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 あ、また、ギシと音が聞こえた。

 音の出どころはテティの、右の手首のあたりだった。そういう音はテティをこの船に連れてきたときからなんとなく聞こえてはいたけれど、ここ最近音が大きくなってきた気がする。テティもなにやら動かしづらそうにしているみたいだし、ふむ、なんとかしないとなあ。しかしなんとかするといっても俺は魔法人形にも魔法製品にも通じてないし、そこらへんの魔法技師や魔法人形技師に診せてみるってのもなんかなあ、良くねえ気がするし。

 なんてなことを昼下がりのテティの部屋でくつろぎながら考えていたのだった。

 …んん、まあ、腕が良くて信頼のおける魔法技師に心当たりがないわけではないんだが、なんというかその、そいつのいる場所が問題というか、なんというか。いや、まあ、うん、いつかは行かなきゃいけないとは思ってるんだけど、ね。



「あっ」



 テティの驚いた声がしたと思うとすぐに、陶器の割れる音がした。

 すぐに音のした方を見ると、テティが床を見つめて立っている。テティが割れた破片を拾おうとする前に行ってやらねえと。



「テティ、怪我ないか?」

「あ…ごめんなさい」

「いいって、テティに怪我がなけりゃそれで」



 そう言って笑ってやるのだが、テティはやはり浮かない顔だ。テティの右腕からまた、ギシ、という音が聞こえた。やっぱり、カップを落とした原因はそれか。

 うん、やっぱり、二の足踏んでる場合じゃねえよな。

 下を向いているテティの頬にそっと手を当てるとテティは顔を上げて俺を見た。そうだよ、テティにこんな顔をさせてしまうことに比べたら、顔を合わせる気まずさなんてどうってことはない。なあテティ、と言うとテティは、うん?という顔をした。



「テティを連れて行きたいところがあるんだ」

「わたし、を?」

「俺の信頼する魔法技師がいるんだ、そいつのところでテティの腕を診てもらおうと思ってさ」



 魔法人形技師じゃねえけど腕は確かな奴だから、と付け加えておく。テティはじっと俺を見たあと、しずかに「わかった」とだけ言ってテティの頬に触れた俺の手をそっと払いのけた。つねられるのもまあ痛かったけど、これはこれでなんというかまあ、別のところが痛むんですけどテティさん、どこで覚えたんですかこんな対応。








 意を決して踏み出した一歩は、港の固い地面に当たってコツンと音を鳴らした。

 ひとまずテティは船で待っていてもらうことにした、まあ、いろいろ、騒ぎになるだろうから…。



「カイル!」

「お前っ…やっと顔見せにきやがったのか!」

「セイ、交番に走れ!」



 あー、ほら、さっそく。あーあー、セイなんか交番まで走らされちゃって。



「あ、はは、ひさしぶり」

「ひさしぶりじゃねえよ!お前なあ、あの子がどんだけ怖い思いしたと思って…」

「そりゃお前、たしかに2人の距離は近づいたけどよお」

「ちゃんとすぐに謝るっつったじゃねえか!だから俺らはだなあ」

「すぐ謝ったってー絵はがき送ってさあ」



 ごめんね、の一言だけど。いやまあ、それで足りないってのはわかってるって、だからこうして、いやこれがメインじゃないけども、謝りに来たんだから。

 しばらくの間おっちゃんたちにもみくちゃにされていると、ひときわ大きな声が俺の名前を呼んだ。



「カイル!」



 それから現れたのは、見慣れた制服を着こんだ、これまた見慣れた怖い顔。おっと、いつも以上に怖い顔になってんぞ。いや、うん、俺が原因ってことはわかってるけど。そしてそのわきにたたずむのは、おさげ髪の、可愛い少女。久しぶりに見るその姿は少しだけ、大人になっているように見えた。



「あー…マーリン、顔見て話すのは、ひさしぶり、だな」

「…そう、だな」



 気まずい雰囲気についつい笑ってごまかしてしまいそうになったが、いや、ここは、真面目な姿勢を見せないと。これ以上マーリンの眉間にしわが増える様は見たくないし、なにより、真剣に伝えたいから。深呼吸して、落ち着いて。



「嬢ちゃん」



 と呼ぶと、嬢ちゃんは一歩前に出てきた。俺を見つめ返すその目はやっぱり、前に見た時よりもずっと、強くなっている。それがなんだかやけに、まぶしいと感じるのは俺が。



「…ごめん!」



 俺が、まっすぐな人間ではないから、なのだろうか。



「あの日、嬢ちゃんに怖い思いをさせたこと、ずっと顔見てちゃんと謝らないとって思ってたんだ、だいぶ、遅くなったけど…本当に、ごめん」



 思い切り頭を下げたから、嬢ちゃんがどんな顔をしているのかはわからない。もしかすると俺が思っているよりもずっと怒っていて、絶対に、許さないと言われてしまうのかもしれない。

 けれど聞こえてきた嬢ちゃんの声は、あの日と同じ声だった。



「…漁師のおじさんたちから聞きました、あの日、カイルさんが計画してたこと、それから、どうしてそんなことをしたのかも」



 え、と驚いて思わず顔を上げると嬢ちゃんは、やっぱり、あの日と同じ表情をしている。

 怒るのをやめると、そう言ってくれたあの日と同じ。



「それを聞いてもちろん、怒りましたよ、だって勝手だし、余計なお世話だし、すごく、怖かったし」



 うん、まあ、嬢ちゃんの言うとおりだよなあ。



「それから、呆れて、笑っちゃいました」



 ふふ、と笑う声。え、笑って、る?



「だから、今はもう怒ってないんですよ、カイルさん」

「え、嬢ちゃん…本当にいいの?」

「本当に、いいんです」



 そう言って嬢ちゃんがにっこりと笑うのを見て俺は、俺は。



「カイルさん、お帰りなさい」



 ああ、くそ、嬢ちゃんにはやっぱ、かなわないなあ。肩の力が抜けるっていうか、そういう風ににっこりとされたら俺だって、頬が緩むじゃん。



「…まあ、アカネがこう言うから俺もこれ以上は何も言わんがな」



 あっと、ラスボスの表情はまだ渋かった。



「次はないと思っておけよ、カイル」



 ラスボスはそう言うと呆れたように、笑った。ラスボス―もといマーリンの笑った顔はやっぱりまだ少し怖くて、でもよく見知った友人のそれだと思って。

 俺もつられて、笑ってしまうのだった。







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