愛犬は二度死ぬ
ちょっとシリアスですから、今回もギャグなしです(あ、一か所あり)。
タケルだ。間違いない。
「あなた、転生後初の試練にさっそく出会ったわね」
即座にアンの念話が飛んできた。
こういうことだ。
タケルはオレが前世、アンの前に可愛がっていた犬だ。
真っ白なブルテリアで、とてもひょうきんな犬だった。
それが何故か突然狂暴になり、オレの胴体まで噛みつくようになった。
どう対応しても、トレーナーや獣医に相談してクスリをもらっても、唸って吠えて噛みついてくるばかりで、散歩にも行けなくなった。このままでは首輪から外れて近所の子供を噛み殺しかねない…
保健所に頼んで、本当に泣く泣く殺処分したのだ。
その後、オレは日々泣き喚くばかりのペットロスに苦しみ、タケルの臨終にも立ち会ってもらった、かの獣医に相談して、大人しいアンを紹介してもらったというわけ。
アンと暮らし始めてからも、前世のオレの夢にしょっちゅう出てきては、逃げられては飛びかかられて、唸り吠えられて噛みつかれた。
怨霊として夢の中に出てきてたのが、今、虚の世界から出てきたのだろう。
…とまあ、言葉にすればこれだけのオレの記憶を、アンがミリ秒の瞬時に読み取って察したのか。
「きちんと成仏させてあげないと、アナタ、虚の世界で大変なことになるわよ。自分で蒔いた種なんだから自分でやりなさいね」
でも、あの時は保健所の人が、オレの目の前でタケルを毒の吹き矢で殺したんだぜ。オレが殺したも同然なんだ。もう、タケルを殺すことなんてできない。
「アナタねぇ。そういった前世の悔恨や怨念を吹っ切らないと、この世界で過ごすことはできないわよ。タケルのためでもあるの。楽にしてあげなさい」
タケルが唸り、そして大きな口を開けて牙をむいて吠えながら近づいてきた。
よし、覚悟を決めよう。オレは360度毎秒360回転の分身の術をトライした。
力いっぱい念を込めて。
お調子者のタケルは、その場でオレを目で追いかけて、フィギュアスケートのフィニッシュのように片足で立って猛速度でクルクル回ってドタッと倒れた(そういえばタケルに「イヌバウアー」の芸を仕込んだこともあったっけ。近所の人に披露したらバカにされたけど)。ここらが前世のタケルと同じだな。
しかしすぐさま起き上がって、こっちに向かってくる。
オレの360度毎秒360回転の分身の術、タケルの失神と即座の復活…
これが何度も繰り返される。
「逃げてばかりじゃ、らちがあかないわね。少しだけ助けてあげる。虚実道の『呪』の基本的なかけ方だから、あなたもよく見てなさい」
アンは紙と筆を取り出し、何かをするすると書いて、なんやら唱えて、フッと息をふきかけ転倒したタケルめがけて飛ばした。
紙がタケルの鼻の上にぴたりと張り付くと、タケルは口を開けることができなくなった。
何をしたの?
「紙に『噛』の一文字を書いて、口偏の『口』を塗りつぶしたものに『呪』をかけて投げつけたの。『口』がなければ、『歯』だけでは噛むことができないでしょ。その間にトドメを刺すのよ」
トドメ、って、どうやって?
「波動砲に決まってるじゃないの」
やったことないけど…
「絶体絶命のピンチだからこそ、習得できるのよ。やってみなさい」
タケルが立ち上がり、また向かってくる。
なんと、ヤツは口から『呪』がかけられた紙を前足でぬぐいとった。
ムダだったか。相変わらず、賢いヤツだ。
つーか、オレの『呪』じゃないと実効性がないんだろうな。
「ウー」タケルが噛みついてくる。
やばい!360度毎秒360回転の分身の術、再びタケルの失神…
「今よ!」アンから念話がきた。
オレは低く「ウー」と唸って、「ワン」と吠える。
何も起きない。
「そんなんじゃダメ。もっとしっかり低く、虚の気を込めてウーと唸って、ワンと大きく吠える陽の気と、虚実の気をドリルのようにかき回すようにぶっぱなすのよ!」
言葉にすると20秒近くなるが、念話だと瞬時にしっかりと頭に届く。
またタケルが噛みついてくる。360度毎秒360回転の術、再びタケルがバタリ。
よし、アンに教えてもらったとおり「ウーーーー、ゥワン!」
口から渦巻のような気が出たが、タケルまで届かないで消えた。
「もっと、腹に力を入れて、もっと大きな気を吐き出して!」
またタケルが噛みついてくる。360度毎秒360回転の術、再びタケルがバタリ。
よし、今度こそ。タケル、すまない!本気で成仏させてやるからな。心を無にして…
「ヴーーーーーーーゥァワーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!」
口から出た気が、ドリルの刃先のようになって、タケルの広い眉間を直撃した。
ドサリ。
タケルは口から泡を吹いて倒れた。もう起き上がれないようだ。
あの、吹き矢の最期を思い出す。
トドメを刺したか。
「うぉ~~~~~~~ん!うぉ~~~~~~~ん!うぉ~~~~~~~ん!」
オレは天地を揺るがす遠吠えをしながら、滝のように涙を流した。
タケルを二度も殺すことになるなんて。「犬の十戒」に程遠い飼主だったな。
「アナタ、タケルの最期の言葉を聞いてあげなさい」
アン、そうだね。オレもタケルが成仏する前に話したいことがある。
オレは泣きながら、瀕死のタケルに近づいて行った。
あの吹き矢の最期の時のように…
コメント、評価よろしくお願いします。大歓迎です!!
今回は我が敬愛する夢枕獏先生の作品のアイデアを拝借しています。
元歌は、もっと格調が高いですが。。。
記述されている科学的・歴史的・哲学的風な根拠はデタラメです。
ところで「虚の世界」の意味ですが、虚数の意味からです。虚数とは二乗してマイナスになる数で、実際には存在し得ない数です。そこでxの二乗が-1となる数を虚数単位としてi(イタリック、斜体文字)で表現するのです。iはimaginary number(想像上の数字)の頭文字をとったものです。虚数は実際には存在しないはずの想像上の数字ですが、物理学的には波動方程式やその解にはなくてはならない数字です。つまり、この世界は実数だけでなく虚数も含めて存在しているのです。だから「虚の世界」はimaginary world「想像上の世界」というわけです。陰陽とは虚実じゃないか、と私は考えています。