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食堂は、宿舎の中心に位置していた。
木のテーブルに木の長椅子が立ち並ぶさまは、まるで港近くにあった大衆食堂のようでとても懐かしさを感じる。ゴーロさんの言っていた通りもう団員の昼時は過ぎたようで食堂には誰も居なかった。カウンターの向こうを除いて。
「ようランス!掃除屋さん連れてきたのか!」
カウンターから威勢のいい声が聞こえる。それはこの懐かしさを感じる食堂に似合う声。
「アンさん、アジフライは残っていますか?」
ランスさんが、アンさんと呼んだ上がった目じりに高い位置で結わえたポニーテールがよく似合うその女性は、まるで一城の主のような風格を漂わせていた。
「はいはい2人分ね、すぐ用意するから待ってな」
アンさんはそう言ってわたしを見ると、にかと笑った。なんだか、心があたたまる笑顔だった。
アジフライが用意されるのを待つ間、ランスさんは仕事の事なのですがと前置きして話を切り出した。明日は朝食後、まずこのキッチンの掃除から始めてほしいとのこと。うん、キッチンははやくキレイにしたいよね。
「はいお待ち」
少し控えめなかけ声と共に、目の前のカウンターにお盆が2つ置かれた。アジフライと山盛りキャベツ、それからおにぎりが2つとお味噌汁。その香りを吸い込むとお腹がぐーと鳴った。幸いランスさんには聞こえなかったらしい、何事も無かったかのようにお盆を持ち上げて、あちらの席へと言って促してくれた。わたしもお盆を持ち上げてランスさんの後を追う。
ランスさんと隣り合って座ると、向かいにアンさんがお盆を持って座った。アンさんは、あたしもこれから昼飯と言って笑った。やっぱりアンさんの笑顔は、心があたたまる。
「紹介しましょう、掃除屋さん、こちら食堂を取り仕切っていますアンナリルさんです」
「ここじゃアンさんで通ってるから、掃除屋さんもぜひそう呼んでよ」
「はい」
改めて見るアンさんは、いかにも姉御肌といった感じ。だからアンさんの笑顔は心があたたまる感じがするのだろう。若いアンさんをおばちゃんと比べるのは失礼かもしれないけれど、皆に慕われていた大衆食堂のおばちゃんにそっくりだった。おばちゃんの若い頃みたいだ。
「それじゃ食べるとするかね、みんなで言おうか、はい、いただきます!」
「いただきます」
「いただきます」
そんなアンさんの号令で、いただきますの合唱をしてわたしはお箸を手に取る。お味噌汁を一口すすった。おいしい。それからアジフライをお箸でつかむ。衣がザクザクした感じがお箸越しにわかった。アジフライをざくりと一口食べる。アジの身がふわふわとしていて絶品だった。ザクザクの衣と一緒になって噛んだ心地がとてもいい。
「ゴーロさんの言ってたとおり、絶品です」
思わずそんな感想をアンさんに伝えると、アンさんは、嬉しいねえと笑った。
「それにしても掃除屋さんがこんな可愛い嬢ちゃんだとはね」
驚きだわ、との言葉にわたしは口いっぱいに詰め込んでいたキャベツを丸のみしそうになった。それはなんとかこらえて、しかし口いっぱいに詰め込んでいたため否定をしようと出した声はふももと言葉にならなかったので慌てて首を横に振った。
「はは、これじゃ男どもが放っておかないだろ、なあランス?」
「ぶっ、げほっ」
突然話をふられたせいか、お味噌汁をすすっていたランスさんはそれを噴き出した。わたしがなんとかキャベツを飲み込んで、大丈夫ですかと声をかけると、ランスさんはおてふきで口元を覆いながらも、平気ですと言った。それから、お気になさらず、とも。アンさんは呆れながらもランスさんを心配する言葉をかける。
「何やってんだよ、平気か?どうした?」
「す、すみません、その、突然だったものですから」
ランスさんはお味噌汁が気管に入ってしまったのかおてふきで口元を覆ったまま、げほげほと咳き込んでいる。背中とかさすったほうがいいだろうか、と思い、失礼しますと言ってからランスさんの背中に手を当てた。ランスさんがびっくりしたように肩を跳ね上げてこちらを見た。余計なことをしたかと思って、すぐに背中から手をはなした。
「すみません、辛そうだったので、あの、背中をさすったら楽になるかと思いまして」
「あ、いえ、その、驚いてしまっただけで、げほっ、すみませんが、お願いしてよろしいでしょうか」
「あ、はい」
ランスさんに頼まれたのでわたしはランスさんの背中をさするべくもう一度手を当てた。向かいの席ではアンさんがランスさんを見て、なにかニマニマと笑っているように見えた。それからニマニマしながら今度はわたしを見る。
「ねえ掃除屋さん、今はこんなだけど、ランスは将来を期待されてるすっげー奴なんだよ、見ての通り顔もいいし性格もちょっと真面目すぎるけどいい奴だ」
うん、それはなんとなくわかる気がする。けれどアンさんはなぜそれを今言うのだろう。とりあえず、わかりますと返事を返す。わたしの返事を受けてアンさんはにんまりと笑った。
症状が回復したらしいランスさんが、力強く、アンさんと呼んだ。アンさんはわざとらしく肩をすくめて口を閉じた。けれどその口の端はやはりにんまりと吊り上っている。ランスさんはそんなアンさんを睨み付けていたけれど、少ししてから諦めたように目を閉じた。そして目を開くとわたしの方へ顔を向けて、すっかり箸が止まってしまいましたねと言った。
その言葉に促されて、わたしは取っておいたアジフライの最後の一口をぱくりと食べた。




