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エアコンを洗った水は、10回目の水替えでようやく透明になった。
水洗いしたエアコンも黒ずんでいたその表面が、きれいな肌色を見せていた。もともとはこんな色だったんだ。木目が見えるから、元の材料はやっぱり木なのかな?だとしたら乾燥はしっかりしないといけないよね。
駐在さんは結局、書類仕事を終わらせてからずっとわたしの仕事を観察していた。やっぱり魔法製品のことが心配だったんだろうか?駐在さんにとっては未知の世界だもんね。わたしにとっても家電をまるごと水洗いするなんてことは初めての経験だけれど。せいぜいエアコンのフィルターを水洗いしたぐらいだ。
「あとは風通しのいい場所でよく乾かしたいんですけど、どこか場所ってありますか?」
駐在さんにそう尋ねると、駐在さんはうーんと考え込んだ。駐在さんは考え込むとき怖い顔になる。
「入口の邪魔にならないところで乾かしたらどうだ?様子も見られるだろう」
「そうですね」
たしかに入口なら一日中扉は空いてるので風通しはいい。乾かしてる最中になにか不具合があればすぐに気が付けるし。
「じゃあそうしていいですか?邪魔にならないようにしますね」
「ああ」
不思議な素材でできたエアコンは、わたしひとりで持てるぐらいに軽かった。
エアコンか完全に乾ききるのには3日かかった。乾いたそれを、駐在さんが交番内のもとあった位置に設置する。わたしの手には、これも洗って乾かしておいたエアコンのリモコン。
いよいよ運命の瞬間が訪れる。
「じゃあ、押します…!」
カチ、とリモコンのボタンを押した。エアコンのカバーが静かに開いて、ふわりと涼しい風がわたしの顔を撫でていった。音がまったくしない。けれど空間を包んでいく涼しい風が、エアコンがきちんと作動していることを証明していた。
「おう…これは」
となりで駐在さんが声を出したのが聞こえた。これは、なんだろう?落ちた性能はもとに戻らなかった?駐在さんの顔を見てみると、いや、見たけれどこれはどんな表情なのかわからない。ただ顔が怖いことだけはわかった。失敗だっただろうか?
「すごいな…この風、新品に戻ったようだ」
駐在さんは怖い顔のままそう言った。
「なるほど、掃除をすれば長く使えるようになりそうだな、ん、どうしたその顔」
駐在さんはやっとわたしが泣きそうな顔をして駐在さんをみつめていることに気が付いてくれた。駐在さんは笑って頭を撫でてくれた。駐在さんの手が暖かいから頭のてっぺんがじわりとぬくもって、泣き虫なわたしはやっぱり泣いた。泣いたと言っても、涙を2,3滴こぼしただけだ、声をあげて泣いたわけじゃない。それにこれは、嬉しいときの涙だった。わたしは顔にのこった涙のあとをぐいと拭いた、ちょっと痛かった。
「で、でもまだわからないです、ひと月は様子を見ないと、時間が経って出る不具合もありますから」
「ああそうだな」
「本当に不具合がないって確認できてから、こんどモニターとして何人か試させてもらってから、そうじゃないとだめですよね?」
「うん、よく考えたな」
駐在さんはまだ頭を撫でる。そんなにわしゃわしゃと、それによく考えたな、だって。子ども扱いしないでください。褒められたのはうれしいですけど。泣くな泣くな、なんて笑って言わないでください。
泣いてないんですから、本当なんですから。ぐすっ。