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 さて、ランスはこの時間どこにいるのか。

 ランスは普段、本部で隊長の補佐をしてることが多い。しかし今日はその隊長が不在だ。そうするとランスはどこでなんの仕事をしているか。いや、仕事をしているとは限らない。俺みたいに一仕事を終えて休憩中かもしれねえな。


「だとすると、食堂に行ってみるのがいいか」

「そう、それじゃあその食堂に案内してちょうだい」

「…へえへえ、承知しました、マリィ様」



 腰のあたりから聞こえる偉そうな声に、思わず力が抜けてしまう。どう甘やかされて育てば、こんな偉そうなガキになるんだ。そりゃあまあ、可愛いけどよ、こんなわがままじゃ将来困るだろう。

 いや、そのガキを今現在たしかに甘やかしてんのは俺か。手なんかつないじゃってよ。

 ちらりと隣を見てみれば、ちょうど俺の腰のあたりに金色の頭が見える。高い位置で2つに結んだ髪は歩くたびにゆらゆら揺れて、やっぱりウサギの耳みてえだ。なんというか、見てて飽きないな。



「で、マリィ様とランスはどういったご関係で?」



 無言で歩くのもなんだし暇つぶしにそんなことを聞いてみると、その質問は思った以上にガキを饒舌にさせた。



「ランスと初めて会ったのはね、わたくしが5つのころだったわ」

「ほう」



 今でもガキだが、随分とガキのころからの知り合いなのか。



「とてもびっくりしたのよ、だって絵本で見た王子様がわたくしの目の前にいるんだもの」



 まあたしかに、ランスの見た目はまさに王子様って感じだもんな。しかも見た目だけじゃなくて中身まで完璧ときたもんだ。気に入らないわけがねえよな。



「それからわたくしはランスに会いたくて会いたくて、ランスのいるところならどこでもアブロとディットに連れて行ってもらったわ、ランスの屋敷でも、学園でも、騎士団でもね」



 あー、その2人が主にガキを甘やかしてんのか。まったく、どうしようもねえな。



「まあ、ランスと結婚を考えているわけではないけれど、ランスなら家柄も申し分ないしそういう話が来ても別にいいかな、と思っているの」


 あーあー、ませたガキだな。いいとこのガキってのはみんなこうなのか?こんなガキのうちから結婚だのなんだの、しかも自分が選ぶ立場なのかよ。そりゃまあこんだけ可愛けりゃそうなのかもしんねえけど。



「それにわたくしだって、ランスのことを悪からず思っていないわけじゃないし…」

「お、もう食堂に着くぜ」



 そろそろ前方に食堂の扉が見えてきたのでそう言ってガキを見てみると、ガキはなぜだか不機嫌そうな顔をしていた。なんだ、どうした。



「…あなたって、デリカシーに欠ける人なのね」

「はっは、褒めるなよ」



 おいおいそんな目で見るなよ、冗談だろ、冗談。そう言って笑ってみせると、ガキは呆れたようにため息をついた。おいおい、ガキがため息なんかつくもんじゃねえぞ。それからすっと、握っていた俺の手をはなした。ああ、ガキはやっぱり体温が高いんだな、やけに手が冷たく感じる。

 食堂の入口は、もう目の前だった。



「ひとまずここまで連れてきてくれたことは礼を言うわ、ありがとう」



 手をはなして、俺を見上げたガキは不機嫌な顔を一転するとその整った顔に笑みを浮かべて、そんなことを言った。なんだよ、礼も普通に言えるんじゃねえか。そう思ったらつい手が伸びていたらしい。気が付くと俺はキラキラ光る金色の頭を撫でようとしていた。まあ、触れる直前にガキにその手をはたかれたために未遂に終わったのだけど。

 俺の手をはたいたガキはつんとそっぽを向いてしまって、さっさと食堂の入口をのぞきこんだ。



「さて、ランスはここにいるのかし、ら…」



 入り口をのぞきこみながらつぶやいたガキの言葉が、みるみるうちにしぼんでいくのがわかった。いったい、何があったんだ?

 ガキは俺がその背中に近づいていってもぴくりともしない。いったいこいつの目には何が飛び込んで来たのか。それを知るために俺も食堂の入口から中をのぞきこんでみる。

 あ。


 ランスは、いた。

 けれどランスは、1人ではなかった。



「……」



 俺の手は、ガキの襟ぐりのあたりに伸びていた。そして襟ぐりをつかむと、ぐいと後ろに引っ張って食堂の入口から引きはがす。ガキは、抵抗しなかった。その顔を見てみると、吸い込まれそうな丸い目がさらに真ん丸に見開かれている。そして満月にも似たそれから、大粒の涙が、ぽろりと零れ落ちるのを見た。

 それがまるで、宝石のようだと思ってしまったのはなぜなのか、今でもよくわからない。

 とにかくガキをこの場からずっとはなれたところへ連れて行かなきゃなんねえ。

 そう思った俺はガキをぐいと抱き上げて歩き出した。ガキの頭を、自分の肩に押し当てて。

 鼻をすする音が聞こえる。肩のところが濡れているなということにも気づいた。しゃくりあげる声が肩をつたって頭に響いてくる。そのたびに、ガキの体が少し揺れるのも感じていた。

 歩いている間俺は何も言わなかったし、ガキもやはり、抵抗はしなかった。








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