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駐在さんと過ごした日々がみ月めになった日、わたしは熱を出した。
駐在さんがひと月前にもらってきてくれたどこかの家で不要になったベッドでわたしは寝込んだ。ああ、寒いなあ。熱を出すってこんなに寒いことだったっけ。駐在さんは仕事の合間におかゆを作ってくれたり、薬をもらってきてくれたりした。ああ、申し訳ないなあ。熱を出すってこんなになにもできないんだったっけ。
扉を叩く音がした。入るぞ、と駐在さんの声がして扉が開いた。
駐在さんはベッドの脇にしゃがみこむと、わたしの具合を観察しているみたいだった。まだ寒いか、と聞かれたのでうなずいて答える。
「ごめんなさい、迷惑かけてしまって」
「いいから、慣れない環境で疲れが出たんだろう、迷惑だなんてひとつも思ってないから安静にしてろ」
「はい…」
駐在さんはそう言ってくれるものの、やはり心苦しい。熱で体が弱っているせいか心も弱った現状で、不安にならないなんてことはできなかった。
わたしの不安が伝わってしまったのか、駐在さんは気遣うように笑った。
「なあアカネ、俺が夕方のパトロールに出たとき、町の皆が俺に何て言ってきたかわかるか?」
駐在さんはへんななぞなぞを出した。なんだろう、わからないと首を振ると駐在さんはまたふふっと笑った。そして稲穂色の目でわたしを見つめる。
「お前を見かけないと寂しいから、はやく元気になってほしい、だとよ」
なぞなぞの答えはずるいものだった。泣き虫なわたしがこんな時に、そんなこと言うのはずるい。見舞いの品もたくさん預かったぞ、と畳み掛けるのはやめてほしい。
「だから早く治すために今は寝ろ、なにか欲しいものがあれば用意しておいてやる、言っておくが遠慮はするなよ」
駐在さんはわたしのおでこに手をあてて、じっと見つめてくれる。ああ、もう、この際だから少しだけわがままを言ってしまおう。
「あいす…」
わたしの口からは存外甘えた声が出た。
「つめたいあいす、あったかいメープルシロップのかかったやつがいいです…」
わたしが風邪で倒れた時、お父さんはかならずこれを用意してくれた。この世界にメープルシロップが存在しているかはわからない。けれどわたしはそれが欲しいのだ。遠慮はするなと言ってくれた。だからお父さんの味が欲しい。
「わかった、目が覚める頃には用意しておく」
駐在さんがじっと見つめてくれているからか、それともおでこにあてられた手があたたかいからか、あるいはわがままを言えてほっとしたのか。あたまがふわふわして眠たくなってきた。目が覚める頃にはつめたいあいすがある、それもあったかいメープルシロップのかかったつめたいあいす。
「ぜったいだよ、ぜったいだからね、おとうさん」
おでこにぬくもりを感じながら、そう言ってしまったのは夢だと思っていた。