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ゴーロさんとマリィ様

 それは、いつものように港での仕事を終えて本部の宿舎へ戻ってきたときのことだった。


「あん?」



 今、廊下の角を何かが曲がっていった。俺の目が確かならあれはたしかに人間で、しかも小さな子供。ガキなんぞがこの宿舎に居るはずはないのだが、たしかにあれはガキだった。しかもご丁寧に金色の長い髪と、ふんわりとしたスカートのすそをひるがえして廊下の角に消えていったのだ。

 港で仕事をしている手前船幽霊のたぐいは信じる俺だが、こういう家につくような幽霊なんぞは信じていない。まったく、どこから忍び込んだ、どこのガキだ。とっつかまえて放り出してやんねえとな。

 いやしかし、ガキが簡単にもぐりこめるってのも問題なんだが。

 突然脅かして逃げられても困る、ガキは案外足が速いからな。気配を消して、足音を立てないようにそろりそろりと廊下の角へと近づいていく。角からひょいと向こう側に顔を出してみれば。

 いた。

 ランスとは少し違う色合いの金髪、高い位置で2つに結んだそれは、なんというか、ウサギの耳みてえだ。こっちには背を向けているから、まだ俺には気づいてないみてえだな。あたりをきょろきょろ見回して、何してんだ?足音を立てないよう、そろりと近づいてみるとなにかぶつぶつ言ってる声が聞こえる。



「…うう、見栄を張ってアブロとディットを置いてくるんじゃなかったわ」



 なんだ、仲間がいるのか。そりゃちょっと厄介だな。ま、厄介なことになる前に、とっつかまえるとするか。



「おいこらガキッ、なーにしてんだ」

「ひゃあ!?」



 逃げられないように首の後ろをひっつかんで頭の上から声をかけてやると、ガキは思い切り肩を跳ね上げて叫び声を上げた。その声の大きさに一瞬やべえ、と思ったが振り返ったそのガキが言葉を失ったのを見て心配は無くなる。こちらを見上げるそのガキは、まるで吸い込まれそうなほどの真ん丸の目をしていた。



「どっから入ってきた?何しに忍び込んだんだよ」



 まあ叫び声を上げねえんなら静かでいいや、と思ったのだが口をぽかんと開けたままのガキはこちらの問いにも答えない。あー、あれか、これはもしかして、俺の顔が怖がられてんのか?まったくどいつもこいつも、言うほど怖くねえだろ、俺の顔。傷だってただの男の勲章だし。



「あー…怒ってねえから、な?つまみだそうってんじゃねえんだ、出口まで送ってやるよ」

「だ、だめ!」



 努めて優しく見えるように笑ってみせてそう言うと、ガキは突然はっとしてそんなことを言った。それから眉をきっと吊り上げて、睨むように俺を見る。



「わたくしはランスに会うために来たの!ランスに会わなくっちゃ帰らないわ!」



 わたくし、ときたか。それにランス。

 ランスに妹がいるなんて話は聞かねえし、親戚か何かか?まあ、いいとこのお嬢ちゃんなのは間違いなさそうだ。そういやよく見てみると、着てるもんもいいもんだな。それに顔立ちが整ってんのもそういうことか。



「ほー、だったらさっさとランスに会って帰りな、ほら」



 それなら後はランスに任せるか、とガキの首根っこを掴んでいた手をはなしてやる。すぐに走り去っていくものと思いきや、ガキはなぜか動き出そうとせずにまたじっと俺を見る。



「ん、どうした?俺はもうジャマはしねーよ」



 そう言ってやるのだがガキはやはり歩き出そうともせず、なにやら視線をきょろきょろとさせて落ち着かない様子だ。不思議に思っていると、ガキがようやく口を開く。



「…あなた、騎士団員なのよね?」

「まあ、見りゃわかんだろ」



 ちゃんと騎士団の制服着てんだろ、と襟をつまんでみせる。するとガキはまた、さっきの気の強そうな顔をしてきっと俺を見上げた。



「じゃああなた、わたくしをランスのところまで案内しなさい」

「はあ?」



 身長はだいぶ下のくせに、ずいぶんと上からものを言うガキだな。いいとこのお嬢ちゃんらしいっちゃあらしいが、まあやっぱ気持ちのいいもんじゃねえよな。

 おっと、それが顔に出ていたのかもしれない。ガキが「ひっ」と声をあげて一瞬にして泣きそうな顔になってしまった。うん、今のは自分でも怖い顔をしていたなという自覚はある。「悪い悪い」と言って努めて優しく見えるよう笑ってみせるとガキは少しだけ表情を柔らかくした、気がする。

 つうか、案内しろって、こいつもしかして。



「あー、ランスのとこだったな、よし、俺が連れてってやるよ」



 俺がそう言ってやると、ガキはぱっと表情を明るくした。吸い込まれそうな丸い目を持つ整った顔が明るくなると、なんつーか、まるで花が咲いたみてえだな。しかしこの喜びよう、あーこいつやっぱり、迷ってやがったな。


「じゃあ行くぜ、お嬢ちゃん」



 と言って手を差し出してやると、ガキはやはり花が咲いたように笑った。そして俺の差し出した手をその小さな手でぎゅっと握ると


「わたくしのことはマリィ様と呼んで」


 なんて、可愛くないことを言いやがるのだった。








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