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013.ストール完成

 前世での子供時代は、とにかく時間の過ぎるのが遅くて、早く大人になりたい、なんて、いかにも子供が思いそうなことを思っていたけれど、あれは単純に、私の毎日が充実していなかったのもあると思う。

 充実していなかった理由は、ひとえに己の所為だ。


 大人になってから分かる、子供時代の大切さ。

 それが分かるからこそ、ソフィアでやり直している今を、私は無駄だと思ったことはなく、一つ一つを己の身につけるべく努力している。

 分かっていても苦手な分野というのもあるにはあるけれど、逃げても無駄だということが嫌でも分かっているし、嫌だという気持ちを逸らすことで苦痛を和らげる術を知っているので、なんとかこなせている。


 貴族の子女はとにかく忙しい。

 未来の為に勉強、勉強、勉強、と、詰め込まれているのだ。

 歴史、国語、算数、神学、マナー、乗馬、経済、政治、刺繍、望めば芸術エトセトラ。

 英才教育詰め込みである。

 子供らしく遊ぶなんてものはない。


 ヴィントとの散歩が功を奏して体力がいくらか付いてきているのか、年齢的なものなのかは分からないけれども、以前のように体調を崩すことは減ってきた。

 とは言え、ツェツィーリアやアドニスを見ていると、私の身体はやはり、強いとは言い難い。


 機織りは、やはり時間がかかった。

 手馴れていないのもあったし、いいものを作りたいという思いがあったから、自然と恐る恐る作業をする感じだった。

 気を付けないとひっぱり過ぎてしまうのか、生地が詰まって幅が狭くなってしまうのだ。

 前世で初めてセーターを編んだ時に、ぎちぎちに目を編んでしまって、チェインメイルみたいなのが出来上がったことは、苦い思い出だ……。


 さらに生成の生地も織った。

 藍染めのほうの生地と重ねて藍染めにしたほうからは見えないように、藍色の糸で魔除けの紋様を母に教わって縫い付けることにした。

 魔除けの為ではなく、その紋様がとてもキレイだったので刺繍することにしたのだけれども。


 藍染側にぱっと見えるのはカンムリシロムクだけ。重ねた生成の生地には細かい魔除けの模様を刺繍している。きっちり刺繍して、元々そういう生地にプリントされているかのように見えるように。

 フリンジは付けずに、生地の四隅に小さな飾りを付ける。

 目立たないように、白金と金を1mmの正方形にカットしたものの中心に穴を開けてもらって(ビーズを四角くした感じ)、それを二つずつセットにして藍色の糸で縫い付けておく。磨かれていないので、くすんだ色合いのままにしているので、控えめに仕上がっていて、丁度良い。

 父が大きさがいまいちだけどどうかなと、アレクサンドライトをくれた。

 アンハルト家の領地で取れる石だ。非常に高価らしい。

 さすが公爵家、産出される宝石も半端じゃない。

 アレクサンドライトにも穴を開けてもらって、カンムリシロムクの目にしようと思う。


 それから、紙にカンムリシロムクを書き写し、ストールに刺繍を施していった。

 真っ白い丸みを帯びたおなかを持ち、ブルーグレイの足、嘴の先はうっすら透ける胡粉色。目に向かって色味が鈍色に変わり、付け根から勿忘草色になり、真っ黒い円な瞳を囲み、後ろに引かれるようにすっと伸びる。キレイな鳥だ。

 刺繍そのものは難しいものではなかったけれど、秋口から学院で着る為の制服が届き、サイズの確認やら、持っていく家具の確認やら、チェンバロの調律といったものを日頃のレッスンと並行して行った上で、刺繍をしていたものだから、本当に時間がなかった。

むやみやたらに魔除けの刺繍を入れたのも良くなかったが、今更引き返せない。

 もはや削れるものは睡眠時間のみという状態の中、ひたすら縫い続けた。


 冬の終わりに、ようやくストールが完成した。

 糸から紡いで機も自分で織って、縫うのも刺繍も全部自分の手でやった、私の初めてのストール!


 「ストールが出来ました!」


 作ったストールを、夕飯後のサロンでの団欒時に家族に見せると、みんな、おぉ、と声を上げた。


「とても初めて作ったとは思えない出来だね、ソフィア」


 お世辞ではなく本当に驚いているようで、父はストールを手に持ち、生地の感触や色合い、フリンジがわりの白金と金なんかを何度も見ていた。

 これは面白い金の使い方だ、と言いながら。


「生成の生地には魔除けの紋様を刺繍しているのね。しかもこれだけの魔除けの数!」


 ツェツィーリアは魔除けの刺繍の多さに驚いていた。

 自分でも刺繍をするからこそ、1m50cmはある生地にびっちり施された魔除けの刺繍に悲鳴をあげていた。魔除けの刺繍は精緻な為、一つ作るのも結構手間がかかる。


「紋様がとてもキレイだったので刺繍をしたのです。魔除けは後付けです」


 表面と裏面でまったく違う表情を見せるストールは、母は売り物になりそうだと楽しそうに言った。すっかり商売人の顔ですね、お母様。

 貴族は領民から税金を取る代わりに、庇護し、導く。

 領主次第では天国にも地獄にもなるんだろうなぁ。

 私も公爵家の人間で、何処かの貴族に嫁ぐのであれば、そういったことを考えていかないといけないんだろうなぁ。

 あ、もしかして持ってる知識、あんまり広めないで結婚後に使ったほうがいいのかも?


「魔除けの札を持ち歩く、という文化はあるけれども、それを刺繍にするという発想はなかったよ」


 魔除けの刺繍を見ながらアドニスが言うので、「お兄様が騎士様のマントをいただいたら、マントに魔除けの刺繍をしましょうか?」と言ってみた。


 アドニスはぱぁっと顔を輝かせてほんと?!と聞き返してきた。

 そんなに喜んでくれるのならいくらでも妹、頑張って刺繍しちゃうぞー。

 「私もして差し上げるわ」とツェツィーリアが言うと、アドニスはそっけなく、「いえ、姉上のは結構です」と言い放った。


「どうして私の刺繍だと喜ばないのです!」


「ソフィアにしてもらいたいからです!」


 まぁまぁ、と父がなだめるが、ツェツィーリアとアドニスはお互いを顔を背ける。


 アドニスは、シスコンだと思う。

 ツェツィーリアにはそうではなく、私に。

 なんだろう、私の身体が弱いから守ってあげなくては、みたいな感じなんだろうか。

 でもそれならツェツィーリアも結構可憐な見た目で、人気が高いと聞いたことがある。

 王太子の婚約者候補でなければ! と言われているらしいので、間違いない。

 妹の贔屓目抜きにしても、美少女だと思う。相手が王太子になるのかレオンハルト公子になるのかは分からないけど、大変羨ましいです。


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