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011.王家の結婚事情

改稿後になります。

 去年の私は記憶の喪失を恐れて、持っていた記憶が確かな内にと、主に料理関係の知識を家族向けにではあるけれども、大盤振る舞いをした。

 やたら紙に書き付けている様を見て、家族は何がしかの不安を感じ取ったようだった。


「もしかして……記憶がなくなっているの?」


 お茶を飲んでいた時、ツェツィーリアは少し躊躇いがちに聞いてきた。


「ここでの生活で覚えていることも沢山ありますし、使わない記憶は次第に薄れていくものです。本来、ソフィアには無いものですし、全ての記憶を自分の中に持ち続けるのは不可能ですよ?」


 それはそうだけれど……と姉は不安そうに言ったけれど、その後に言葉は続かなかった。

 ……弱音は吐けなかった。記憶がなくなっていくのが怖いなんて、彼女の妹の身体を、そのつもりがあろうとなかろうと私は乗っ取ったようなものだし、本来他人が知る筈のない家族の記憶を勝手に見たのだから。


 ツェツィーリアが大きなため息を吐く。

 近頃、困った噂が出回っているという。その所為でツェツィーリアはため息を吐くことが増えた。


 アンハルト公爵家の令嬢 ツェツィーリアは王妃となるのに相応しくない、というものだ。

 相応しくない理由は、リヒト殿下というものがありながら別の人間に懸想している、というものなんだけど、姉は候補であって婚約者ではない。本来なら問題ないのだけれど、ここで王国内の色んな貴族の思惑と絡まってややこしいことになっている。

 婚約者になり、後に王妃となってから恋人を持つのではないか、恋人の子を王の子として産み、王位簒奪をするのではないか、とかなんとか。

 何かの見過ぎじゃないですかと言いたくなる。


 姉は確かにブラックバーン家のレオンハルトとかいう人物に憧れ以上の気持ちを抱いているようだけれど、思春期の乙女の初恋すらこんな下世話な話にしてしまう大人達の醜悪さにうんざりする。

 王子との婚姻生活で、気持ちが王子に向かう事だってあるだろうに。


 ちなみに私にも噂があって。

 丈夫になったとは言っても子を産めるのかとか、生まれた子の身体が弱くなるのではないかとか。

 まぁ、これは事実だしあり得ないことでもないから、言われても仕方ないとは思うものの、言われて良い気はしない。


 このあたりがいっぺんに片付く魔法は、あるにはあるのだ。


「リヒト殿下はまだ婚約者をお決めにならないのですか?」


 ツェツィーリアの顔色が悪くなる。

 昨日、ツェツィーリアは所用があって王城に上がったのだ。てっきり婚約者決定の話かと思っていたのだけど。どうも違ったらしい。


 より一層俯いたツェツィーリアは、眉間に深い皺を寄せてため息を吐いた。


「殿下は、きっとどなたでも構わないのだと思うわ」


 己を選んでもらえないとツェツィーリアは嘆いている訳ではない。王太子は己の相手が誰でもいいから、特に婚約者を指定しないのだとツェツィーリアは言う。

 まぁ、実際確定しているようなものだから、改めて言うことでもないとか思ってるかも知れないけど。


「そうなのですか? ですが、さすがに殿下も十四歳になられたのですから、陛下や王妃様がお決めになるのではありませんか?」


 他の公爵家からは、早く殿下の婚約者を決めましょう、という声は上がっている。主にサテルハイト家だろうと思う。ユーリヒ殿下を推したいラクロハルト家は反対してるんだろうけど。

 それとは別に、他の貴族達も色々画策しているのだろうし、事態は芳しくない。


 けれど、そんなものは決めてしまえばどうとでもなるんじゃないだろうか。

 そもそも第一王妃であるナツィッサ様のお身体が弱いからと言って、王妃の生家は存在しているのだし、殿下の後見も果たせる充分な力を持つ。

 リヒト殿下を王太子とする事も、その婚約者を決める事にも何の支障もないと思う。

 聞けば第二王妃としてオルヒデーエ様を強引にねじ込んだのはサテルハイト家で、その時点で顔を立てているんだろうから、王太子選定にまで口出しされるのは王家としては面白くないんじゃないかな。

 ラクロハルト家だって、第一として王子を産んでるんだから、責務は果たしている訳だし。リヒト殿下のお身体が弱いなんて話も聞いた事がない。


 そうなってくると、決めないのは別の理由があるんじゃないかと思えてしまう。

 決めないのは王様なのだろうか? それとも王妃様? 殿下が拒んでる?


 色々あるけど、私としては、姉のツェツィーリアが憧れるレオンハルト公子と結婚出来ることを望んでいる。

 身分としても釣り合いが取れているし、姉の幸せを願うのは当然のことだ。


 どちらが王太子になるのかが決まったとしても、今度は婚約者をどうするのか、と言う話がついて回るんだろうと思う。

 そうこうしてる間にレオンハルト公子の婚約者が決まっちゃうかも知れないし。


「リヒト殿下は確かに大変素晴らしいお方だけれど、私はレオンハルト様をお慕いしているのです」


 姉がここまで入れ上げるレオンハルト公子というのは、一体どんな人なんだろうな、と、ほんの少し気になるものの、人の恋話にはあまり関心がない。

 ところで、姉に想い人がいるのは何故外に漏れたんだろう?


「それにしても、リヒト殿下もお可哀想ですね」


 私の言葉にツェツィーリアはきょとんとしている。


「ツェツィーリア姉様もそうですけれど、お姉様以上にお立場の関係で、想う方とは結婚出来なさそうです」


 まぁ、恋人を持つのかも知れないけど……。


 別に責めた訳ではなかったが、私の言葉にツェツィーリアは凹んでしまった。


「……私、自分のことばかり考えていたわ……ソフィアの言う通りね、殿下も耐えてらっしゃるのかも知れないのに……」


 男性と女性だと、この辺が圧倒的に女性が不利な気がする。やっぱり子供の問題だよねと思う。


 寿命が短いからなのか、前世の十歳とこの世界の十歳は成長のスピードが違う。そうならざるを得ない環境と言う奴なんだろうけど。


「ですが、やはり想う方と添い遂げられることが一番ですから、私もお姉様がレオンハルト公子と添い遂げられるようにお祈りしておりますわ」


 ハンカチで涙を拭きながら、ツェツィーリアは感謝を口にした。


 さすがに貴族の結婚というのは、本人の思いだけで何とかなるものではないのだろう。

 それが王族ともなれば尚更だ。

 王国内のパワーバランスをいかに上手く取るかが王には求められることだ。

 何もかも持っているように見えて、その実、殆どのことが思うようにならないのが、為政者というものなのだと思う。

 勝手をする王族もいるだろうけどさ。


 前世ではあまりそういうことはなかった。王族が担う責務からそういったものがなくなった為、好意を持った人と結婚出来る自由があったからだ。







 その日の夜、食後に談話室サロンに集められた。集められなくても自然と集まる程にアンハルト家は仲が良いけど、話しておきたいことがある、と食事中に父は言った。


「もう、ソフィアはシャルロッテ姫から話を聞いていると思うが、ツェツィーリァやアドニスは知らない事だから、話しておこうと思う」


 姉と兄の表情が引き締まる。

 じっと父を見つめる。


「ソフィアはユーリヒ殿下の婚約者候補になる」


 ツェツィーリアは唇を噛んだ。

 複雑な気持ちだろうな。

 彼女は姉として私をとても可愛がってくれているし、守ろうともしてくれている。

 殿下の婚約者になりたい訳ではないけれど、自分が選ばれなければ妹が選ばれるのだと分かっているだろうし。


「誤解して欲しくないのは、これは、私達が頼んだ事だ」


 父の隣に座る母が頷いた。


「皆、ソフィアが何者かに命を狙われている事は分かっているね?」


 それぞれ頷く。


「姫の誕生パーティーでソフィアを襲った者を止めたのは、リヒト殿下だ。ヴィントもいるが、ヴィントには相手を正気に戻す力はない」


 足元にいるヴィントを見ると、私を見上げていた。心なし、申し訳なさそうにしているように見える。首を横に振って、おでこを撫でる。


「学園に行かせないという事も考えたが、ラクロハルト家もサテルハイト家も、ソフィアを放っておいてはくれないだろう。

国内にいれば茶会などにも参加せざるを得ない。そこにヴィントを連れて行く事は難しい」


 その通りだと、頷く。

 チワワのような小型犬ならまだしも、ジャーマンシェパード程もあるヴィントを、夫人や令嬢達は怖がるだろう。と言うか、そもそも狼なのだ、ヴィントは。


「ですが父上、リヒト殿下はソフィアよりも年上です。一年程しか学園にはおられません」


 そうだ、と父が頷く。


「ユーリヒ殿下、シャルロッテ姫も、同じように止められるかも知れないとしたら?」


「……王家には、そのような力があるのですか?」


 ツェツィーリアの声が僅かに震えている。


「先日の騒ぎを殿下にご報告に上がった際、殿下がおっしゃられたのだよ。

王家には破魔の力が宿ると言われているとね」


 破魔?


「もしそのような力が王家にあるのであれば、シャルロッテ姫はソフィアの同年であり、同性だ。

側にいてもなんら問題ない。ソフィアは臣下として姫に従っているという事にすれば良い」


「殿下との婚約は不要なのでは?」


 シャルロッテ姫の側にいれば安全なのであれば、特に婚約の必要性を感じない。


「ツェツィーリアがレオンハルト公子に想いを寄せている事は広く知られる所となってしまってね、このまま婚約を進めるのも難しい状況になってしまった」


 ツェツィーリアの顔が青ざめる。

 憧れているだけで罪のように言われてしまうのだから、辛いだろう。本当に酷い話だと思う。


「ソフィアは身体こそ人よりも弱いけれどね、無茶をしなけへば普通の生活は出来る。

それに最近当家から始めた流行は、どれもソフィアを由来としているからね、アンハルト公は末の子を溺愛していると噂されている。

ソフィアと婚姻関係を結べば、アンハルト家と縁を結べると考える家々からね、縁談の話が舞い込んでいるんだよ」


 あぁ、だから私はユーリヒ殿下の婚約者候補になるのか。

 貴族って怖い……。


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