけない、と母からは言われているので、気にしないふりをした。


 クリストファー殿下はヴィントを見やる。


「風狼をこんなに間近で見るのは初めてです。美しい毛並みですね。ベルグント王国で長くお暮らしの兄上も見たことはないと思いますよ」


 王や殿下は若かりし頃は、森や山を馬で駆け回っていたと聞く。そんなお二人でも、なかなか風狼を目にすることはなかったようだ。


 長い廊下を抜けると広い空間が広がった。

 高い天井に豪奢なシャンデリア。真っ赤な絨毯は入り口からまっすぐに伸び、正面の扉の奥に続いている。


 クリストファー殿下の説明によると、エントランス正面には生徒が使用する食堂があり、その横には厨房があるとのこと。

 エントランスの両脇から伸びる二階への階段を上がるとサロンになっており、右手は男子の部屋。左手は女子の部屋となっている。

 入り口には騎士が立っている為、好意を持った方のお部屋に突撃!は絶対不可能になっているようだ。

 まぁ、未成年だからなぁ、問題はいけないよね。


「私も男ではありますが、本日は寮長という立場で、ソフィア様をお部屋にご案内させていただきますが、それ以降は基本立ち入ることは出来ません。何かありましたら、私の侍女をお呼び下さい」


 案内された部屋は二階で、シャルロッテ姫は三階になるらしい。

 さすがにクリストファー殿下は室内には入らず、入り口までの案内で帰って行った。


 異性の部屋は、例え婚約者であっても立ち入ってはいけない。

 同性でも、相手に招かれない限り、駄目。


「ソフィア様、お茶をお入れしますので、お寛ぎ下さいませ」


 マリエルに促され、ソファに腰掛けた。ヴィントは私の足元に丸くなる。


「こちらでのルールはどうなっているのかしら?」


 私の言葉に反応するように、ターシャが一歩前に出てお辞儀をした。


「明後日に学院の入学式が執り行われます。

明日はリヒト殿下、ユーリヒ殿下、シャルロッテ姫からお茶会に誘われておりますので、ご出席を」


 出された紅茶を口にしながら頷く。


「お食事に関しましては、殿下方のお食事は城から来た調理人がまとめて作るとのことです。そちらが終わりましたら、ソフィア様のお食事をこちらも作って良いとのことです」


 私専用の調理人として、父は三人用意してくれた。

 大変有り難い。


 マリエル達が諸々の片付けをしてくれている間、私はチェンバロの練習を始めた。

 お父様が楽譜を沢山くれたので、嬉しい。

 今はみんながいないから弾いてるけど、弾いていい時間についても確認しないといけない。


 足元には、いつものようにヴィントが丸くなっている。

 後でマリエルに言って、許可を取ってもらおう。




 チェンバロの練習中に、ヴィントの散歩についての許可もマリエルが確認してくれて、屋敷の敷地内であれば好きな時間に散策して良いと言われた。

 クリストファー殿下がおっしゃるには、下手な護衛より、風狼の方が強いので、ご安心下さい、とのこと。

 なるほど。


「ヴィント、お散歩に参りましょう」


 私が声をかけると、ヴィントは立ち上がった。


「お嬢様、いくらヴィントがいるからと言って、あまり遠くに行かれてはなりませんよ」


 マリエルが心配そうに言う。私は頷いた。


「大丈夫。軽めの散歩にします。

明日は殿下達とのお茶会もありますし、学院も始まりますから、無茶はしません」


 まだ少し寒いし。

 ストールを首に巻き、ヴィントをお供に屋敷を出る。


 魔法陣で転移して来たから、屋敷がどれぐらいの大きさなのか分からなかったんだけど、屋敷の側に植わっている樹木と比較してみても、それなりに大きいのが分かる。

 昔は魔力を持つ者も多かったと言うから、その時の名残りなのかも知れない。


 アンハルト公爵家の敷地内には小さな森があるが、さすがに帝国の領地内にそれだけの敷地を持つのは難しいのだろう。

 見通しの良い庭が広がっているだけだった。


 ガゼボが見えたので、ヴィントを連れ立って行く。

 誰もいないのを良い事に、歌いながらガゼボに向かうと、視界に何やら別館のような建物が見えた。


「温室……?」


 行ってみましょう、とヴィントに声をかけ、近付いてみると、思った通り温室だった。

 長く使われていなかった所為か、あちこち汚れたままだ。


 振り返って庭園を見る。

 それから温室を。


 生徒がいないからなのか、何なのか分からないけど、勿体ない。

 可能なら花を育ててみたい。


「お嬢様ー」


 マリエルの声がした。

 振り返るとマリエルがガゼボにいた。


「アデリンが雨が降りそうだと申しておりました。お部屋にお戻り下さいませ」


 アデリンは天然の気象予報士みたいな侍女で。

 私が散歩を日課にしているから、お父様が専属で付けたのだと思う。


「アデリンは凄いわ。私、空を見ても、天気の変化が分からないわ」


 マリエルも苦笑しながら頷いた。


「風に雨の匂いが混じるのだそうですよ」


 匂い……。

 ヴィントの方を見ると、ヴィントも私を見上げる。


「あなたも分かるの?」


 わふ、と、イエスなんだかノーなんだか分からない返事をヴィントはした。


 部屋に戻り、着替えながら自分の姿を鏡で見る。

 私、まだ十歳なんだよね。

 ただ、前世の日本での十歳とは大きく違っていて、十四歳ぐらいには見える。

 顔立ちがはっきりしているからかも知れない。

 でも、間違いなく十歳です。小学五年生ですよ。


「どうなさったのですか?」


「まだ、子供だなと思ったのです」


 マリエルがくすくす笑う。


「十歳は立派な淑女ですよ?」


 平均寿命が違う所為か、十歳は立派な淑女になる。

 十四歳で社交デビュー。十六歳で成人して、十八歳前後で子を産むような世界だもんなぁ。


「そうだ、マリエル、このお屋敷の花と温室はどなたが管理されてらっしゃるのか、クリストファー殿下の侍女に確認してもらえる? もし許されるのなら、花を育てたいの」


 アンハルト家でもコーディアルは作ると思うけど、出来たらここでも。

 ソフィアはどうも、花が好きなようだ。

 前世の私は、花を見てもキレイだなーぐらいにしか思わなかったけど、ソフィアになってからは、キレイな花を見ると、とても心が癒される。


「分かりました。ですがお嬢様が直接なさるのは承服しかねます。私達がハリーの代わりに行うのでよろしいですね?」


 過保護なマリエルに、私はふふっと笑ってしまった。


「ありがとう、マリエル」


 自分の着替えが終わったので、次はヴィントをブラッシングする。

 チェンバロを弾いている時とはまた違う癒しが、ヴィントにはある。アニマルセラピーという奴だろうか。


 明日の、殿下達とのお茶会は、正直憂鬱。

 シャルロッテ様は私をどちらかの殿下とくっつけようと考えてらっしゃるようだし。

 リヒト殿下はお姉様の婚約者だし、ユーリヒ様の婚約者候補に私は一応入っているみたいだし。


「どうなさいました?」


 ターシャがコーディアルの入った紅茶をサイドテーブルに置きながら、私の顔を覗き込んで言った。


「これからの事が、少し不安なのです」


 私の言葉に、ターシャは頷いた。


「お嬢様はこれまで、外にお出になられた事がありませんでしたからね、心細くお感じになられるのも当然です。

ですが、シャルロッテ姫様がお嬢様の事を大変お気に召してらっしゃると伺っております。ご心配になるような事は何もないのでは?」


 親族になりたい程気に入られるとは思ってなかったよ。

 姫のおっしゃるようにリヒト殿下かユーリヒ殿下の婚約者になるとするなら、王妃教育とか言うのを受けなくてはならないんだったな、確か。

 嫌だ嫌だと言いながら、姉のツェツィーリアはしっかりやっているんだから、大したものだと思う。

 お相手のリヒト殿下を想いさえ出来れば、万事解決なんだろうに。

 とは言え、私もいずれは何処かの家に嫁に入らねばならぬ身だし。

 公爵令嬢とは言え、見た目が目立つし、身体も強くないから、欲しいと言ってくれる人は少ないかも知れない。

 私的には嫁なんぞ行けなくていい、と思ってるけど、世間体と言うものがあるし、これで学院にも来れないぐらい虚弱だったら、それもありだったのかも知れない。


 あーもー、とりあえず何でも受け入れる方針だと、こういう後から調整不可な事が起きるんだよね。

 とは言え、考えて生きるのは苦手だ。なるように生きたい。うん、もし私なんかでも良いという物好きがいたら、そこに嫁ごう。


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