學校編 第1章 はじまりは突然
二作目となります。前作からはかなり時間が立ちましたが見ていってもらえるとありがたいです。
また、感想やブックマーク等もしてまらえたら幸いです。
前作に続きよろしくお願いします。
心地よい風が吹く夜。少女は一人夜の公園で空を見ていた。
夜空には星など、ほとんど見えないに等しい、見えるといっても一等星が一つ二つ、見えたら目がいいといっても過言ではない程だ。
都会の明るさに負けてしまっている星の光は、都会の明るさのせいでこの地までやってくることができないでいる。しかし彼女は、そんなことなどお構いなしに空を見つめている。
一見すれば馬鹿げた光景、しかし、啓人にはそんな光景が幻想的で美しく感じた。
「あ――」
少女と目が合う、少女は柔らかなミディアムの金髪を揺らしながら夜の路地へと走り去ってゆく。
啓人は呆然としていた。やがて少女が見えなくなると、辺りの音が息を吹き返すようになり始める。まるでさっきまでが別世界にいたかのようにすら感じられる奇妙な感覚を覚えつつも啓人は帰路へと着く。
「ふぅー……」
四月の月曜日、松原啓人は自らが通う神楽ヶ丘大学のテラスで煙草を吸いながらぼうっとしていた。天気が良くぽかぽかとした春の気候は頭が働かなくなる。
啓人はこれといった特徴のない少年だ。外見がそれなりに整っており体格はやや筋肉質ではある。
しかし、群衆に紛れれば一瞬で見失いそうなほど凡庸な見た目だ。
「未成年喫煙とは、感心しないな」
しなやかなロングストレートヘアに、知性を感じさせる凛とした雰囲気を持つ、足を露出したタイトスカートと白衣を着た清楚で背の高い美人が立っていた。
「あ、高島教授」
「君が吸っている銘柄はスターかな」
高島春子は啓人の手元を見てそう言った。夜空と軍艦が描かれたパッケージが特徴的なスターは多くの人々から人気のある銘柄だ。
「ええ、そうですよ」
「法律違反だ。あと、健康に良くない、今すぐやめることを勧めるな」
高島の警告を啓人は無視し、ため息をつく。口から出た細長い青煙が空気と混ざり合い消えてゆく。その姿に高島はため息をついた。
民俗学者である高島は大学内でも人気がある。学会最年少で大学教授となった天才であることも人気の一つだが、一番の理由は彼女自身が美人であるということだ。
だから、彼女が開くゼミには彼女目当てに来る男子が大半を占めるのだが啓人はそういった男子達とは対照的で純粋に学びに来ている数少ない一人である。
「それで、教授。何の用ですか?」
「君、唐突だが、私の下でアルバイトをしてみないか?」
高島がそう言うが啓人は高島の誘いに少し警戒していた。高島は美人で人気がある反面大学一の変わり者としても名が知れている。
それを象徴するように、高島の研究室には民俗学の文献や資料の他に「いわくつき」の物が多くある。一度でも彼女の研究室を見た人間ならば、彼女の手伝いなどしようと思わないだろう。
「俺、今アルバイトしてるんで」
「ふ~ん。君はそう言って嘘をつくのか、三日前にバイト先を辞めたことぐらい調べはついているんだよ?」
なんでばれているのかとびっくりしたが、あらかた見当はつく。高島は大企業の令嬢でもあるためここ最近の俺の様子を探偵か何かに調べさせたのは間違いない。
「それでもですね、人には断る権利ってものが――」
「一仕事、三万円はどうだろう。前のバイト先よりも格段に高額だと思うのだが」
「一体……俺に何の仕事をさせるつもりですか?」
「なに、ちょっとした清掃業さ」
「いや、確実に危ない奴ですよね」
啓人がそう言うと高島はフフッと笑い始めた。確実に危ない案件であることは間違いないのだが、啓人の家は経済的に裕福な方ではなく、大学は奨学金を利用してなんとか入ることが出来た程で、生活費はすべてアルバイトで稼ぐしかない苦学生である。
(金が入るなら高いほうがいいよな……)
心の中でそう思った瞬間、最後の打撃を加えるかの如く高島はさらに条件を付き受けてきた。
「勿論、単位もやろう」
「はい、やります」
即答だった。なにせお金も入って単位も貰えるというのだから、やらないという選択肢は必然的に消える。
どうやら当分はお金には困らなさそうだ。
「それで、どういう仕事内容なのか詳しく教えてくれませんかね」
「うむ、授業で人間以外の存在や祟り、呪いについてやったね」
「ええ」
「実は、それらを解決して欲しいという依頼が来ていてね。それらをこなしていって欲しいんだ」
「とはいっても教授。俺は霊感なんて無いですし祓うこともできませんよ」
「それは大丈夫。あ、君。次は授業、あるのかい?」
「いや」
「そうか、ならちょうどいい」
高島はそう言うとついてくるようにと促す。
大学の正門前に待たされると高島は赤いスポーツカーに乗って現れた。
「乗ってくれ」
そう言われ啓人は助手席に乗ると高島は車を走らせた。
車を走らせてからしばらく経つと啓人が住む神代市内でも有数のビル街本町大通へと出た。この本町大通は大手銀行や大企業のビルが建ち並び、この地域の金融・経済の中心地の一つとなっている。
高島はそんなオフィス街の一角にあるビルの前で車を止めた。
ビルは近代的でモダンなデザインをしており、警備員が厳重に出入口を守っている。
「ここって……」
「ああ、高島グループのビルだ」
高島グループという名を聞いて知らない人はいないであろう。旧財閥系の流れを汲む企業を中心とし、今日の政界に影響を与えているぐらい権力を持っている企業グループだ。
高島春子はそんな企業グループ総帥の一人娘、所謂令嬢である。
高島に付いていきビルの中へと入る。階分のコリント式列柱が並ぶ古典主義様式に則ったデザインをした外観とは対照的に、内部は洗練されたモダニズム建築で出来ている。
エレベータに乗り最上階に着き扉が開くと英国のチューダー王朝風のインテリアに囲まれた部屋が現れた。
「とりあえず、座ってくれたまえ」
「ああ、ありがとうございます」
そう言って啓人はソファへと座る。柔らかいソファは啓人が人生の中で座ったことがないほど柔らかく上質なものだった。
途端にソファの前にある机の上に紅茶が用意される。紅茶にしてはフルーティーな香りを放つその紅茶はさぞかし上質なものなのだろう、飲んでみると今まで飲んだこともない味だったが上品な味わいが忘れられなくなるほど美味しかった。
「さて、本題に入るわけだが」
高島はそういうと啓人と向き合う形で席に座った。そして、さっき啓人が乗ってきたエレベータの方を見てそろそろだなと呟く。
そう言うや否やエレベータの扉が開いた。
「入っておいで、ここには君に危害を加えるような人は居ないよ」
高島がそう言うとエレベータの中にいる女の子はこちらへと歩みを進めてきた。
年の頃は十六、七歳ぐらいだろうか、少女は聖画にかかれた天使の様に整った可憐な顔立ちを持ち、柔らかなミディアムの金髪、青く清らかな瞳が特徴的でシルクのようにきめ細やかな肌と清楚で柔和な気質を持ち、儚げな印象を与えつつもどこか芯の強さを持った容姿をしている。
少女はどこか酷く怯えているようだった。まるで周りを捕食者に囲まれてしまったような小動物のように怯えている様子は見ているこっちも不安になってくる。
「失礼します……」
蚊が鳴くような声で少女はそう言うと春子の隣に座る。啓人は彼女の姿に見覚えがあった。昨日、夜の公園で目が合った少女はまさしく、目の前にいる少女に間違いないからだ。
「君は――」
少女と目が合う。少女も昨日、啓人と会ったことを覚えていたのか、二人の間で居心地悪さが生じる。
部屋の中には耳が痛いほどの静寂が生じていた。
「彼女は犬神玲奈」
「こ……こんにちは……」
玲奈はそう言うと立ち上がり頭を下げた。
「君は……」
啓人がそう言うと玲奈の顔が次第に赤くなってゆく。春子は状況が掴めないでいたが何となく状況は察したらしい。
「それで、この娘とここで見合いでもしろってことですか? 教授」
「残念だが違うな、この玲奈君は君の仕事上のパートナーになる」
「じゃあ、この娘が」
「そう、玲奈君は霊媒体質……まあ簡単に言えば霊能力者というわけさ」
「その、質問良いか? 教授」
「ああ、いいとも」
「これから仕事やるっていうときに聞くのもなんだが、なんで教授が仕事をやらないんだ? 見たところ彼女、教授に一番心を開いているみたいだし」
啓人の質問に高島はいい質問だと一言言うとテーブルにある紅茶を飲み始めた。その間玲奈は、高島の服の裾を掴みながら啓人を見てくるが目が合うと途端に目をそらした。
顔も整っていることから、きっと相当男慣れしていないお嬢様なんだろうなと啓人はこの時まで思っていた。
「私は大学教授だからね、色々と忙しんだ。」
「なるほど、でも、彼女はあまり乗り気ではないみたいだが」
「ああ、それに関しては心配しなくていい。彼女は心を開くのに時間がかかるだけだ。時期に慣れるさ」
「なるほど」
啓人はそう言うとポケットから煙草を取り出したが高島に止められた。
「君、ここは禁煙だ」
そう言われると啓人は大きくため息をつき、不満げに煙草をポケットへとしまい込んだ。
「そういうわけで、仕事をしてもらおうか」
高島はそう言うと懐から地図と資料を机の上に出す。地図に印が描かれているのは市内にある神楽岡付近の弁天台高校、そして資料には女子生徒の顔写真と簡単な経歴が書かれていた。
「今回の仕事は、いじめにより自殺した女子生徒、木村沙織の幽霊を成仏してやってくれ……だそうだ」
高島がそう言うと玲奈は体をびくつかせたが深呼吸をし、心を落ち着かせると再度配られた資料に目を通しはじめた。
「それで、値段の方は」
「一仕事、ざっと十五万」
「俺は何をすればいい」
「玲奈君のサポートだ。君は武道にも少し心得があるのだろう?」
「まあ」
「それを生かして彼女をサポートしてやってくれ。あと、これを渡しておこう」
高島はそう言うと部屋の中のショーケースの中から銀色の拳銃を取り出した。しかし拳銃といっても特殊な形をしており、まるで、おもちゃの拳銃のような形状をしている。
「これは?」
「霊的なものも人間も打ち抜くことのできる拳銃トランスライザーさ、FP45簡易拳銃をモデルにしている」
「ちょっとまて、最悪の場合、俺に前科が付くってことか?」
「事実上そうなるかもしれないが、社会的には高島グループの力を使って隠し通すさ、とりあえずこの仕事で将来が危うくなるなんてことはさせない」
「おいおい、冗談じゃないぜ……」
「かといってやめるのか?」
「……やめるわきゃねえだろ」
「決まりだな、なら明日から取りかかってくれ」
高島はそう言って啓人と連絡先を交換した。アイコンは予想通りどこかの民族のお面で啓人は教授らしいなと心の中で呟いた。
連絡先を交換すると啓人と玲奈は高島の部屋を出た。
ビルを出るとあたりはすっかり薄暗くなっており、夕方のオフィス街には帰宅途中のサラリーマン達がちらほらといる。
そんな中、啓人と玲奈は二人並んではいたが会話をすることなく、気まずい雰囲気のまま駅に向かって歩いていた。
「な……なあ」
気まずい雰囲気を打ち消すように啓人は玲奈に話しかけた。話しかけられた玲奈は一瞬全身をびくつかせたが啓人の方を向いた。
「な……なんでしょう」
「そんなびっくりすんなよ、明日からよろしくな気楽に行こうぜ」
「は……はい、よろしくお願いします」
玲奈はそう言うと礼儀正しく挨拶をした。
「それでさ、呼びやすい名前決めたほうがいいと思うから玲奈って呼んでいいか?」
「大丈夫ですよ、じゃあ、私は先輩って呼びますね。私、高校生ですし、啓人さんは大学生なので」
「ああ、呼びやすい名前で構わねぇよ」
その後、玲奈とは他愛のない会話をしながら駅へと向かって行った。彼女が十七歳であること、通信制の高校に通っているということなど色々なことを話しながら同じ電車に乗り、玲奈は啓人の降りる一つ前の駅で降りた。
「じゃあ先輩、また明日」
「おう、じゃあな」
玲奈は電車が動いて姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。
こうして、啓人と玲奈の二人の物語が始まろうとしていた。