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 懐かしい味と、懐かしい笑顔はあたしの口を柔らかくしたようだった。



「あんたさ、恋人できたの?」



 そうでなければあたしの口からこんな言葉が、するりと出てくるわけがない。

 言ってしまってから、何言ってんだと思ったけれどもう遅い。あたしの口から出た言葉はすでにザックの耳の中である。少し気まずい思いを抱きながらザックを見てみると、やはりというか、やつは目を丸くしていた。



「なんだよ、変な事聞いたか?」



 ええいと開き直ってそう言ってやると、ザックははっとわれにかえったような顔をする。



「あ、おう、悪い、…いや、お前にそういうこと聞かれるとは思ってなかったからよ」

「あたしのこと何だと思ってんだよ」



 じろりと睨みつけてやるのだけど、ザックの反応は「や、うん」となんともザックらしくないものだったのでやはり気まずい思いをぶり返すことになる。それで何も言えなくなって黙り込んでいると、少ししてザックが静かに口を開いた。



「…いや、お互い昔のままのはずねえよな、お前だって色気付きもすらあな」



 気が抜けたように笑って、そんなことを言う。色気付くって、あんたの中であたしはいったいいくつで止まってんだよ。ていうか、なんだか。



「ぶ、おやじくさっ…」

「な、あんだとコラッ」



 年よりくささを感じさせるザックの様子は、娘の成長を寂しがる父親みたいで、思わずおかしくなってしまう。いや、さすがに哀れだ、妹の成長を寂しがる兄ぐらいにしておいてやろうか。ぶくく。



「ようやく笑ったな、お前」

「え」



 今度は、ザックの言葉にあたしが目を丸くする番だった。



「やっぱ笑った方がお前らしいよ」



 そんなことを、にか、と笑って言う。その笑顔が本当に、頼れる、兄のように見えてしまって。だからあたしは、少しだけ恥ずかしい思いを感じてしまって押し黙るしかないのだった。ザックが「ははは」と笑っている。ちくしょう、笑ってんなよ。



「で、俺に恋人だったか?ああ、いるぜ」



 あまり、驚きはしなかった。きっと熱心に見つめていた、あれと、うまくいったんだろうなと思ったからだった。だってそうじゃなきゃ、こんなに幸せそうな顔はしていないだろう。ザックの幸せそうな顔を見てあたしは、不思議と心は痛まなかった。少しも、ちくりともしない。

 もしも、ランスにザックとのことを話していなかったら。ランスにあんなことを言われていなかったら。あたしの心は、どうなっただろうか。痛んだのだろう、か。ランスが、ランスがいたから。



「それを聞いてどうしたいんだ?」

「あ、それは」



 ぐう、いざ相談するとなるとやっぱり恥ずかしいな。いや、うん、女は度胸だ。



「その、あんたを恋愛、の先輩と見込んで、相談したいんだけどさ」

「おう」

「…年下の男に、告白、されて」



 ザックは一瞬驚いたような表情をしたものの、すぐに真剣な顔になって、あたしの話を聞いてくれるような姿勢をみせた。



「うん、で?」

「弟みたいな存在のはずだった」



 話し始めると、ランスの顔が頭に浮かぶ。いつもの、人のいい笑顔、情けないツラ、そしてあの日の、あの顔。



「はず、だったんだけど」



 ランスが掃除屋さんと一緒に、食堂に現れたあの日。ランスの様子はいつもとまるで違っていた。そわそわと落ち着かない様子、しきりに掃除屋さんを気にしていた。自分の色恋には疎いあたしでも他人の色恋はわかる、こいつ、好きなんだなってのはすぐに気が付いた。からかうつもりで指摘してやると、今までに見たことない顔をするもんだからなんだか放っておけなくて。

 いろいろと話を聞いてやってると、どうやらそれがランスにとっての初恋らしいってのがわかって。しかも初めから前途多難。



「前途多難?」

「その掃除屋さんには、もう決まった相手がいたんだよ」

「ああー…」



 それでかなり落ち込んだランスは、余計に放っておけなかった。

 だから話を聞いてやって、少しの説教をして、頭を撫でてやって、そうして少しでも元気を取り戻したランスを見るのは本当に、嬉しかったんだ。



「あいつが泣いたときなんか、他の何をおいてもこいつの隣にいてやんなきゃって思って」

「隣にいてやったのか?」

「まあ、あいつが泣き止むまでね」



 結局ランスの初恋は叶わなかったけれど。

 あの夜、掃除屋さんから届いたっていうオリーブの缶詰を持って食堂に現れたランスは、もうすっかりふっきれたように見えたし、あーもう安心だって思ってた。



「そしたら、そしたらだよ」

「お、おう」

「なんか、ランスがいきなり、その…男の顔に、なったっていうか」

「…おん」



 結局ランスは、すぐに部屋に戻って行ったんだけど。

 でも、やっぱりそれが気まずくて。そうしたら翌日ランスは食堂に来なくて。聞けばちょうど休暇に入ったっていうから、なんだそれと思うのと同時に、少しだけほっとしてたと思う。



「ほっとした?」

「そりゃだって、顔合わせんの、気まずいから」

「ふーん」



 ほっとしてたんだよ、気を抜いていたとでも言うべきか。

 いやだってまさかさあ、休暇中なのにもかかわらず、わざわざ来ると思わないじゃん。



「来たのか?」

「そうだよ、来て、それで、…それで」



―俺は、あなたに



「だーっ!思い出すだけで恥ずかしい!」

「あーまあ…告白されたって、ことか」

「おう…」



 恥ずかしくて顔から湯気が出る、なんて表現があるが今まさに、自分がそうなっている気がしてならない。ああ、くそう、ランスめ。



「…弟みたいだから、目が離せないし、隣にいてやりたいと思うんだって、そう思ってたんだよ」



 そのくせランスのあんな顔を見て、あんなこと言われて、こんなに取り乱すし。ランスはいいとこの坊ちゃんだからあたしなんかは釣り合わないなんて考えるし。そんなこと、そんなこと考えちまうなんてそれはまるで。



「気があるみてーだよな」

「ああああ…もう、わかんない」



 わからないんだよ、こんなの、こんな気持ち。



「まあそうだな、恋愛の大先輩から言えることは」



 こいつ、勝手に自分で大先輩に格上げしやがった。



「お前、そいつに告白されてドキドキしたんだろ?だったらそれが答えだよ」


 は。



「…意味、わかんない」

「ははは、すぐわかるようになるって、恋は理屈じゃねーってな」



 理屈じゃ、ない。



「俺が言えることはこれだけだ、あとはアンナリルが思うようにしろよ」



 わからないのは、当然なのかもしれない。だって恋は、理屈じゃ、ないんだから。

 ランスへの気持ちはまだわからないけれど、わからないことが、苦ではなくなった気がするのだった。




 初めてランスに会ったのは、あいつが騎士団本部に配属された初日だった。

 隊長に連れられて食堂に現れたランスは、キラキラと輝く小麦畑のような金色の髪をして、人のよさそうな笑顔でふわりと笑った。ああ、王子様っていうのはこういうやつのことを言うんだろうな、と思ったのを覚えている。いつでもにこにこ笑っていて、それで、周りに愛される。

 でも、ランスを見ていくうちに笑顔だけじゃない、もっと、いろんな顔をするんだということを知った。

 もちろん嬉しそうに笑うし、でも時々落ち込んだりもする。あんまりからかいすぎると怒った顔も見せるし、その後には、呆れたように笑う。そして当然、泣いたりも、するのだ。

 そういうランスのことがあたしは。

 あたしは。




 朝食を食べに食堂に集まった騎士団員の中に、ランスの姿を見つけた。いつもの軍服をきっちりと着込んでいる。ランスはあたしが見ていることに気が付くと、ぱっと目を背けた。

 それからさっさと残りの朝食を口に運んでいるようだ。あ、トレイを持って、こっちに来た。



「ランス」


 トレイを置いてそそくさと去ろうとするランスを呼び止める。すでに背中を向けていたランスは少し肩を跳ね上げると、ゆっくりと振り返った。なんだよ、とって食いやしねえよ。だいたいあんた、数日前のあの顔はどこに置いてきたんだ。でもまあ、こういう情けないのも、ランスだ。



「あんたに言っておきたいことがあるから、あとで食堂に来なよ」



 そう言ってやると、ランスはその赤玉ねぎのように赤い目を丸くした。今あたしが思っていることを言ったら、ランスはいったい、どんな顔をするのだろうか。笑ってくれるのだろうか。それとも、泣いたりするかな。なんにしろきっと、情けないツラなのは間違いないだろう。

 いいんだ、そういうランスがあたしは。

 そういうランスにあたしは。


 あとで食堂に、2人きりになったら言ってやろう。

 なあランス、あたしもね、きっとあんたに。








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