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駐在さんのもとにお世話になって、よ月になりました。
港町の街路樹は新緑が生い茂っていて、きらきらと輝くさまはとてもさわやかです。
「はあ、そろそろ替え時か」
交番の前で、ジャケットを脱いでシャツの腕をまくった力仕事スタイルになった駐在さんがつぶやいた。その足元にはとある家電製品が置かれている。否、正確に言えばこれは「家電」ではない。だって電気で動いているのではないのだから。
この世界にはトースターや洗濯機といった家電製品がある。いや正確に言えば「家電」じゃないということをもう一度言うのだけれど。そういう家電に似たものは魔法で動いているのだという。といっても、魔法使いという職業があるわけではない。魔法は空中を漂うエネルギーのようなものらしい。家電に似たこれらの製品は、空中の魔法というエネルギーを使用して動いているのだそう。そのエネルギーを集めるエンジンというか、機械のところは専門の技術を持った人しか作れない。じゃあその人がいわゆる魔法使いじゃないの?と思ったけれどそうではなく、そういう職業の人は魔法技師と呼ぶらしい。
そして今駐在さんの足元にある家電に似た魔法製品は、エアコンだった。聞けば最近性能が落ちてきたらしい。ほとんどの魔法製品はその寿命が半年ほどだという。日常で必要な魔法製品はさほど高くはないらしく、半年の蓄えで買えるほどの値段ではあるものの、負担じゃないわけではない。それに、半年しか使えないってもったいないよね。すっかり汚れているみたいだけど。
「これ、洗ったりしないんですか?」
「洗う?」
ん?駐在さんからはなにか予想外の反応が返ってきた。もしかして。
「あの、魔法製品って掃除しないんですか?」
「これを?掃除?」
駐在さんの目はますます丸くなる。稲穂色した目が丸くなるさまは、まるで月が満月へと太っていくようだった。
「だってすごく汚れてるじゃないですか」
「なるほどなあ」
駐在さんは顎に手をあててふうむと考え込んだ。
「掃除して、性能が戻ると思うか?」
「それは、やってみないとなんとも言えませんね、でもやってみる価値はあると思うんです、掃除させてもらえませんか?」
わたしは駐在さんの目をじっと見つめてお願いした。駐在さんはすぐに笑ってくれた。
「ああ、やってみせてくれ」
ちかごろ駐在さんが笑うとわたしも反射的に笑っていることに気が付いた。
エアコンの汚れは水拭きした程度では落ちなかったので、最終的に掃除というよりは洗濯になった。
電気を使っていないなら、水洗いしても壊れないよね?という憶測の元、たらいに溜めた水でじゃぶじゃぶと水洗いすることにしたのだ。
ところで魔法製品の表面は、触るととても不思議な手触りだった。木のようなんだけど、やすりで丁寧に磨いたようになめらかで、それでいて少し柔らかいようなさわり心地。駐在さんによると、こういった加工も魔法技師が行うものらしい。詳しいですね、と言うと駐在さんは、知り合いに魔法技師がいるんだと話してくれた。
水にしずめたエアコンは、見たところ不具合はないようだった。わたしはそれに安心してエアコンの水洗いを始める。水は表面の汚れを落としただけでも真っ黒になった。半年ごとに買い替えてるってことは、つまり半年洗ってないってことだもんね、溜まるよなあ。様子を見に来た駐在さんも真っ黒な水をみて、うわっ、ともらしてた。
「なんというか、これを見ると定期的に洗いたくなるな」
「そうですね、水に濡らして不具合が出なければいいんですけど、まだどうなるかわらないです」
三回目の水替えをして、水はようやくにごる程度になった。