エピローグ
こうして、イリオンというもう1つの現実は世界から消えた。
テウクロスには警察の捜査が入り、今回の事件を引き起こしたリリスの共犯者であった人物を逮捕しようと自宅に向かった所、すでにその人物は命を絶っていた。死後、3日ほど経っていた。死因は不明。動機は蒼斗に対する妬みだろうという結論に至った。部屋には甘い花の香りが充満しており、遺体の傍には、一輪のアマリリスが置かれていたと言う。
そして、事件の首謀者として逮捕されていたリリスは黙秘のまま留置場内で自殺を図り、真相は闇に葬られたまま事件自体も幕を下ろした。
イリオンを創設した橘蒼斗も言及されていたが、犯人が居た事でそこまで大きな問題にはならなかったが、様々な問題を隠蔽していた事が発覚し、更には共謀者がいた事でテウクロスは責任問題に問われて解散する事となった。
ディオスが手元にあるのでイリオンを復活させるのかという意見もあったようだが、橘蒼斗はこれを拒否。
二度とイリオンが創られる事はないとし、数週間にまで及んだイリオン騒動に終止符を打った。
その日、橘邸の玄関チャイムが押された。騒動が終わり、久しぶりの訪問客となる。何の躊躇いもなくドアを開けた人形のような女性の後に続いて出て来た慶太は、門の所にいる人物を見て笑みを浮かべた。
「おう、久し振り。アカ、今日はどうした?」
「蒼斗さんから、見せたいものがあるって呼ばれたんだよ。その時、慶太も一緒にいたじゃんか」
「あ、そっか。悪い悪い。入って」
招き入れられ、おじゃましますと言って中へ入ると、玄関を入ってすぐに真っ直ぐ伸びている階段を上って行き、左手奥にある部屋へ慶太と共に向かった。
ドアをノックして中に入ると、神殿内の蒼斗の私室とそっくり同じ部屋がそこにあった。違うのは、10畳ほどの広さしかないという事だけ。
「兄ちゃん、アカが来たよ」
「待っていたよ、茜音君」
「それで、見せたいものって何?」
早く見せてよとせがむ茜音に、そう慌てるなと笑いながら蒼斗は自分の周囲にあったデータを移動させつつ、スクリーンを展開させる。
そこに映し出されたものを、蒼斗の後ろ側に回り込んだ茜音と慶太は覗き込む。
それを見た瞬間、茜音は絶句した。
『凄い、ゲームの中みてー!』
『ああ、そうだな』
『……って……あ、葵惟!? 俺、葵惟のこと見てる! 何で!? 鏡、じゃないよな?!』
『煩い。そんな筈ないだろう』
初めてイリオンに来た日の茜音と葵惟の、姿と会話と情景と2人の姿。それが鮮明に映し出されている。慶太も驚いたように蒼斗を見つめていて、葵惟と茜音の映像を観ながら蒼斗は口を開いた。
「3日前、イリオンの消えたサイバースペースと繋がったこの場所で見つけたものがある。それは黒いスマートフォン。私が、葵惟君に託していたものだ。中のデータは殆ど削除されている状態で、残っていたのは1つのファイルのみ。開いてみると、このデータが出てきた。葵惟君がイリオンにいる間、全ての映像記録だ」
生きて、動いている葵惟の姿が目の前にある。茜音の知らない葵惟の姿が映っている。
葵惟が生きていた時間、そして、葵惟が居たという証。それがそこにある。
ぽたりと、滴が零れ落ちた。
「辛く思うかもしれない、そう思ってどうしようかと悩んでいたが、記憶というものはあやふやになる。いずれ必ず褪せてしまうものだ。それに辛さよりも嬉しさが勝ると、そう思った。だからこれを君に渡したい。このスマートフォンと共に」
差し出された黒いスマートフォン。
俯いて、顔を上げる事など出来なかったけれど、茜音に見えるように蒼斗が差し出してくれたおかげで、その姿を見て取れた。葵惟が蒼斗に託されたスマートフォン。夏野としての茜音が、葵惟と一緒にイリオン内を回った時のもの。
手を出してスマートフォンを受け取ると、床に座り込んだまま、茜音は両手でスマートフォンを持つ。優しく、愛おしそうに。
そして、ぽつりと言葉を漏らす。
「俺……葵惟は俺の中で生きてるから、それだけでいいんだって思ってた……でも、やっぱり葵惟がいないのが淋しくて……思い出したら辛くなるだけだからなるべく忘れようとして、でもそんなことできなくって……」
零れ落ちる涙は止まらない。それでも、茜音は言葉を紡ぐ。
「違う……忘れるのが怖かった……俺の中にしか葵惟がいないのに、俺が忘れたら葵惟が本当に消えちゃうって思って……でもそうじゃなかった。蒼斗さんも、慶太も憶えてる。俺達が忘れても、葵惟が生きてたってここに残ってる。ありがとう、ありがとう……」
涙も嗚咽も、無理矢理止めるような事はしなかった。蒼斗も慶太もただ見守っている。夏野として葵惟と出逢ってからたった3日の出来事で、慶太と蒼斗と出逢ってから2日の出来事だったが、とても多くの時間を過ごし、とても大きな絆を紡いだ。そんな彼らだから、茜音の哀しみも苦しみも喜びも分かち合える。
葵惟が望んだものは、きっとそういうものだ。自分の分まで生きろ。そう言った葵惟は生きる為に必要なものを残していった。
「俺……ちゃんと生きてく……葵惟の想い出と一緒に、ずっと、ずっと……!」
茜音の決意の言葉に、スクリーンの中の葵惟は優しく微笑んだ。
おわり
イリオン創成記、これにて完結です。
前作の設定を引き継いで書きたいと、1作目のMy Taleを書いた後に思い、2作目の王冠争奪王様ゲームでは流星河によって世界が繋がってしまった世界を書きました。
そして今回のイリオン創世記では、王争(王冠争奪王様ゲームの略)を読んでいた方には最初から分かったと思いますが、がっつりかかわってきます。むしろ、王争があったからこそのイリオン創成記だと思っています。
別作品ではありますし、王争を読まなくても分かる内容としてはいますが、続けて読んだ方が楽しめるだろうなと思っています。
頭の良い子って難しい。。。
ちゃんと頭良く見えていたでしょうか。葵惟と蒼斗の会話とか好きなんですよ。好きなんですけど、それが読者様にちゃんと伝わっているか不安ではあります。
あと、謎解きもできましたでしょうか?
頭を使う話は個人的に大好きです。また、葵惟と蒼斗のような頭の良い人達の会話を書けたら良いなと思っています。
それぞれの絆と大切なものがきちんと伝わっていればいいな。
読んでくれて有難う御座いました!