第一王妃とのお茶会
改稿後になります。
今日はお茶会である。
二週間前、母である第一王妃ナツィッサから、お茶会を開くので参加するよう申しつけられた。
お茶会は基本的に婦女子が情報収集の為に行う物であるが、時として男子も参加することはある。
主に夜会にはまだ参加出来ない男子が、婚約者を内々に決める場合の顔合わせの時や、その相手が夜会に参加出来ない年齢の場合だ。
私自身は十四歳を過ぎているので夜会そのものへの参加は可能である。本日の招待客であるアンハルト家令嬢ツェツィーリアも私と同年である為、夜会で会うことは可能である。
実際夜会でツェツィーリアと会い、父王から紹介を受けたこともある。
今日のこの会は、余計な者の介入を防いだ、親睦会のようなものなのだと母からは説明されていた。
私とツェツィーリアの結婚はほぼ確定であったし、ツェツィーリアを貶めようとする噂もあった。口さがない者達を排除すると言う意味でも、お茶会と言う形は相応しく思えた。
母の生家サテルハイト家と第二王妃の生家ラクロハルト家は、決して交わらない家同士。
我がベルグント王国は五公家の令嬢を順番に血族に入れることで公爵家間のパワーバランスを取っていた。
五大公爵家の令嬢二人を父王が娶ってしまったことにより、次代、つまり私の代ではその二つの家が対象から外れる。他の二つの公家にも近い年頃の令嬢がいなかった為、アンハルト家の令嬢しか選択肢が無い。
それ自体は大したことではない。
私は王族の責務と言うものを理解していたし、婚姻に対して何も期待していないからだ。
誰が王太子妃になったとしても構わなかった。
だからこそ、選択肢が無い状況はむしろ煩わしいことを考える必要がなく、私にとってもメリットがあった。
王の妻に求められる者は、愛情では無い。
王の隣に並び立つだけの才覚と、王を立てられる淑女としての振る舞いの二つだ。
ツェツィーリアにそれが備わってないとしても、それはもう致し方ない。
それに、それほど逼迫した状況ではない。
にも関わらず、ツェツィーリアは正式な婚約者に選ばれない。父は母の意思を尊重すると言っている為、母の決定で全てが決まる。その母が首を縦に振らない。
父には私が王太子になる事は決定であると言われており、婚約者を決定した際にそれを国内に広めるとも言われた。
ツェツィーリアには想う人がいると聞く。申し訳なく思うが、こればかりは公家に生まれた者の義務と思って諦めてもらう他ない。
後継者を産んだ後は、好きにさせてあげたいとも思うが、王妃と言う立場が何処までそれを許すか。
母であるナツィッサは一般的な女性ではない為、このお茶会がただの親睦会なのかどうか、甚だ疑わしい。
母は水仙に例えられるその見た目に反比例して、大変男らしい気性の持ち主である。
私を産んだ後も貴族としての義務は果たしたとして第二子を産むことを拒否し、あまつさえ国事行事への参加すらも産後の肥立ちが悪く病弱であると嘯いて後宮の奥に引きこもっている。
国王の子供が一人では心許ないという家臣からの強い要望を受け、王は愛妾を娶る事になった。もし愛妾に子が出来て、王妃の子に何かがあった場合にはその予備となるように。己が娘を王家に送り込みたい貴族達が騒ぎだした。
王妃の生家と対立する公爵家から入宮する事が決まった。王妃と同じ大公家から入る為、愛妾扱いはおかしいだろうと言う事になり、第二妃と呼ばれている。
それからしばらくして第二王子が生まれ、国事行事にも第一王妃の代わりに第二王妃が参加するという事態に発展するが、母は一切興味が無いようだ。
その母が、親睦を深めるなどと言って婚約者候補のアンハルト家令嬢を呼んでのお茶会をすると言うのだから、良い予感がする筈もない。
アンハルト家の令嬢と言えば、公が溺愛していると公言して憚らない次女のソフィアが、第一王女のシャルロッテと同年で、誕生パーティーに招待されていた。
彼女が襲われそうになっていた場面に出会したのには正直に驚いた。見知った顔の貴族が、幼いソフィアの腕を掴んでいた。それは恐ろしい表情で。
声を掛ければ正気を取り戻し、アンハルト家の者達も駆け寄り、最悪の結果も防げたように思う。
後日、アンハルト公から説明を受けた際には、当たり障りのない、もっともらしい説明を受けた。
違和感を覚えつつも、そんなものかと納得しかけた時、珍しく側にいた母が尋ねた。
"白銀の者は命を狙われると言うが、本当なのだな"
母の言葉に一瞬、アンハルト公の表情が消えた。
その様子に母の言葉が真実なのだと分かったのと同時に、違和感が消えた。
あの時、ツェツィーリアも、アドニスも、アンハルト公も、襲ってきた男に怒りを抱いた様子がなかった。幼いソフィアが襲われたのだ。普通であれば襲おうとしたあの者に詰め寄った筈だ。
けれど分からないのは、何故命を狙われる必要があるのか、と言う事。
公は諦めたのか、娘がある時から命を狙われるようになった事、襲った者は何者かに乗り移られたようにソフィアを憎んでいる事。
ソフィアが拾ってきた風狼がいつも側にいて守っている事を話した。
話し終えた後のアンハルト公の顔には、疲れが滲み出ていた。
「アンハルト公爵家より、ソフィア様がお越しになられました」
侍女の声に我に返る。
王妃付きの侍女が扉の前で折り目正しく頭を下げていた。
ツェツィーリアが来ると思っていた。
だが、侍女はソフィアが到着したと口にした。
先入観と言うものは恐ろしい。
母は確かに、アンハルト公爵令嬢を招待してお茶会を開くとおっしゃった。
夜会ではなく、お茶会を。
この時点で夜会に参加出来ない年齢のソフィアが呼ばれる可能性に思い至れなかった己の浅慮さに恥じ入ったのと同時に、第二王子の婚約者候補であるソフィアをここに呼ぶことは問題ではないのかと不安にもなった。
視線を母に向けると、母はふふ、と笑った。
「白銀の者に会ってみたくてね、公のお願いを聞く代わりに我が儘を言った」
お入りいただきなさい、とよく通る声で母が言うと、扉が開き、頭を下げた令嬢の姿が見えた。
彼女はスカートのすそをそっと上げて膝を曲げると、姿勢を戻してゆっくりとサロンに入って来た。
ミストブルーのドレスを着たソフィアが私達から三歩程離れた場所で立ち止まり、カーテシーをした。
「ようこそ、アンハルト公爵家の姫君」
「ソフィア・リリー・フォン・アンハルトにございます。水仙の君にお会い出来る幸運を授かりましたこと、女神に感謝の祈りを捧げます」
形に則った挨拶がなされる。
「こちらは私の息子、第一王子 リヒトだ」
顔を上げたソフィアと視線が合う。
「リヒト・レオン・ベルグントです」
深く頭を垂れるソフィアに、母が声をかける。
「さぁ、そこへお掛けなさい」
ソフィアが腰掛けるとすぐ、侍女が茶とケーキとクッキーをテーブルに並べた。
「公爵家自慢のカトルカールのレシピをこっそり教えていただいたのでね、姫に味をみていただこうと思い作らせた」
少し前から、アンハルト公爵家を元とする流行が多く王都に発信されている。
元々していなかった訳ではないが、他の公爵家に比べれば控えめに、けれどとても品の良い物を発信していた。
それを考えると、最近のアンハルト家の活躍は目覚ましいものがある。
このカトルカールも、以前からあるにはあったが、それまではオイルを使用したものであった。
それを公爵家は、作成が大変なバターをたっぷり使ったものを作成して流行らせた。
ただ、バターを多く使う為、大概の家ではなかなか真似が出来ない。バターを大量に作るのは難しいのだ。
公爵家が主催したお茶会でしか食べられない為、大変貴重な菓子である。
少しの間、茶と菓子を堪能して雑談をする。
アンハルト侯爵領の様子などを尋ねる。
「薔薇が良く育っていると聞いております。ローズオイルを譲って欲しいとの声が多いとの事でしたから、次は多くの方にお配り出来るようにと」
母を見て、「勿論、王室にも献上させていただく予定でおります」と軽く頭を下げる。
「それは楽しみだ」
母はカトルカールをひと切れ食べきると、もうひと切れ持って来るように侍女に言った。
その様子を見て、ソフィアはにこにこしながら、「お口に合いましたようで、本当に良うございました」と言った。
母は僅かにしまった、という顔をした後、今日は体調が良いのだ、とごまかした。
第一王妃ナツィッサは、国事行事にも参加出来ない程、虚弱ということになっている。
バターを使ったカトルカールは、オイルで作ったものよりもどっしりとした味わいだ。
それをぺろりと平らげたあげく、おかわりをした。
アンハルト公は母が仮病を使っていることを知っているが、公の娘であるソフィアには知らされてない筈だ。
本当に虚弱であれば、ひと切れすら食べきれないだろうと見越しての発言だろう。
それが分かって、母はもう我慢出来ないというように、扇で口元を隠しながら笑った。
「今日は本当に有意義な日であった、アンハルトの姫よ。私の気鬱も何処かに吹き飛んでしまう程に」
ソフィアは微笑んだ。
「光栄にございます、王妃様」
ソフィアが帰った後、私と母はそのままサロンで茶を楽しんでいた。
母は楽しくて仕方がないといった風で、笑みを浮かべていた。
「いやいや、世の中捨てたものではないな。もう少し表に出てもいいと思えてきた」
思いもよらぬ言葉に驚きを隠せない。
「……随分とお気に召したようですね、末姫のことが」
「あの食わせものが隠そうとはせず、わざわざ惚気るような姫だ。それにアンハルト家だけに生まれる白銀の者。興味を持つなという方が難しい」
扇をパチンと音をさせて閉じると、あぁ、違うな、と母は言葉を続ける。
「父に似て好奇心旺盛な気質のようだ。令嬢としては少々鼻につくかも知れんな?」
こんなにも機嫌の良い母を見るのは久しぶりだ。
ソフィアの受け答えは悪くはなかったが、それほど母の気を引くとも思えなかった。
ただ、母の言葉には分からぬ事も多い。
何かを思い出したようにこちらを見て、母はいたずらな笑みを浮かべた。
「公によると、末姫は年上がお好みのようだ。シャルロッテ姫の誕生パーティで陛下に見惚れていたとかなんとか……」
母の言わんとする意味が分かり、にべもなく返す。
「私の婚約者はツェツィーリア嬢です。ソフィア嬢ではありません」
というよりも、ツェツィーリアでもソフィアでも、どうしようもない人間でなければ自分としては構わない。
「精進せねばな?」
「ですから、何を精進するのです。そもそも精進で倍に年を取れる訳はないでしょう」
にんまり笑うと、母は口元を今更ながらに扇で隠しサロンを出て行った。
あいも変わらず、人を食ったような態度をなさる方だ、我が母上は。
思わずため息を吐いた。
胸が騒つく訳でもない。一目で恋に落ちたなどでもない。
それなのに、ソフィアと視線が合った、あの時の瞳が、忘れられないのは何故なのだろうか。