ツェツィーリアの理解
改稿後になります。
短くまとめようとして、何故か長くなりました…。
シャルロッテ姫の誕生を祝う祝賀会。
歓談が始まってすぐにお母様に伴われて第二妃であるオルヒデーエ様と姫のご機嫌伺いの為、用意された席を離れた。お父様は陛下の元に。
今日はヴィントを連れて来られない場。誰かがソフィアの側にいなくてはならない。最初はアドニスが引き受ける事になっていた。交代でソフィアを守ろうと約束をした。
それなのにアドニスと何かあったようで、ソフィアがその場から逃げ出してしまった。アドニスは追い掛けようとした所を令嬢に捕まってしまう。
見ていられなくなった私は、お母様にだけ聞こえるように伝えて、アドニスに声をかけ、ソフィアの後を一緒に追った。
時間としてはわずかの事だったとしても、ソフィアの命を狙うものからすれば十分な時間だったのだろうと思う。
いつものように正気を失った者にソフィアが捕まっているのが遠目にも分かった。
──ソフィア!!
恐怖で悲鳴をあげそうになるのを必死に堪える。
早く助けなくては。
それだけだった。
私もアドニスも子供で、大人の男性に敵う筈などなかったのに、その時はそんな事思いもつかなくて、ドレスの裾の動きにくさに苛立ちながら、走っていた。
木の陰から現れた少年がソフィア達に近付くと、信じられない事に男性は正気を取り戻した。屋敷でソフィアを襲う者達はなかなか正気を取り戻さないと言うのに。
男性はその場にうずくまり、その場に座り込んでいた。倒れそうになったソフィアを少年が抱き起こして支える。
アドニスがお辞儀をした。それから殿下、と。倣って私もカーテシーをする。
殿下と呼ばれる方はこの国に三人いる。
第一王妃ナツィッサ様がお産みになられたリヒト王子。
第二王妃オルヒデーエ様の元にユーリヒ王子と、シャルロッテ王女。
「この者は?」
腕の中のソフィアを見て殿下がお尋ねになる。
「私の娘、ソフィアにございます。リヒト殿下」
背後から声がして、お父様が殿下に礼をした。
「公ご自慢の末姫か」
「さようにございます」
殿下からソフィアを受け取り、お父様はソフィアを抱きかかえた。
「この場に関しては公に任す。仔細は後日報告を」
「畏まりましてございます」
その場から殿下が立ち去られるのを見送り、ようやく息を吐けた。
お父様の腕の中のソフィアに触れると、肌が冷たく、顔色が悪かった。よっぽど怖かったのだろう。涙が出そうになる。
「ツェツィーリア、イレーネに帰城する旨を伝えてきなさい。アドニスはアンハルト家の馬車を用意するように手配を」
私とアドニスは頷いて、その場を離れた。
アドニスはヒルドル騎士団への入団を決めた。
将来的に騎士になるつもりはないようだけれど、少し前から強くなりたい、と言っていた。ソフィアが王城で襲われてその思いが強くなったのだと思う。
私はこれからの事がもう、お父様によって決められている。聖アンナ女学院にて王妃教育を受ける。
憧れる方はいるけれど、この想いは到底許される筈もない。私は公爵家の長女。
公爵家の娘でリヒト殿下と年齢が一番近い。第一王妃様と第二王妃様の事もあって、私しか候補がいない。
むしろ私がいなければ候補者の幅は広がる。だから最初、命を狙われたのは私だと思ったのだもの。
お父様はきっと、ソフィアを何処にも入れないだろうと思う。祝賀会でソフィアに向けられた不躾な視線にもお気付きにならない筈がないもの。
ヴィントが側にいられる場所でなければならないし。
ソフィアが、十歳で帝国が運営するアストレア学院に行くことが決まった。ソフィアの希望なのだと言う。
こうなると家族でソフィアを守ることも出来なくなってしまう。
お父様はソフィアをお手許から離さないと思っていたのに、何故なのか知りたくて、夜、お父様の書斎にお邪魔する事にした。絶対に理由がある筈だわ。
部屋の中から話し声がする。誰なのかは分からない。いけない事だと分かっているけれど、そっと扉を開けてみる。
「エイゲニア、教えてちょうだい。何故ソフィアが帝都の学院に入学することを許したのか」
お母様の声だった。
私も知りたかった事だったから、聞き耳を立てる。
「このままソフィアをこの屋敷に閉じ込めておく事に限界があるからだ」
「それは女学院のことを言っていて?」
「そうだ。ソフィアを聖アンナ女学院に入学させよという声が出る」
「それは何処から……」
「ラクロハルトだ」
第二王妃 オルヒデーエ様のご生家であるラクロハルト公爵家がソフィアを女学院に入学させたい理由?
「王太子はまだ決まっていない。ツェツィーリアはユーリヒ殿下よりも年上だ。ソフィアが子を産める程に健康になればソフィアを。そうでなければツェツィーリアをユーリヒ殿下の妻にと望むだろう」
息が止まりそうになる。
ラクロハルト家は娘の産んだユーリヒ殿下を王位に就けたい。代々王妃は公爵位を持つアンハルト家、サテルハイト家、ラクロハルト家が持ち回るようにして娘を王家に嫁がせていたのに、陛下がサテルハイト家のナツィッサ様とラクロハルト家のオルヒデーエ様のお二方を王妃に迎えてしまった……。残るのはアンハルト家。私がいる。それから、ソフィアが。
お母様が息を吸う音が聞こえた。
「まさか、それでソフィアの命が狙われているのではありませんね?」
「サテルハイトにとっても、ラクロハルトにとっても、ツェツィーリアでもソフィアでも構わんだろう」
目眩がしそうだ。
扉を掴む手に力を入れる。
「それを阻止する為に、ソフィアの学院行きを?」
そうだ、それを知りたかったのだと、ここを訪れた理由を思い出す。
「理由はいくつもある。
まず第一に、学院はヴィントを連れて行ける。リヒト殿下も鷹を連れて行かれているしね。
それから第二に、侍女もこちらが選んで付けられる。聖アンナ女学院の寮にも侍女は付くが、その者達がソフィアを害さないとは限らない」
ソフィアの命を狙う何かが憑依する恐れがあるのだもの。その心配はもっともだわ……。
「調査をしていて気付いた。一度も憑依されていない者達が五人いるのだ。全員に共通するのは、かつてアンハルト家の血を引く者が嫁いでいる家の者だった。厳密に言えば、ソフィアと血縁のある者だね」
「まぁ……!」
そういえば、マリエルは一度もソフィアを襲っていない。一番近くにいるのに。家族だから当然だと思っていたけれど、私達も憑依されていない……。
「ソフィアの命を狙う者達は、いずれも憑依が解けるのに数時間を要した。だが姫の誕生会でリヒト殿下が話しかけた途端に正気を取り戻したとソフィアは言った。
王家の血を引く者は魔を払う力があるとの伝承がある。これまで信じたことなどなかったが、もしかしたらと思ってしまったのだよ」
「では、お二人がいらっしゃる学院に行けば、何かがあっても助けていただけるかも知れないと言うこと?」
お母様の声が明るくなる。
分からないがね、とお父様が答えた。
「何かあった時の自衛の為にあの子は力を欲して、学院への入学を希望しているのだろう。
手許から離したくはないが、ここに閉じ込めておくよりは良いのではないかと思う。
ここにいれば茶会などに参加せねばならぬだろう」
お茶会への参加は避けては通れない。ある程度は身体の弱さを理由に避けられたとして、ずっとは通用しない。
十分な理由だと思った私は、そっと扉を閉じ、自室に戻った。
寝台に横になっても、さっき聞こえてきた会話が頭から離れなくて眠れない。
自分自身の事、ソフィアの事──学院になんてとんでもないと思っていたけれど、聖アンナ女学院の事やお茶会の事を考えたら、何が正しいのか分からなくなってしまった。
お父様が夕食後に家族全員をサロンに呼んだ。ソフィアに帯同して帝都に行く侍女五人も呼ばれた。
呼び出されたソフィアは、何が起きるのかさっぱり分かっていない表情だ。
さすがに二年間ずっと見ていたので、無表情のようでいて、実は驚いているのを隠しているだとか、本当は喜んでいるとか、分かるようになっていた。
「さて、ソフィア。今日はソフィアの話を聞こうと思ってね。みんな集まったんだよ」
自分の話と言われ、ソフィアの表情にごく僅かに緊張が走る。
お父様はため息を吐いて、「これまではソフィアのことを私たち家族で支えていければいいと思っていたが、三年後には帝都に行ってしまう。その前に、ソフィアのことを聞いておかなければいいけないという結論に達した」と説明すると、真剣な眼差しでソフィアを見つめた。
「ソフィア、君は誰なんだい?」
ここに来てソフィアは表情を隠しきれずに顔を強張らせた。その顔を見てお父様は慌てて、「あぁ、すまない」と謝罪した。
「こんなことは初めてで、何と尋ねるのが正しいのか、私も分からないのだ」
そう言ってお父様はまたため息を吐いた。無理もないことだ。私も何と尋ねればいいの分からない。
私たちは、妹のソフィアの身体の中にいる人物が、ソフィアの記憶を持つ別人だと分かってしまっている。
「五歳の時に高熱を出して生死の境を彷徨った後、目覚めた君は、私たちの知るソフィアではなかった。けれど、君がソフィアの身体を乗っ取ったのだとは思っていない。
だが君は確かに、ソフィアにしか知りえない家族のことを知っている」
ソフィアは俯いて手をぎゅっと握りしめていた。ただでさえ白い手が、強く握られて更に白さを増している。そんなソフィアを案じてか、下からヴィントが顔を覗き込んでいる。
重い沈黙が続いた。どのぐらい続いただろうか。誰もが息さえも出来ないような緊張が続いていたと思う。
ソフィアはため息を吐き、顔を上げた。その顔は何かを決意していて、子供の顔ではなかった。
「おっしゃる通り、私はソフィアではありません」
そこからのソフィアが言うには、彼女は別世界で生きていたが、三十数歳の時に命を落とし、気がついたらソフィアの身体の中にいたのだと言う。
ソフィアの身体を乗っ取ってしまったのだと思うと彼女は言った。ソフィアとしての記憶はあるとの事。
この身体はソフィアのものだから、ソフィアに返したいと言った彼女は、嘘を吐いているようには見えなかった。
いずれソフィアに返すのだからと、なるべく子供らしくあるように振る舞ってはいたが、前世でもあまり子供らしからぬ子供であった為、子供らしさが分からないと言って苦笑していた。
私たちの住む世界とはまったく違う世界で生きてきたと彼女は言った。
ただ、自分の知るものと同じものもあると。
生前に勉強の基礎を教わり、手習いとして刺繍などを嗜んできたし、両親の教育や本人の嗜好もあって精油やコーディアルの事などを知っていたのだと言った。
聞けば聞く程納得のいくことばかりで、すとんと腹に落ちてくる。
お父様とお母様は、自分の娘の中に自分と大して年齢差のない人格が入っていることに戸惑いはあるようだったけれど、受け入れると何度も納得したようでもあった。
「君はソフィアの身体を乗っ取ったと言ったけれど、私はもう一つ別の可能性があるのではないかと思っている」
何を言い出すのだろうと私もアドニスも、ソフィアも、お父様を見た。お母様は既に聞いていたのだと思う。穏やかな表情をしていた。
「生まれ変わりという言葉を聞いた事は?」
初めて聞く言葉だ。生まれ変わり。
「生を終えた者は、光の神ヒルドルがお作りになったこの世界から、闇の神エルドゥーラがお作りになった世界の住人となるのが生命の理だ。
けれどたまに、役割を持って魂がこちらの世界に蘇る事があるそうだよ。その場合は前世の記憶があると言われている」
ただ、とお父様は言葉を区切る。
「貴女はこことは別世界の記憶を持つ。私達の知る教えと食い違う。それが何を意味するのか、我らには分からない」
「そうであるなら……嬉しいです」
ソフィアの身体を乗っ取ったと考えていたからなのだろう、彼女はいつも苦しそうだったのだ。
「私達は色々調べ、乗り越えなくてはならない事がある。
一つ確認をしたいのだが、命を狙われる覚えはあるか?」
お父様の問いに、ソフィアは首を横に振った。それはもう激しく。
俯いたソフィアに、お父様が優しく語りかける。
「血の繋がりだけが家族を表すものではないと、私は考えている。養子などもあるしね。
それに血が繋がっても憎しみ合う者達もいる」
立ち上がり、ソフィアの前で膝をつくお父様。お母様も近付いていってソフィアの手を握った。
「理由は分からないけれど、こうして出会ったのも何かの縁というものだろう。
私達を君の家族に加えてくれないか」
「……憎く、ないのですか?」
怯えた顔をするソフィア。ヴィントが起き上がる。
「君は自分の意思でソフィアの身体を奪ったのかね?」
「違います!」
「……これは私の考えだが、あの時の高熱で、ソフィアは命を落としてしまったのだろうと思う」
ソフィアの目に涙がたまっていく。こぼれない。必死に堪えているのだと思う。
「本来ならあの時に永遠に損なわれて、娘の成長を見る機会を失ったのだろうと思うのだ。
でも、そこに君が入ってくれたのか、君が目覚めたのか分からないが、私達は幸運を得た。娘を失わずに済むというね。
君はソフィアや我等に申し訳ないと考えてくれているんだろう。だからこう考えて欲しい。君が、ソフィアを生かしているのだと」
ソフィアの目から涙がこぼれて、それは止まらなくて、お父様とお母様がソフィアを抱きしめても止まらなかった。




